第48話 瀬名さん、テキーラ!です!
文字数 2,653文字
シホと僕のツーショットが瀬名さんのスマホに『誤送信』されてから3日経過。
気根 :幼馴染に無理やり撮られたんです
LINEでの瀬名さんに対する僕の事実説明に、既読スルーが延々と続く。電話も繋がらない。
火に油を注ぐ結果になると分かってはいたけれども上記文面を書くしかなかった。明智がいてくれれば随分と状況は違っただろうけれども、幼馴染の女子と2人でインドカレーを食べていたのは事実だ。弁解の余地もない。
ところが、3日目の夜、瀬名さんから唐突にLINEが入った。見ると写真が添付されている。
「え。猫?」
白いノースリーブのバストアップで、胸に黒と白柄の子猫を抱いている。
瀬名 :職場の女子の先輩の実家に遊びに行ったわ。この子猫はオス。殺処分されるところを先輩が里親になったそう
続けてのコメントもある。
瀬名 :わたしの誰かとのツーショットはこんなのしか撮れなかった・・・気根くんが他の誰かを好きになったら、とても寂しい
ああ。
あの瀬名さんをしてここまで言わせてしまうなんて、自分がやったことの重さを改めて噛み締めている。
とは言え、東京と僕の実家との物理的な距離はどうにも埋めがたい。実は瀬名さんは僕の実家に一緒に来れないことをとても残念がっていた。シーズン前に夏休みを取ってしまわざるを得なかったので仕方のないことなんだけれども。
瀬名さんの心に芽生えたのが『疑惑』や『嫉妬』ならばまだよかった。
けれども、彼女の胸を苦しめているのは、『寂しさ』だ。
一家離散状態の瀬名さんから彼氏までが去っていくのではないかという寂しさを僕は彼女に与えてしまった。
LINEで繋がろうが、電話で繋がろうが、事実を誤解なく完全に伝え、彼女の寂しさを取り除くことはとても難しい。東京と僕の実家との距離を恨んだ。
「うーん。どうするどうするどうする」
意味もなく自部屋をぐるぐる歩き回る僕。一縷の望みをかけ、LINEを入れた。
気根 :明智、久しぶり。今こっちに戻ってる。これから‘Artistic’で会えないか?
すぐに返信が来た。
明智 :おー、久しぶり。行く行く、すぐ行くよ。
相変わらずシホと同じようなノリだ。
僕は明智と約束を取り付けて、駅の近くにあるバーを待ち合わせ場所に指定した。
・・・・・・・・・・・・・
「おー、気根。元気だった?」
「ああ。お陰様で。痩せたんじゃないか?」
「まあね。失恋のダメージが大きくってね。シホから聞いたろ?」
「聞いた。けど、理由だとかは一切。何がどうしたんだ、一体」
「俺にもわからない。多分、長く付き合い過ぎたんだろうな。あ、長いだけじゃなく、会う頻度も多過ぎたんだろうな」
会う頻度が多い、ということの意味が僕はよく分からなかった。だってそんんなの結婚したら四六時中一緒にいるだろう。もしかして結婚ていうイメージがそもそもない恋愛だったのかな、明智とシホは。
「マスター、俺、ジントニックお代わりね。気根は?」
「僕はテキーラをロックで。それで1曲リクエストしていいですか?」
「どうぞ」
「ルースターズの『テキーラ』を」
「オーライ! いい選曲だ!」
マスターが満面の笑顔で僕に応じてくれた。
ここは去年高校の同窓会の二次会で初めて来た店だ。ジャズバーならぬ、ロック・バー。
時折地元バンドのライブを店内でやることもあるけれど、普段は客のリクエストに応じてマスター自慢のオーディオセットで曲をかける形態だ。
「気根。ルースターズなんて知ってたのか」
「僕の彼女が教えてくれた。‘ロック’と‘ロック’、‘テキーラ’と‘テキーラ’をかけたオーダーの仕方も彼女が」
「お! 彼女できたのか!? 」
「うん」
「そりゃーおめでとー! 写真あんだろ? 見せてくれよ」
僕はさっき瀬名さんから受け取ったばかりの子猫とのツーショットを見せる。
「お、おー? なんか落ち着いていい感じだね? 子猫なんか抱いちゃって」
『テキーラ』の激しいドラムとギターのイントロが店内に弾けた時、カラン、と新客がドアを開けて入って来た。その客は明智を視界に入れた瞬間、またドアを開けて外に出ようとする。
「あ、シホ! 待って!」
僕はシホの腕をぐっ、と掴んだ。瀬名さんにもそうそうできないスキンシップだけれどもここでシホを逃すわけにはいかない。すみません、と心の中で瀬名さんにつぶやいてシホをテーブルに座らせた。
「・・・居たんだ」
「ああ。悪いか」
まるで交錯点のないやり取りをするシホと明智。僕は単刀直入に言った。
「スリーショット、撮ってくれない?」
「はあ?」
「なにそれ」
明智とシホの当然の反応。
僕はそれでも食い下がる。
「彼女がシホと僕のツーショットを誤解して寂しがってる。僕は彼女が好きだ。これ以上辛い想いをさせたくない」
「ほお?」
「・・・・・」
あれ?
