第26話 瀬名さん、食レポします
文字数 1,646文字
「・・・痛 っ」
頭痛でアラームが鳴る前に目が覚めた。
ひととおりの確認をしてみる。
「熱は・・・無い。睡眠時間もまあ普通。頭をぶつけた覚えもない」
ただ、前頭葉のあたりが痛い。
「とりあえず学校行くかな・・・」
・・・・・・・・
こういう時アパートと学校が近いと助かる。なにせ徒歩30秒だ。まあ、作田やら同じ学部の男子生徒が朝早い授業の前日から泊まり込んでということはしょっちゅうあるけれども。
相変わらずスペルが間違ったままの英文学校名のレリーフが掲げられた校門をくぐっていつもの通り石段を降りる。
学食横の喫茶スペースで中晩シフトの瀬名さんから昨夜バイト先で受け取った朝弁の包みを開ける。
おかずが入った丸いタッパーの上にラップでくるまれたおにぎり2個。そして僕専用にと用意してくれたコンパクトな箸入れに入った漆塗りのおはし。
それをこれまた瀬名さんの趣味であろう、紺と白のチェックにワンポイントの白猫の刺繍がほどこされたおお振りのハンカチで包んであるのだ。
「いただきます」
まだ登校している学生の少ないテーブルで僕は1人合掌して朝弁を食べ始める。
味噌汁の代わりに缶入りのコーンスープを傍に。
「お。卵焼きか」
箸で適量に切ってぱくっ、と食べるとさにあらず。
「わ。出汁巻 だ。手の込んだことを・・・」
ただでさえ忙しい瀬名さん。
まあ、自分の弁当にも入れてるんだろうけど、一手間かかった出汁巻卵 に愛情を感じる。
口の中に出汁の香りが残った状態でおにぎりをかじる。
「うん、おかかだ」
これも僕は知ってる。市販のおかかではなく、出汁を取った後の鰹節を炒り煮にして作った瀬名さんお手製のおかかだ。とっても柔らかいエコな味がする。
瀬名さんが料理に手間をかけるのは亡くなったおばあちゃんの影響らしい。
没落して家計が厳しかったこともあるのだろう、近所の乾物屋さんで安くまとめ買いした煮干しや鰹節からきちんと出汁を取っている。
その瀬名家の味を受け継いだ瀬名さんは仕事が休みの日にまとめて出汁を取って、冷蔵庫に保管し、味噌汁や諸々の料理にさっと使えるようにするぐらい、手間をかけてる。
『習い性になってしまって』
瀬名さんがよく使う言葉だ。
好きとか、理屈をいう前に、『習い性で』の一言で行動していることが多い。
これが彼女が『淡白』な理由だろう。
その瀬名さんの作る料理が僕は好きだ。
自己主張の無い淡白な味付けなんだけれども、そういう味にこそ実は『中毒性』があると思う。『毒』なんて漢字を使って申し訳ないけれども。
それから今度はきんぴらこんにゃくを摘んだ。
糸コンをちりっ、という感触になるまで煮てあり、ごぼうの細切りも実に的確な太さ・長さで統一されている。
こういった常備菜も瀬名さんは休みの日に作り置きしている。
「ん?」
箸を進める内に僕は自分の体の変化に気づく。
さっきまでの頭の鈍痛が、嘘のように消えているのだ。
とっさに悟った。
「朝弁のおかげだな」
込められた愛情の効果、といえばロマンチックなんだろうけれども、実務的な僕と瀬名さんの間柄だから敢えて科学的に説明してみる。
つまり、瀬名さんが作ってくれる朝弁の、塩分や食材の諸々の栄養価、そして多分、出汁にたっぷりと含まれたミネラルが、僕の体に作用したのだろう。
そしてもう一つこういう推測もしてみる。
「ケンカまでして僕に朝食を食べさせようとしたのは、僕の体調がくずれかかっていることを察知してたからなんだろう」
そう。
瀬名さんは淡白に、冷静沈着に・・・そしてあふれんばかりの愛情を持って僕と一緒にいてくれてる。
「あー、愛妻弁当だー!」
びっくりして振り返ると加藤さんだった。毎夜酒盛りをしている女子寮メンバーが二日酔いの黄疸一歩手前のような顔色でぞろぞろと入ってきた。
「愛妻、て・・・」
「気根くーん。仲直りした勢いでさっさと結婚しちゃいなよー」
そうだそうだと囃し立てる彼女ら。
「経済的にも社会的責任の面でも僕が甲斐性持てるまでは我慢します」
