第14話 瀬名さん、ステキな家族ですね

文字数 2,600文字

「気根くん、家族に会ってくれない?」

ついに来たか!

僕は厳かに、はい、と瀬名さんに返事した。続けて当然の質問をする。

「家族、ってご両親のことですよね?」
「・・・ごめん、詳しく聞かないで」

そうだ。瀬名さんのご両親は離婚してるんだった。ただし、『連帯債務者』という有無を言わさない悪縁で夫婦がまだ結びついているだけなんだった。ということはお父さんお母さんのどちらか単独ってことかも。ならば。

「場所は? 里帰りするんですよね?」
「ううん。池尻大橋のカフェ」
「え。池尻大橋って、渋谷からすぐの所の?」
「うん・・・」

まあ、色んな事情があるんだろう。瀬名さんは成人しているから結婚だって別に親の同意はいらない。ただやっぱり仁義は切りたいということなんだろう・・・って、僕は何を浮き足立って先走ってるんだろうか。

「じゃあ、一応きちんとした服装じゃないといけませんね」
「ううん。普段着でいいよ」
「?」

・・・・・・・・・

純喫茶、と呼んで差し支えない古風なカフェの一番奥のテーブル。
並んで座る瀬名さんと僕の前にいるのは男性だった。ただし、とても若い。

「あの・・・お父さんですか?」
「・・・兄よ」
満月(みつき)の兄の瀬名(せな) 栄太(えいた)です。キミは?」
「気根です」
「え、と。満月とどういう?」
「わたしの恋人よ」

恋人、なんて瀬名さんから紹介されてものすごくドキドキした。
ただ、ときめいている場合ではない。
この会合は一体なんなんだ・・・

「満月。つまり今日の話が僕らの身の振り方に関わる大事なものだから気根くんを同席させた。つまり彼とは将来にわたっての関係ということかな」
「いいえ。あなたと一対一で話したらわたしは理性を保つ自信がないから誰かに一緒にいて欲しかったのよ。そういう意味では気根くんはわたしにとって大事な人。わたしの心の支えよ」

兄に向かって『あなた』と呼ぶ瀬名さんの目が湖面のように静かでゾクッとした。心の支えと言われて悪い気はしないけれども。
ただ、状況把握をしないことには瀬名さんをサポートしようがない。単刀直入に訊いていみた。

「あの。今日はご兄妹の権利関係みたいなお話なんですか。生前贈与とかご両親の扶養義務とか」
「気根くん。どちらかというと僕の将来について満月に納得してもらうのが目的だよ」

こういうことだった。

お兄さんが愛知のあたりの大学院生だということは聞いていたけれども、イギリスの大学院に編入することになったそうだ。何の研究かはよくわからないが、日本のためになる学問らしい。特に給料がもらえるわけでもなく、貸与制の奨学金で生活している状態のままでの留学だそうだ。それで、帰ってきたら国の研究所でのポストがほぼ得られる目算が付いているということなのでもう行くことを決めたそうだ。

「満月。悪いが父さんの病気のことと母さんのことと、それから破産の事後処理等、諸事頼む」
「わたしは大学を辞めたわ」
「ああ、知ってる」
「『諸事』なんて馬鹿にした単語でわたしの人生を省略しないで」
「ああ。すまん。そうか、満月は承認されたいんだな。わかってるよ。子供の頃からお前が一番家族のことを考えていた」
「あなたに『お前』呼ばわりされるいわれはないわ」
「そうか。じゃあ、ズバリ言おう。俺と満月と、どちらが投資に足る人物かといえば当然俺だよな」
「・・・・」
「それは客観的な事実として満月は納得できるよな」
「さあ」
「子供の頃から俺は父さん母さんから見てもずっと『教育投資』の対象だった。満月よりもな。俺はその期待に応えただけだ。そして、中途半端なところでその期待を裏切るべきでないってことも自分に課してる」
「誰の期待ですって?」
「両親だ」
「わたしたちの両親が、客観的にみて、社会的・経済的な責任を負うに足らない人物だった、ということは認めるわよね」
「ああ」
「その二親の期待に応える?」
「なら、言い方を変えよう。俺は国の期待に応えるためにロンドンへ行く」
「わたしも国民だけど別にあなたに期待してないわ。あなたの研究がわたしの人生を救ってくれる訳でもないし」
「満月、大人になれ」
「わたしは自分でお給料を稼いでる。父さんの治療費も保険でカバーできない部分はわたしの負担。母さんのパート先もわたしが探してあげたわ。ねえ、あなたとわたし、どっちが大人なの?」
「話にならんな。気根くん、すまなかったね。どうやら満月は私事に目が行って社会的貢献っていうものを見失ってるらしい」
「栄太さん。ご自分の判断と責任でロンドンに行かれたらどうですか」
「え」

僕が突然主体的に発言したことにお兄さんは軽い驚きの声を上げた。瀬名さんも目を少しだけ大きく開けて僕の方を見る。
僕は言わずにはいられなかった。

「栄太さんが本当に大人なら、妹の許しを得たいなんて卑怯なことはやめたらどうですか? どうみたって『義務』を果たそうとしている瀬名さんの方が大人だし、むしろ栄太さんが『弟』なんじゃないかっていうふうに錯覚しましたよ」
「なにを・・・」
「許してもらえるわけないから自分のやりたいことだけを優先して妹を見捨てて異国へ行く。それぐらいの無責任さで勝手に行けばいいんですよ!」
「お前!」

僕の啖呵にお兄さんが、がたっ、と席を立ち上がって怒鳴りかえした。店内
の空気が凍りつきそうになったところで、瀬名さんがふわっとその温度をあげる。

「すみません、伝票をお願いします」

ウェイトレスさんに声をかけ、瀬名さんも席を立つ。

「無礼ね、あなた。気根くんまで『お前』呼ばわりするなんて」

伝票を持って来たウェイトレスさんにありがとう、と言って瀬名さんは最後にお兄さんに伝えた。

「もう行くわ。あなた学生だからわたしが払っておくわ」

瀬名さんと僕は手のひらで顔を覆ってぶつぶつ言っているお兄さんを後に店を出た。


「気根くん。ごめんね」
「いいんですよ。頼ってもらえて嬉しいです」
「ありがとう。気根くんがさっき言ってくれたこと、本当に嬉しかった。あれだけで全部報われたよ」
「や・・・そんな・・・」
「兄は、血が繋がってても、ただの顔見知り・・・」
「瀬名さん」
「はい」
「今僕らは他人ですけど、きっと瀬名さんをほんとに心から支えられるようになりますから」
「ふふ、ありがと」

滲む涙を人差し指で拭いながら微笑む瀬名さん。

そして、ドラマティックな展開でも、この辺で抑えておくのが僕ららしい。

瀬名さん、僕らはきっと、ステキな家族になれますよ。

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