第32話 瀬名さん、ツンデレですね

文字数 1,406文字

ツンデレという言葉がある。
語彙の正確な意味は実は僕もよくわからない。
少なくとも僕と瀬名さんの関係においては当てはまらないということはなんとなくわかる。

僕らの間に、デレ、はないに等しい。

「瀬名さん、『金田からあなたへ』ってドラマ、観てますか?」
「ううん。観てない」
「そうですか・・・」
「気根くんがドラマの話なんて珍しいね。どうしたの?」
「いや・・・なんかそのドラマ、ツンデレの感覚が絶妙らしいんです。僕も一回しか観てないんでなんか曖昧ですけど」
「ツンデレが絶妙? 気根くん、言ってて意味分かる?」
「まあ・・・僕もきちんとは説明できないんですけど。主人公の金田ってサラリーマンが片思いしてる女の子がとにかくツンデレでいい感じらしいんです」
「ふうん。気根くんはツンデレが好きなの?」
「え。まあ、ちょっといいかな、とは思いますけど」
「そうなんだ」

その日を境に瀬名さんがおかしくなった。

「気根くん、スキあり!」
「わ!」

瀬名さんが膝カックンをしてきた。まさかこの人だけはこういうことをしないだろうというその人からカックンされてしまい呆然としていると、

「ごめんねー」

と、一言言ってそのままどんどん先へ歩いて行ってしまう。

今日は瀬名さんのホテルのソファで僕が座って待っていると、

「と・と・と・・・」

と瀬名さんがなぜかソフトクリームを2本手に持ってふらふらと歩いてきたかと思うと。

「わあっ」

とわざとらしくつんのめって僕のほっぺたにクリームをつけた。
そして言い草が、

「ごめんねー」

の一言だけだった。

「あの、瀬名さん・・・」
「うん」
「まさかとは思いますけど、ツンデレを実践してるつもりですか」
「え。なんか気根くんが好きそうだったから」
「それ、全然違いますよ」

じゃあツンデレを具体的に説明してよ、と瀬名さんが開き直ったので、ふたりで『金田からあなたへ』の無料配信動画をスマホで鑑賞することにした。

「ほら、次のシーンですよ」

ツイッターなんかで大いに話題になった回のクライマックスシーンだ。
急な仕事が入った金田がデートのキャンセルを告げた時の女の子の反応。

「金田くんなんて、キライ!」

そのセリフの後、意気消沈する金田に向かって、

『チュッ』

と唇にいきなりキスした。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

数十秒の沈黙の後、瀬名さんが先に口を開いた。

「『キライ』って言ったのが、ツン?」
「はい」
「それで、その・・・したのが、デレ?」
「・・・多分」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「ごめん。無理」
「・・・そうですよね」

ロビーで2人して固まっているとこの時間帯のチーフの北さんが声をかけてきてくれた。

「どうしたの2人とも」
「いえ・・・実はツンデレで困ってたんです」
「はあ?」

僕は北さんにあらましを話した。
すると北さんは恋愛にこなれてるらしくこう言ってくれた。

「瀬名ちゃんがツンデレを真似ようとしたのは、デレ、でしょ」
「え・・・そうでしょうか」
「そもそも気根さんがドラマの話を瀬名ちゃんにしたのも、デレ、だよね」
「うーん。そういえばそうでしょうか」
「そしてふたりは淡白だ」
「まあ・・・それが僕らですね」
「つまり、ツンがない。デレだけだ」
「あ」

僕と瀬名さんが思わず声を重ねた。

「デレ・デレじゃん」

北さんの言葉に僕と瀬名さんは顔を赤くしてうつむく。

「ほら。そういうところがデレデレなんだよ。まったくうらやましい」

トドメをさされた。

北さんって、大人だ。
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