明智の反応は想定どおり。シホが黙ったのはなんだかよくわからない。
けれども僕は怯 んでなんかいられない。
「スリーショット。できれば明智とシホがラブラブな感じで」
「なんなんだよそれ。別れたって言ってるだろ。シホだってそんなこと」
「いいよ」
「え?」
「いいって言ったの。麗人 。彼女さんに見せるんでしょ? で、完全に誤解を解くんだよね」
「う、うん。僕のわがままだけれどね」
「明智、どう? わたしはいいよ」
「シホ。お前・・・」
はあっ、と明智はため息をついてシホに言った。
「しょうがない、気根のためだ。シホ、肩でも組むか?」
「明智、どうせなら派手にやろうよ」
明智が反応する前にシホが彼の首に手をまわし、そのまま唇を重ねた。
「おっ! 気根くん、撮るぞ!」
マスターに言われて僕は慌てて明智とシホの前に出る。
キスしている恋人たちの前で真顔で写真に撮られる僕。
いいぞー! と明智とシホを囃 し立てるお客さんたち。
そして、僕がリクエストしたシンプルでストレートな最高のロックンロールに合わせて客たちがそれぞれのグラスを高く掲げ、叫んだ。
『テキーラ!!』
(ルースターズ 「テキーラ」)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カウンターで明智とシホが並んで座り、何やら語り合っている。
恋人たちを邪魔しないように僕は数席離れてマスターがシェイカーを振るう前でスマホを操作する。
さっき撮ったばかりのスリーショットとメッセージをLINEで送信する。
気根 :瀬名さん、明智とシホは恋人同士で、二人とも僕の大切な親友です
すぐに返信があった。
瀬名 :気根くんが東京に戻ったら、わたしもしたいな
えっ。
瀬名 :ツーショット
ああ・・・そっちですね。
でも、今の僕にはそれで十分だ。
気根 :幼馴染に無理やり撮られたんです
LINEでの瀬名さんに対する僕の事実説明に、既読スルーが延々と続く。電話も繋がらない。
火に油を注ぐ結果になると分かってはいたけれども上記文面を書くしかなかった。明智がいてくれれば随分と状況は違っただろうけれども、幼馴染の女子と2人でインドカレーを食べていたのは事実だ。弁解の余地もない。
ところが、3日目の夜、瀬名さんから唐突にLINEが入った。見ると写真が添付されている。
「え。猫?」
白いノースリーブのバストアップで、胸に黒と白柄の子猫を抱いている。
瀬名 :職場の女子の先輩の実家に遊びに行ったわ。この子猫はオス。殺処分されるところを先輩が里親になったそう
続けてのコメントもある。
瀬名 :わたしの誰かとのツーショットはこんなのしか撮れなかった・・・気根くんが他の誰かを好きになったら、とても寂しい
ああ。
あの瀬名さんをしてここまで言わせてしまうなんて、自分がやったことの重さを改めて噛み締めている。
とは言え、東京と僕の実家との物理的な距離はどうにも埋めがたい。実は瀬名さんは僕の実家に一緒に来れないことをとても残念がっていた。シーズン前に夏休みを取ってしまわざるを得なかったので仕方のないことなんだけれども。
瀬名さんの心に芽生えたのが『疑惑』や『嫉妬』ならばまだよかった。
けれども、彼女の胸を苦しめているのは、『寂しさ』だ。
一家離散状態の瀬名さんから彼氏までが去っていくのではないかという寂しさを僕は彼女に与えてしまった。
LINEで繋がろうが、電話で繋がろうが、事実を誤解なく完全に伝え、彼女の寂しさを取り除くことはとても難しい。東京と僕の実家との距離を恨んだ。
「うーん。どうするどうするどうする」
意味もなく自部屋をぐるぐる歩き回る僕。一縷の望みをかけ、LINEを入れた。
気根 :明智、久しぶり。今こっちに戻ってる。これから‘Artistic’で会えないか?
