第22話 瀬名さん、危機一髪ですね
文字数 2,420文字
「ごめん、気根くん。今すぐ来てくれない?」
ほぼLINEでやり取りする僕と瀬名さんなので、いきなり彼女から電話が入った時には何事かと驚いた。
そして、実際それは事件だった。
出先だったので最短経路を計算し、地下鉄を乗り継いで向かうのがベストと判断した。電車の中でLINEで安否確認をしながら瀬名さんの職場である御茶ノ水のビジネスホテル近辺を目指す。
気根;大丈夫ですか?
瀬名;今コンビニに避難したところ
気根;分かりました。彼は?
瀬名;前のところでスマホ見てる
気根;もし危なくなったらためらわずに大声出して助けを求めてください
瀬名;うん。気根くん、ごめんね
『彼』なんてやりとりしたけれどもそんな上品なもんじゃない。
ストーカーらしいのだ。
瀬名さんは中晩と呼ばれるシフトの上がりで現在時刻は23時55分。
終電に間に合う時間帯に仕事は終わってるし、人通りはあるから駅まで向かって電車に乗ってしまうという選択肢もあるけれども、万が一瀬名さんのマンションのある大塚までつけられるようなことがあったら取り返しがつかない。とりあえず動かずに待つよう瀬名さんに指示したのだ。
『彼』は何日も前からホテル周辺で見かける大学生ぐらいの男で、瀬名さんも不審には思っていたそうだ。
そして今日は明らかに瀬名さんの勤務明けを待ち構えるようにホテルの入り口付近で佇んでいたらしい。
ヴッ、とLINEが入る。
瀬名;彼がコンビニに入って来た
・・・どうする? どうする?
僕は数秒だけ考えて返信した。
気根;店員さんに助けを求めて!
送信し終わったところで御茶ノ水のホームに電車が停車した。ドアが開くと同時に改札へダッシュする。
有人の出口で駅員さんにSUICAを見せてそのまま駆け抜ける。
あ、ちょっと! とかなんとか言ってるけどそれどころじゃない。僕は経路を頭で考えずに本能でコンビニの位置を認識して生まれて以来のベストタイムで走った。
ガラス張りのコンビニの店内が視界に入り、僕は愕然とする。
店員さんが手を頭の後ろで組んで立っている。
レジを挟んで正面にナイフらしきものを右手に持ち、なにやらブツブツ言っている若い男。
その男の左手で右手首をぐっと掴まれている瀬名さん。
最悪なことに3人の他には店内に誰もいない。
僕は息を潜めて彼らの死角に入り、まずはスマホで警察に電話した。
「御茶ノ水の坂を登りきったところのコンビニに強盗がいます。店員さんと女性がナイフを突きつけられています」
「分かりました。急行します。あなたは安全な場所にいますか?」
「はい」
「我々が着くまで気づかれないように身を潜めていてください」
はい、とは返事したけれどもそんな訳にはいかない。
もし警察のひとたちが来る数分の間に瀬名さんに何かあったら。
僕は生きながら死んでるのと同じだ。
「こんばんは」
と間の抜けた言葉をかけながら僕はコンビニの自動ドアをくぐった。
店員さん、ストーカー、瀬名さんが一斉にこちらを見る。
けれども反応できる自由を持つのはストーカーだけだ。
「何してるんだ、出てけ!」
「え・・・でも、僕、マスク買いたいんですけど。ひどい花粉症で」
「バカか? いいから出てけ!」
「じゃあ・・・邪魔しませんからマスクだけ取らせてください」
言いながら全身から汗が吹き出しているのが自分で分かった。不自然さ満載のセリフを言ってるって自覚はあるけど、なんでもいいから時間を稼ぎたい。
僕は衛生用品のコーナーで一番高いマスクを選んだ。
「おいおい、何してんだ⁈」
「え・・・お会計しないと」
「クソ野郎かお前は⁈ 金なんか払わなくていいからさっさと行け!」
「でも、泥棒はダメだと子供の頃からしつけられてますので。ぴったりの小銭持ってますからそこに置くだけですから」
一方的に言って僕は財布を出しながらレジに近寄る。そして、またもや間抜けな演技をする。
「あれ?」
「今度はなんだ⁈」
「500円玉があるかと思ったらありませんでした。困ったなあ」
「もっと安いやつにすりゃあいいだろうが」
「ダメなんですよ。鼻腔が敏感なんでこの最高級のやつじゃないと。あ、そこのお嬢さん」
いきなり振られて瀬名さんがびっくり顔になる。
「え、わたしですか?」
「はい。お嬢さん、すみませんが500円貸していただけませんか」
「えと、わたしも500円玉ないので千円札でもいいですか」
「ええ、いいですよ」
たまらずストーカーが僕と瀬名さんを叱りつける。
「いいわけないだろうが! なんなんだお前らは⁈ どいつもこいつも!」
クソが! というセリフを彼が吐こうとした瞬間、
「動くな!」
と、銃を構えた警官が2人飛び込んできた。
なぜか反射でぱっ、と両手を上げる店員さん、瀬名さん、そして僕。
けれどもストーカーは手も上げず、ナイフも捨てようとしない。それどころか、
「わあああ!」
と叫びながら警官に向かおうとした。
パン!