「早く孫の顔見せてよー」
誰がおばあさんという設定での孫なんだろうか。
頭痛でアラームが鳴る前に目が覚めた。
ひととおりの確認をしてみる。
「熱は・・・無い。睡眠時間もまあ普通。頭をぶつけた覚えもない」
ただ、前頭葉のあたりが痛い。
「とりあえず学校行くかな・・・」
・・・・・・・・
こういう時アパートと学校が近いと助かる。なにせ徒歩30秒だ。まあ、作田やら同じ学部の男子生徒が朝早い授業の前日から泊まり込んでということはしょっちゅうあるけれども。
相変わらずスペルが間違ったままの英文学校名のレリーフが掲げられた校門をくぐっていつもの通り石段を降りる。
学食横の喫茶スペースで中晩シフトの瀬名さんから昨夜バイト先で受け取った朝弁の包みを開ける。
おかずが入った丸いタッパーの上にラップでくるまれたおにぎり2個。そして僕専用にと用意してくれたコンパクトな箸入れに入った漆塗りのおはし。
それをこれまた瀬名さんの趣味であろう、紺と白のチェックにワンポイントの白猫の刺繍がほどこされたおお振りのハンカチで包んであるのだ。
「いただきます」
まだ登校している学生の少ないテーブルで僕は1人合掌して朝弁を食べ始める。
味噌汁の代わりに缶入りのコーンスープを傍に。
「お。卵焼きか」
箸で適量に切ってぱくっ、と食べるとさにあらず。
「わ。
ただでさえ忙しい瀬名さん。
まあ、自分の弁当にも入れてるんだろうけど、一手間かかった
口の中に出汁の香りが残った状態でおにぎりをかじる。
「うん、おかかだ」
これも僕は知ってる。市販のおかかではなく、出汁を取った後の鰹節を炒り煮にして作った瀬名さんお手製のおかかだ。とっても柔らかいエコな味がする。
瀬名さんが料理に手間をかけるのは亡くなったおばあちゃんの影響らしい。
没落して家計が厳しかったこともあるのだろう、近所の乾物屋さんで安くまとめ買いした煮干しや鰹節からきちんと出汁を取っている。
その瀬名家の味を受け継いだ瀬名さんは仕事が休みの日にまとめて出汁を取って、冷蔵庫に保管し、味噌汁や諸々の料理にさっと使えるようにするぐらい、手間をかけてる。
『習い性になってしまって』
瀬名さんがよく使う言葉だ。
好きとか、理屈をいう前に、『習い性で』の一言で行動していることが多い。
これが彼女が『淡白』な理由だろう。
その瀬名さんの作る料理が僕は好きだ。
自己主張の無い淡白な味付けなんだけれども、そういう味にこそ実は『中毒性』があると思う。『毒』なんて漢字を使って申し訳ないけれども。
それから今度はきんぴらこんにゃくを摘んだ。
糸コンをちりっ、という感触になるまで煮てあり、ごぼうの細切りも実に的確な太さ・長さで統一されている。
こういった常備菜も瀬名さんは休みの日に作り置きしている。
「ん?」
箸を進める内に僕は自分の体の変化に気づく。
さっきまでの頭の鈍痛が、嘘のように消えているのだ。
とっさに悟った。
「朝弁のおかげだな」
込められた愛情の効果、といえばロマンチックなんだろうけれども、実務的な僕と瀬名さんの間柄だから敢えて科学的に説明してみる。
つまり、瀬名さんが作ってくれる朝弁の、塩分や食材の諸々の栄養価、そして多分、出汁にたっぷりと含まれたミネラルが、僕の体に作用したのだろう。
そしてもう一つこういう推測もしてみる。
「ケンカまでして僕に朝食を食べさせようとしたのは、僕の体調がくずれかかっていることを察知してたからなんだろう」
そう。
瀬名さんは淡白に、冷静沈着に・・・そしてあふれんばかりの愛情を持って僕と一緒にいてくれてる。
「あー、愛妻弁当だー!」
びっくりして振り返ると加藤さんだった。毎夜酒盛りをしている女子寮メンバーが二日酔いの黄疸一歩手前のような顔色でぞろぞろと入ってきた。
「愛妻、て・・・」
「気根くーん。仲直りした勢いでさっさと結婚しちゃいなよー」
そうだそうだと囃し立てる彼女ら。
「経済的にも社会的責任の面でも僕が甲斐性持てるまでは我慢します」
「早く孫の顔見せてよー」
誰がおばあさんという設定での孫なんだろうか。