第12話 瀬名さん、シックですね

文字数 1,978文字

漫画や小説やアニメやドラマや映画なんかでお墓参りのシーンが出てくる作品が僕は好きだ。

もちろん色んなシチュエーションがある。死んだライバルに水を供えるという伝説的な名作もあれば、若き未亡人が夫の墓に再婚の報告をするという素晴らしい作品もある。
まあ、漫画の大半は瀬名さんが貸してくれたんだけれども。
サスペンスドラマでお墓の前で真犯人を告げるシーンも実は好きだ。
こういった作品に対して僕は、なんというか、人生にまじめに向き合おうという作者の意思を感じ取ってしまうのだ。

だから瀬名さんから、

「気根くん、お墓参りに付き合ってくれない?」

と言われた時は、なんだか自分が漫画か小説の主人公になったような、ちょっと不思議な高揚感すらあった。

・・・・・・・・

「え、都内なんですか」
「あれ、言ってなかったっけ」

瀬名さんの実家は日本の北っ側の地方都市だ。
だからとうとう彼女の故郷に誘われたんだと思って緊張もして何日も前から着替えなんかも用意したりしていたんだけどな。

「わたしの家はもともと東京の出なんだ。長いこと続いてた佃煮屋だったんだけどひいじいちゃんの代にお店を畳んでね。それで北上したの」
「へえ・・・知りませんでした」
「お墓を移すまでのことはちょっとできなくて。毎年家族でお盆とお彼岸には東京に来てたんだよね。まあ、東京観光も兼ねるみたいな感じで」
「あ、それであんなに東京詳しかったんですね」
「そう。皇居ランも小学生の時からしてたよ。父親も走る人だったから」

そう言いながら山手線に揺られていると、『駒込です』というアナウンスが流れてきた。

「へえ・・・駒込駅で降りるのは初めてですよ。落ち着いた感じですね」
「そうでしょ。わたし、結構この街好きなんだ。」

そう言って風になびく髪を瀬名さんが手櫛で整える。
街に溶け込んでいるような彼女の風景が、なんだかいい。

「瀬名さん、今日の服装はお墓参り用ですか?」
「ん? そういう訳じゃないけど、なんとなくね」

グレーのとても細いストライプが入ったワンピース。とても落ち着いた印象がいつもの実用的な服装とはややギャップがある。
いや・・・でもないか。
瀬名さんはブルージーンを履いた上にそのワンピースを着ている。足元も何度か観たことのある紺のデッキシューズなので実用性もきちんと考慮されている。

『瀬名さん、シックですね』

言葉には出さないけれども僕は瀬名さんの後ろ姿に心の中で呟いた。

駅前の花屋さんで仏花をふた束買い、少し歩いた。着いたのは坂道の上にある小さなお寺。ご住職の姿は見えないけれども、こんにちはー、と声だけかけて裏手のお墓に回る。
敷地には暮石の数はそんなになく、ゆったりとした間隔でそれぞれの家のお墓が並んでいる。多分瀬名さんのルーツは結構なお嬢様の家系だったんだろうと想像する。

「ここ」

『南無阿弥陀仏』と彫られた文字の下に『瀬名』と刻まれた墓石の前に僕らは並んだ。
お寺の前の水道で汲んで来た水を柄杓ですくって、じゃっ、と僕が墓石にかける。瀬名さんは持参していたスーパーかどこかの景品タオルの封を開けて苔を拭き取る。
一通りお墓を清めた後でローソクに火を点そうとする瀬名さん。
けれどもなかなかマッチの火がローソクの芯に移らない。日差しは暖かいのに風が細切れに吹いているのだ。

「ちょっと待ってくださいね」

そう言って僕はマッチを擦る瀬名さんの背後に立って風除けの役目を買って出た。

「あら。まだダメね。気根くん、ちょっとマント広げて」
「はあ?」

言われてはっと気づいた。
僕が羽織っているハーフコートをドラキュラのように広げろ、という意味だ。

「あららら。それでもダメね。気根くん」
「はい」
「横からも風が来るの。わたしをすっぽり包んでくれない?」
「ええ?」
「ほら、早く」

考える間もなく僕はハーフコートでくるむようにして瀬名さんの背後から彼女の華奢な体に手を回した。

もちろん、僕と瀬名さんの身体は一切接触していない。
けれどもそのギリギリの、数センチの隙間がかえってなんとも言えないときめきを生み出すこともあるのだと生まれて初めて認識した。

このまま抱きしめようか。

「やった、点いた!」

瀬名さんの嬉々とした声に我に返り、かろうじて理性が働いた。

あぶなかった。

「なむなむなむ・・・」
「瀬名さん、子供ですか?」
「ウソウソ。真面目にやるね」

そう言って瀬名さんと僕は数十秒の間、手を合わせて沈黙した。

「気根くん、六義園(りくぎえん)って知ってる?」
「ええ名前だけは。日本何大庭園かなんかでしたっけ」
「ちょっとかかるけどここから歩けるんだ。行ってみない?」
「ええ、いいですよ。でもなんか若者らしくないなあ。お墓参りと日本庭園なんて」
「ううん、そんなことないよ。シックじゃない?」

あ。諮らずも瀬名さんの口から『シック』って言葉が飛び出した。

もしかして、シックだ、って自負してたりして。
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