第37話 瀬名さん、コーディネートしましょう
文字数 3,312文字
瀬名さんのホテルは制服だからいいけれども、僕がスーツを持っていないことは問題だ、と2人して結論した。
そんな訳で瀬名さんが僕のスーツを見立ててくれるという。
なんとなくだけれども、池袋の西側のデパートが落ち着くだろうという風に僕らは考えた。
「気根くん。色と柄はなにか希望ある?」
「うーん。無難にダークな無地、とか」
「そうね。就職活動をするならその方が合わせやすいよね」
「いらっしゃいませ。ご夫婦ですか?」
紳士服売り場の中のブランドショップの女性店員さんが緊張感の増す発言をした。
それに対する瀬名さんの返しもそっくりそのままのテンションを維持する。
「ええ、まあ」
思わず僕は声が裏返りそうになったけれどもなんとか堪えて瀬名さんに囁く。
『瀬名さん、夫婦って・・・』
『いいじゃない。その方が話が早いよ』
「ご夫婦ですか・・・いいですね、もう長いんですか?」
「1年と少しです」
「じゃあまだ新婚さんですね。うらやましい」
そう言ってパンツスーツの女性店員さんは一応僕にスーツの好みを訊いてきた。
「ご主人はとてもお若く見えますね。どんなスーツがお好みですか?」
「えと。ダークなやつが・・・」
あ。ダークなスーツってなんか意味不明だな。と思っているところへすかさず瀬名さんがフォローしてくれた。
「色んな場面で着れる無難なタイプのが1着欲しいんです。ですのでストライプなんかが入っていない、濃紺か黒に近い色のシンプルなものが」
「うーん、そうですねえ。では」
そう言って店員さんはとても機敏な動きで3着、ぱぱっ、とハンガーにかけたまま並べて見せた。
「一応、シャツとネクタイも合わせてみました。ご主人は細身ですのでこのタイプの形がいいかと思います」
「気根くん、試着させてもらったら?」
「あら、素敵ですねえ」
「? はい?」
「結婚されても恋人時代の呼び方でお呼びなんですね」
「あ・・・そう、ですね・・・」
「・・・・・」
瀬名さんが面倒だからと夫婦のフリを始めたものの、却ってプレッシャーになってきた。
僕が試着室に入ると瀬名さんと店員さんの会話が聞こえてくる。
「ご主人、随分お若いんですねえ」
「え、はい。・・・まあ、わたしも若いんですけど」
「あら! すみません、失礼しました。とても落ち着いてらっしゃるものですから・・・」
「あ。それはありがとうございます」
早く、出よう。
「あ、素敵ですね! こちらはタックがなくてウエストも絞ってありますのでとても都会的ですよ」
「いや。僕は田舎でこれを着るつもりなんですけど」
「田舎だなんて、今は日本じゅうどこでも都会ですよ」
店員さんはさすがにプロらしく、ネガティブなことは言わない。
いや、内容はネガティブでも表現はポジティブにすり替える。
そんなこんなで3着試着した内の最初のやつに決めた。
濃い、黒に限りなく近いグレーのスーツ。無難だ。
会計を済ませた後、僕はちょっとわがままを言ってみた。
「なんか、不公平ですよ、瀬名さん」
「え。何が?」
「だって、僕だけ着せ替え人形みたいに服買って」
「それは着せ替え人形にされて気根くんが不公平を被ったってこと? それともわたしが服を買ってないのがかわいそうで公平を欠くっていう意味?」
「両方ですよ。瀬名さん」
「そう」
「レディースのフロアに行きましょうよ」
「え」
嫌がる瀬名さんを5階のレディースフロアに連れて行った。今日の僕はいつにない積極さだ。
なぜか。
瀬名さんにかわいい服を着せてみたいのだ。
できればおもいっきり少女っぽいやつを。
ただ、デパートのレディースコーナーという時点である程度高めの年齢層が対象とはなる店ばかりだろうけれども。
「あ!」
「な、なに?」
「瀬名さん、この服とかどうですか⁈」
僕が指差したのはフロアの角にあるショップの一番目立つところに飾られたブラウス。
眼をひいたのは、その『フリフリ』だ。
シンプルな白に、襟と袖のフリルがアンバランスに大きい。
まるで小ぶりの花束のようだ。
「これはちょっと・・・」