警官の1人が天井に向けて発砲した。
音にびっくりしたのか、尻餅をついて倒れこむストーカー。
もう1人の警官がそのまま押さえ込み、手錠をかけた。
「ほんとにご迷惑おかけしました。ほんとにありがとうございました」
腰を90度以上に曲げて店員さんにお詫びとお礼を言う瀬名さん。僕もその隣で同じように頭を下げた。
まあまあ、全員無事でよかった、と言いながら店員さんがサーバーでホットコーヒーを淹れてくれた。
事情聴取やらなんやらこれからあるんだろうけど、とりあえず、『同志』3人でイートインにてほっと一息。
「気根くん・・・あんな危ないことして」
「いや、だって・・・もし瀬名さんに何かあったら・・・」
僕も瀬名さんもそのまま黙った。
「生きてけませんもんね」
不意に店員さんが僕の代わりにセリフを吐いてくれる。
僕と瀬名さんふたりして顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「青春ですねえ・・・」
コーヒーをすすりながら呟いた店員さんの更なる一言。
淡白・実務的・無味乾燥な僕と瀬名さんを捕まえて『青春』なんて・・・
すごく、嬉しい。
ほぼLINEでやり取りする僕と瀬名さんなので、いきなり彼女から電話が入った時には何事かと驚いた。
そして、実際それは事件だった。
出先だったので最短経路を計算し、地下鉄を乗り継いで向かうのがベストと判断した。電車の中でLINEで安否確認をしながら瀬名さんの職場である御茶ノ水のビジネスホテル近辺を目指す。
気根;大丈夫ですか?
瀬名;今コンビニに避難したところ
気根;分かりました。彼は?
瀬名;前のところでスマホ見てる
気根;もし危なくなったらためらわずに大声出して助けを求めてください
瀬名;うん。気根くん、ごめんね
『彼』なんてやりとりしたけれどもそんな上品なもんじゃない。
ストーカーらしいのだ。
瀬名さんは中晩と呼ばれるシフトの上がりで現在時刻は23時55分。
終電に間に合う時間帯に仕事は終わってるし、人通りはあるから駅まで向かって電車に乗ってしまうという選択肢もあるけれども、万が一瀬名さんのマンションのある大塚までつけられるようなことがあったら取り返しがつかない。とりあえず動かずに待つよう瀬名さんに指示したのだ。
『彼』は何日も前からホテル周辺で見かける大学生ぐらいの男で、瀬名さんも不審には思っていたそうだ。
そして今日は明らかに瀬名さんの勤務明けを待ち構えるようにホテルの入り口付近で佇んでいたらしい。
ヴッ、とLINEが入る。
瀬名;彼がコンビニに入って来た
・・・どうする? どうする?
僕は数秒だけ考えて返信した。
気根;店員さんに助けを求めて!