すぐに返信が来た。
明智 :おー、久しぶり。行く行く、すぐ行くよ。
相変わらずシホと同じようなノリだ。
僕は明智と約束を取り付けて、駅の近くにあるバーを待ち合わせ場所に指定した。
・・・・・・・・・・・・・
「おー、気根。元気だった?」
「ああ。お陰様で。痩せたんじゃないか?」
「まあね。失恋のダメージが大きくってね。シホから聞いたろ?」
「聞いた。けど、理由だとかは一切。何がどうしたんだ、一体」
「俺にもわからない。多分、長く付き合い過ぎたんだろうな。あ、長いだけじゃなく、会う頻度も多過ぎたんだろうな」
会う頻度が多い、ということの意味が僕はよく分からなかった。だってそんんなの結婚したら四六時中一緒にいるだろう。もしかして結婚ていうイメージがそもそもない恋愛だったのかな、明智とシホは。
「マスター、俺、ジントニックお代わりね。気根は?」
「僕はテキーラをロックで。それで1曲リクエストしていいですか?」
「どうぞ」
「ルースターズの『テキーラ』を」
「オーライ! いい選曲だ!」
マスターが満面の笑顔で僕に応じてくれた。
ここは去年高校の同窓会の二次会で初めて来た店だ。ジャズバーならぬ、ロック・バー。
時折地元バンドのライブを店内でやることもあるけれど、普段は客のリクエストに応じてマスター自慢のオーディオセットで曲をかける形態だ。
「気根。ルースターズなんて知ってたのか」
「僕の彼女が教えてくれた。‘ロック’と‘ロック’、‘テキーラ’と‘テキーラ’をかけたオーダーの仕方も彼女が」
「お! 彼女できたのか!? 」
「うん」
「そりゃーおめでとー! 写真あんだろ? 見せてくれよ」
僕はさっき瀬名さんから受け取ったばかりの子猫とのツーショットを見せる。
「お、おー? なんか落ち着いていい感じだね? 子猫なんか抱いちゃって」
『テキーラ』の激しいドラムとギターのイントロが店内に弾けた時、カラン、と新客がドアを開けて入って来た。その客は明智を視界に入れた瞬間、またドアを開けて外に出ようとする。
「あ、シホ! 待って!」
僕はシホの腕をぐっ、と掴んだ。瀬名さんにもそうそうできないスキンシップだけれどもここでシホを逃すわけにはいかない。すみません、と心の中で瀬名さんにつぶやいてシホをテーブルに座らせた。
「・・・居たんだ」
「ああ。悪いか」
まるで交錯点のないやり取りをするシホと明智。僕は単刀直入に言った。
「スリーショット、撮ってくれない?」
「はあ?」
「なにそれ」
明智とシホの当然の反応。
僕はそれでも食い下がる。
「彼女がシホと僕のツーショットを誤解して寂しがってる。僕は彼女が好きだ。これ以上辛い想いをさせたくない」
「ほお?」
「・・・・・」
あれ?
明智の反応は想定どおり。シホが黙ったのはなんだかよくわからない。
けれども僕は
「スリーショット。できれば明智とシホがラブラブな感じで」
「なんなんだよそれ。別れたって言ってるだろ。シホだってそんなこと」
「いいよ」
「え?」
「いいって言ったの。
「う、うん。僕のわがままだけれどね」
「明智、どう? わたしはいいよ」
「シホ。お前・・・」
はあっ、と明智はため息をついてシホに言った。
「しょうがない、気根のためだ。シホ、肩でも組むか?」
「明智、どうせなら派手にやろうよ」
明智が反応する前にシホが彼の首に手をまわし、そのまま唇を重ねた。
「おっ! 気根くん、撮るぞ!」
マスターに言われて僕は慌てて明智とシホの前に出る。
キスしている恋人たちの前で真顔で写真に撮られる僕。
いいぞー! と明智とシホを
そして、僕がリクエストしたシンプルでストレートな最高のロックンロールに合わせて客たちがそれぞれのグラスを高く掲げ、叫んだ。
『テキーラ!!』
(ルースターズ 「テキーラ」)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カウンターで明智とシホが並んで座り、何やら語り合っている。
恋人たちを邪魔しないように僕は数席離れてマスターがシェイカーを振るう前でスマホを操作する。
さっき撮ったばかりのスリーショットとメッセージをLINEで送信する。
気根 :瀬名さん、明智とシホは恋人同士で、二人とも僕の大切な親友です
すぐに返信があった。
瀬名 :気根くんが東京に戻ったら、わたしもしたいな
えっ。
瀬名 :ツーショット
ああ・・・そっちですね。
でも、今の僕にはそれで十分だ。