「そんなこと言わずに」
僕はあきらめない。
実はさっきの店の店員さんに夫婦と間違われたことを僕の方がドキドキして楽しんでいたのだ。
僕たちが店の前でやり取りしていると、デパートの制服を着た、年配の女性店員さんが応対しに来てくれた。
「いかがですか、お嬢様」
「え」
お嬢様。
さっきの店とはまた異なるアプローチを瀬名さんにしてくる。
「失礼ですでれども、恋人同士でいらっしゃいますね?」
「は、はい」
思わず僕が答える。
「それもおふたりは将来ご結婚を考えておられる・・・違いますか?」
「どうして分かるんですか?」
今度は瀬名さんが答えた。店員さんが続ける。
「実は先月も先々月もこのブラウスをお買い上げいただいたお客様がご結婚なさったんです」
僕と瀬名さんは単純な疑問をぶつける。
「どうしてその人たちが結婚したって分かったんですか?」
「偶然ですけれども、2組のカップルとも、奥様がこのブラウスを着て新婚旅行にお出かけの写真をツイッターに上げてくださったんです。池袋のデパートで買いました、って」
「そういうのもチェックしておられるんですか?」
「はい。私のような古典的なデパート店員でもSNSで潜在的なお客様のトレンドを掴むことは必須ですよ」
店員さんはそう言うと、僕の代わりに僕の願望を強力に推進してくれた。
「さ、お嬢様。どうぞご試着なさってください。きっとお似合いですよ」
「は、はい・・・」
瀬名さんが店員さんに押される感じで試着室に入って行った。
店員さんが僕に語りかける。
「素敵な彼女さんですね。お客様があのブラウス姿を見たいと思われるのがよく分かりますよ」
「いやー。ちょっと強引に連れてきてしまって・・・」
「いいえ。それぐらい押しが強い方が、このお嬢様も嬉しいはずですよ」
この会話を瀬名さんは試着室で聞いてるんだろうか。
待ち遠しい。
早く見たい。
僕って、こういうキャラだったろうか? と思わず自問自答するぐらいに楽しみに待つ自分がいる。
「まあ」
店員さんが声を上げたので僕もおそるおそる眼をあげた。
「かわいい・・・」
思わず呟いてしまった。
かっこいい、とか、シックだ、とか色んな表現を伝えたことはあったけれども、面と向かって瀬名さんにかわいい、と言ったのは多分初めてだ。
店員さんも同調する。
「ええ、ほんとにかわいらしいですね。お似合いです」
「そんな・・・」
瀬名さんは謙遜しているけれども鏡に映った自分の姿を見てまんざらでもないようだ。
「あの、これ、いくらですか?」
僕は思わず店員さんに訊いた。
「少しお値段は張りますよ」
そう言って電卓を手にディスカウント率を×ボタンで乗じ、更に端数切り捨てをし、表示された数字を僕に見せる。瀬名さんも表示を横から覗き込む。驚愕、とまではいかないけれども、ちょっとだけ眼をみはるような数字が示されていた。
「瀬名さん・・・買いましょう!」
「え。でも・・・」
「僕が払いますよ。ほんとはスカートなんかもコーディネートして買ってあげられるといいんですけど・・・」
「いいよ、そんな。気根くんはまだ学生だし・・・」
「あら。お客様随分お若いと思ったら学生さんですか」
店員さんに悪気はない。
けれども、『学生さん』と言われて僕のプライドがなんだか傷つくような不思議な感覚を覚えた。僕はムキになる。
「一応アルバイトしてますし、それにこの間就職マッチングに付き合ってもらったからきちんとお礼をするように母からも言われてますし」
「でも・・・」
「それに、僕、男ですし」
そう言うと、瀬名さんが心持ち背筋を伸ばしたような気がした。
「うん。分かった。ありがとう、気根くん」
そう言って、くるっと僕の正面を向く。
「嬉しいわ」
そう言った瀬名さんが、可憐な少女のように見えた。
・・・・・・・・・
「ねえ、気根くん」
「はい」
「さっきの店員さんの話、本当だと思う?」
「うーん。分かりません」
「なんか、宣伝用のエピソードだったのかも」
堅実な瀬名さんのことだから、無駄遣いを戒めてるつもりなのかな、と少し落ち込んだ。
「でも、いいよね」
「はい?」