送信し終わったところで御茶ノ水のホームに電車が停車した。ドアが開くと同時に改札へダッシュする。
有人の出口で駅員さんにSUICAを見せてそのまま駆け抜ける。
あ、ちょっと! とかなんとか言ってるけどそれどころじゃない。僕は経路を頭で考えずに本能でコンビニの位置を認識して生まれて以来のベストタイムで走った。
ガラス張りのコンビニの店内が視界に入り、僕は愕然とする。
店員さんが手を頭の後ろで組んで立っている。
レジを挟んで正面にナイフらしきものを右手に持ち、なにやらブツブツ言っている若い男。
その男の左手で右手首をぐっと掴まれている瀬名さん。
最悪なことに3人の他には店内に誰もいない。
僕は息を潜めて彼らの死角に入り、まずはスマホで警察に電話した。
「御茶ノ水の坂を登りきったところのコンビニに強盗がいます。店員さんと女性がナイフを突きつけられています」
「分かりました。急行します。あなたは安全な場所にいますか?」
「はい」
「我々が着くまで気づかれないように身を潜めていてください」
はい、とは返事したけれどもそんな訳にはいかない。
もし警察のひとたちが来る数分の間に瀬名さんに何かあったら。
僕は生きながら死んでるのと同じだ。
「こんばんは」
と間の抜けた言葉をかけながら僕はコンビニの自動ドアをくぐった。
店員さん、ストーカー、瀬名さんが一斉にこちらを見る。
けれども反応できる自由を持つのはストーカーだけだ。
「何してるんだ、出てけ!」
「え・・・でも、僕、マスク買いたいんですけど。ひどい花粉症で」
「バカか? いいから出てけ!」
「じゃあ・・・邪魔しませんからマスクだけ取らせてください」
言いながら全身から汗が吹き出しているのが自分で分かった。不自然さ満載のセリフを言ってるって自覚はあるけど、なんでもいいから時間を稼ぎたい。
僕は衛生用品のコーナーで一番高いマスクを選んだ。
「おいおい、何してんだ⁈」
「え・・・お会計しないと」
「クソ野郎かお前は⁈ 金なんか払わなくていいからさっさと行け!」
「でも、泥棒はダメだと子供の頃からしつけられてますので。ぴったりの小銭持ってますからそこに置くだけですから」
一方的に言って僕は財布を出しながらレジに近寄る。そして、またもや間抜けな演技をする。
「あれ?」
「今度はなんだ⁈」
「500円玉があるかと思ったらありませんでした。困ったなあ」
「もっと安いやつにすりゃあいいだろうが」
「ダメなんですよ。鼻腔が敏感なんでこの最高級のやつじゃないと。あ、そこのお嬢さん」
いきなり振られて瀬名さんがびっくり顔になる。
「え、わたしですか?」
「はい。お嬢さん、すみませんが500円貸していただけませんか」
「えと、わたしも500円玉ないので千円札でもいいですか」
「ええ、いいですよ」
たまらずストーカーが僕と瀬名さんを叱りつける。
「いいわけないだろうが! なんなんだお前らは⁈ どいつもこいつも!」
クソが! というセリフを彼が吐こうとした瞬間、
「動くな!」
と、銃を構えた警官が2人飛び込んできた。
なぜか反射でぱっ、と両手を上げる店員さん、瀬名さん、そして僕。
けれどもストーカーは手も上げず、ナイフも捨てようとしない。それどころか、
「わあああ!」
と叫びながら警官に向かおうとした。
パン!
警官の1人が天井に向けて発砲した。
音にびっくりしたのか、尻餅をついて倒れこむストーカー。
もう1人の警官がそのまま押さえ込み、手錠をかけた。
「ほんとにご迷惑おかけしました。ほんとにありがとうございました」
腰を90度以上に曲げて店員さんにお詫びとお礼を言う瀬名さん。僕もその隣で同じように頭を下げた。
まあまあ、全員無事でよかった、と言いながら店員さんがサーバーでホットコーヒーを淹れてくれた。
事情聴取やらなんやらこれからあるんだろうけど、とりあえず、『同志』3人でイートインにてほっと一息。
「気根くん・・・あんな危ないことして」
「いや、だって・・・もし瀬名さんに何かあったら・・・」
僕も瀬名さんもそのまま黙った。
「生きてけませんもんね」
不意に店員さんが僕の代わりにセリフを吐いてくれる。
僕と瀬名さんふたりして顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「青春ですねえ・・・」
コーヒーをすすりながら呟いた店員さんの更なる一言。
淡白・実務的・無味乾燥な僕と瀬名さんを捕まえて『青春』なんて・・・
すごく、嬉しい。