「わたしたちが結婚したら、ほんとだった、ってことになるから」
ああ。
瀬名さん、やっぱり、素敵です。
そんな訳で瀬名さんが僕のスーツを見立ててくれるという。
なんとなくだけれども、池袋の西側のデパートが落ち着くだろうという風に僕らは考えた。
「気根くん。色と柄はなにか希望ある?」
「うーん。無難にダークな無地、とか」
「そうね。就職活動をするならその方が合わせやすいよね」
「いらっしゃいませ。ご夫婦ですか?」
紳士服売り場の中のブランドショップの女性店員さんが緊張感の増す発言をした。
それに対する瀬名さんの返しもそっくりそのままのテンションを維持する。
「ええ、まあ」
思わず僕は声が裏返りそうになったけれどもなんとか堪えて瀬名さんに囁く。
『瀬名さん、夫婦って・・・』
『いいじゃない。その方が話が早いよ』
「ご夫婦ですか・・・いいですね、もう長いんですか?」
「1年と少しです」
「じゃあまだ新婚さんですね。うらやましい」
そう言ってパンツスーツの女性店員さんは一応僕にスーツの好みを訊いてきた。
「ご主人はとてもお若く見えますね。どんなスーツがお好みですか?」
「えと。ダークなやつが・・・」
あ。ダークなスーツってなんか意味不明だな。と思っているところへすかさず瀬名さんがフォローしてくれた。
「色んな場面で着れる無難なタイプのが1着欲しいんです。ですのでストライプなんかが入っていない、濃紺か黒に近い色のシンプルなものが」
「うーん、そうですねえ。では」
そう言って店員さんはとても機敏な動きで3着、ぱぱっ、とハンガーにかけたまま並べて見せた。
「一応、シャツとネクタイも合わせてみました。ご主人は細身ですのでこのタイプの形がいいかと思います」
「気根くん、試着させてもらったら?」
「あら、素敵ですねえ」
「? はい?」
「結婚されても恋人時代の呼び方でお呼びなんですね」
「あ・・・そう、ですね・・・」
「・・・・・」
瀬名さんが面倒だからと夫婦のフリを始めたものの、却ってプレッシャーになってきた。
僕が試着室に入ると瀬名さんと店員さんの会話が聞こえてくる。
「ご主人、随分お若いんですねえ」
「え、はい。・・・まあ、わたしも若いんですけど」
「あら! すみません、失礼しました。とても落ち着いてらっしゃるものですから・・・」
「あ。それはありがとうございます」
早く、出よう。
「あ、素敵ですね! こちらはタックがなくてウエストも絞ってありますのでとても都会的ですよ」
「いや。僕は田舎でこれを着るつもりなんですけど」
「田舎だなんて、今は日本じゅうどこでも都会ですよ」
店員さんはさすがにプロらしく、ネガティブなことは言わない。
いや、内容はネガティブでも表現はポジティブにすり替える。
そんなこんなで3着試着した内の最初のやつに決めた。
濃い、黒に限りなく近いグレーのスーツ。無難だ。
会計を済ませた後、僕はちょっとわがままを言ってみた。
「なんか、不公平ですよ、瀬名さん」
「え。何が?」
「だって、僕だけ着せ替え人形みたいに服買って」
「それは着せ替え人形にされて気根くんが不公平を被ったってこと? それともわたしが服を買ってないのがかわいそうで公平を欠くっていう意味?」
「両方ですよ。瀬名さん」
「そう」
「レディースのフロアに行きましょうよ」
「え」
嫌がる瀬名さんを5階のレディースフロアに連れて行った。今日の僕はいつにない積極さだ。
なぜか。
瀬名さんにかわいい服を着せてみたいのだ。
できればおもいっきり少女っぽいやつを。
ただ、デパートのレディースコーナーという時点である程度高めの年齢層が対象とはなる店ばかりだろうけれども。
「あ!」
「な、なに?」
「瀬名さん、この服とかどうですか⁈」
僕が指差したのはフロアの角にあるショップの一番目立つところに飾られたブラウス。
眼をひいたのは、その『フリフリ』だ。
シンプルな白に、襟と袖のフリルがアンバランスに大きい。
まるで小ぶりの花束のようだ。
「これはちょっと・・・」
「そんなこと言わずに」
僕はあきらめない。
実はさっきの店の店員さんに夫婦と間違われたことを僕の方がドキドキして楽しんでいたのだ。
僕たちが店の前でやり取りしていると、デパートの制服を着た、年配の女性店員さんが応対しに来てくれた。
「いかがですか、お嬢様」
「え」
お嬢様。
さっきの店とはまた異なるアプローチを瀬名さんにしてくる。
「失礼ですでれども、恋人同士でいらっしゃいますね?」
「は、はい」
思わず僕が答える。
「それもおふたりは将来ご結婚を考えておられる・・・違いますか?」
「どうして分かるんですか?」
今度は瀬名さんが答えた。店員さんが続ける。
「実は先月も先々月もこのブラウスをお買い上げいただいたお客様がご結婚なさったんです」
僕と瀬名さんは単純な疑問をぶつける。
「どうしてその人たちが結婚したって分かったんですか?」
「偶然ですけれども、2組のカップルとも、奥様がこのブラウスを着て新婚旅行にお出かけの写真をツイッターに上げてくださったんです。池袋のデパートで買いました、って」
「そういうのもチェックしておられるんですか?」
「はい。私のような古典的なデパート店員でもSNSで潜在的なお客様のトレンドを掴むことは必須ですよ」
店員さんはそう言うと、僕の代わりに僕の願望を強力に推進してくれた。
「さ、お嬢様。どうぞご試着なさってください。きっとお似合いですよ」
「は、はい・・・」
瀬名さんが店員さんに押される感じで試着室に入って行った。
店員さんが僕に語りかける。
「素敵な彼女さんですね。お客様があのブラウス姿を見たいと思われるのがよく分かりますよ」
「いやー。ちょっと強引に連れてきてしまって・・・」
「いいえ。それぐらい押しが強い方が、このお嬢様も嬉しいはずですよ」
この会話を瀬名さんは試着室で聞いてるんだろうか。
待ち遠しい。
早く見たい。
僕って、こういうキャラだったろうか? と思わず自問自答するぐらいに楽しみに待つ自分がいる。
「まあ」
店員さんが声を上げたので僕もおそるおそる眼をあげた。
「かわいい・・・」
思わず呟いてしまった。
かっこいい、とか、シックだ、とか色んな表現を伝えたことはあったけれども、面と向かって瀬名さんにかわいい、と言ったのは多分初めてだ。
店員さんも同調する。
「ええ、ほんとにかわいらしいですね。お似合いです」
「そんな・・・」
瀬名さんは謙遜しているけれども鏡に映った自分の姿を見てまんざらでもないようだ。
「あの、これ、いくらですか?」
僕は思わず店員さんに訊いた。
「少しお値段は張りますよ」
そう言って電卓を手にディスカウント率を×ボタンで乗じ、更に端数切り捨てをし、表示された数字を僕に見せる。瀬名さんも表示を横から覗き込む。驚愕、とまではいかないけれども、ちょっとだけ眼をみはるような数字が示されていた。
「瀬名さん・・・買いましょう!」
「え。でも・・・」
「僕が払いますよ。ほんとはスカートなんかもコーディネートして買ってあげられるといいんですけど・・・」
「いいよ、そんな。気根くんはまだ学生だし・・・」
「あら。お客様随分お若いと思ったら学生さんですか」
店員さんに悪気はない。
けれども、『学生さん』と言われて僕のプライドがなんだか傷つくような不思議な感覚を覚えた。僕はムキになる。
「一応アルバイトしてますし、それにこの間就職マッチングに付き合ってもらったからきちんとお礼をするように母からも言われてますし」
「でも・・・」
「それに、僕、男ですし」
そう言うと、瀬名さんが心持ち背筋を伸ばしたような気がした。
「うん。分かった。ありがとう、気根くん」
そう言って、くるっと僕の正面を向く。
「嬉しいわ」
そう言った瀬名さんが、可憐な少女のように見えた。
・・・・・・・・・
「ねえ、気根くん」
「はい」
「さっきの店員さんの話、本当だと思う?」
「うーん。分かりません」
「なんか、宣伝用のエピソードだったのかも」
堅実な瀬名さんのことだから、無駄遣いを戒めてるつもりなのかな、と少し落ち込んだ。
「でも、いいよね」
「はい?」
「わたしたちが結婚したら、ほんとだった、ってことになるから」
ああ。
瀬名さん、やっぱり、素敵です。