第34話 瀬名さん、これが僕の地方です

文字数 2,342文字

夜勤明けの瀬名さんと一緒に東京駅始発の新幹線に乗って僕の地元の近隣県では一番の都会の街へ。

かわいそうに、一睡もしてない瀬名さんは発車と同時に寝息をたて始めたけれども、数時間の乗車時間しか眠れない。

「わあ」

瀬名さんが少女のような驚きの顔で降り立った駅の前で背伸びをする。

「都会だね」
「ええまあ。僕の県は素通りしてこの街に観光に来る人がほとんどですね」

せっかくなので何かおいしい朝食をと思ったけれどもそこまでの時間はない。コンビニでサンドイッチを買い、賑やかな駅のロータリーに腰掛けて食べた。食べ終わるとそのまま就職マッチングの会場であるコンベンションセンターへ。

「はいどうぞ! うちのブース寄ってってねー」
「トレーダーに興味ありませんかあ?」
「腕利きのSEさん、わたしたちと一緒に天下取りましょう!」

スーツ半分、カジュアル半分、そしてまるで文化祭のような混雑と盛り上がりようだ。

「へえ。活気があるねえ」
「うーん。ここまで人口密度が高いとは思ってませんでしたよ」

僕と瀬名さんはまず書店関係の企業を探した。数企業が並び合っているエリアでとりあえずガラガラのブースにまずは座ってみる。30代ぐらいのスーツを着た女性が説明を始めた。

「ご参加いただきありがとうございます・・・と言ってもおふたりだけですね。スーツじゃないですけど、大学生ですか?」
「はい、僕はそうです」
「わたしは違います。一応就職してます」
「そうですか。どんな本がお好きですか?」
「わたしはマンガが」
「僕は特にこれと言って」
「・・・うーん。ではなぜ書店に興味がおありですか?」
「すみません。わたしは彼の付き添いなんです」
「僕は今書店でバイトしてるので」
「あら。どんな本屋さんですか?」
「輸入学術書の専門書店です。東京の神保町にあるんですけど」
「あらあら。そうしたら英語なんかできます?」
「ええ。多少は」
「うちの本屋は県内で3店舗営業してます。一応特徴として打ち出してるのは絵本ですね」
「絵本ですか?」
「はい。さっき英語ができますかってお聞きしたのは海外の絵本を取り扱ったりもしてるものですから」
「絵本って児童向けばっかりですか?」
「いいえ。大人向けの絵本が結構はやってますよ」

あれ。僕よりも瀬名さんの方が興味ありのようだ。
そのうちに社員さんらしき若い男性が説明してくれている女性に絵本を手渡す。

「社長。これ面白いですよ」
「あ。社長さんなんですか?」

僕と瀬名さんとで声を揃えて言うと彼女は答えてくれた。

「一応、経営者です。大学卒業と同時に創業して」
「すごいですね」

僕はお愛想も込めてそうコメントしたけれども瀬名さんは真剣な目つきで女性社長さんを見つめている。なんとなく瀬名さんが憧れの気持ちを抱き始めているのがわかった。

この書店のブースを皮切りに僕たちは各企業をまわりまくった。
書店、出版社、商社、製造業、工務店、金融機関、ちょっと変わったところでは『芸術家』。

「芸術家なんですか?」
「はい。工房を共同出資・共同運営して、それぞれが創作活動を続けてます」

僕は興味津々で尋ねる。

「あなたは何を作ってるんですか?」
「廃材やゴミを使ってオブジェを作ってます」
「え」
「これです」

タブレットでその写真を見せてくれた。

「え!」

それは戦場の風景を再現した巨大なセットのようだった。多分のその工房の駐車スペースの半分ぐらいを使って展開される空間。砲弾の炸裂や、爆風によって凹んだ砂地など、戦地の風景がリアルに再現されている。そしてその中央に置かれた物体。

「墜落した爆撃機を再現しました」

これらのすべてが産業廃棄物での造形だという。

「あの。これって売り物なんですか?」
「はい。もう売約済みです。来月にはこのセットをトラックに分割して積んでお客様の敷地に搬送予定です」

瀬名さんが訊く。

「どなたが買われたんですか?」
「これは山陰地方の博物館でご購入いただきました。企業のオーナーさんが私的に運営している博物館ですので詳しいことはお教えできないのですが」
「あの、いくらで」

僕が不躾な質問をしたけれども、待ってました、とばかりに芸術家の彼は答えてくれた。

「1500万です」

確かにインパクト絶大だ。
けれども根本的な問題に気づいた。

「あの。採用するのは芸術家だけですよね」
「当然です」

・・・・・・・・・・

「うーん、おもしろかったー」
「はい。なんだか仕事に対する意識がガラッと変わりましたよ」

終了間際まで粘って19時過ぎに会場を出た。

「なにか名物食べたいね」
「うーん。まあ、海鮮丼ですかねえ」

一応僕の県ではないけれども近隣県ではありそれなりに予備知識もあったので、山の幸海の幸両方あるこの地方の海の方を選択した。

「へえ。確かにおいしい」
「ならよかったです」
「でも、びっくりするほどじゃないね。値段相応のおいしさ」

遠方に繰り出しても瀬名さんの合理的精神は揺るぎがなかった。

「じゃあ、チェックインしようか」
「はい」

ご飯を食べた後、僕と瀬名さんは今夜の宿へと向かう。明日の後半戦は今日とは違う企業が入れ替わりで参加するので2日連続で参加するのだ。

ちなみに、ホテルの部屋は別々です。
皆さんのご期待に添えなくて申し訳ない。

チェックインしてホテルの自部屋でベッドに寝そべった瞬間に、ヴッ、とLINEが入った。

母 ;ちょっと。こっち来てるんでしょ。ちゃんと連絡入れなさいよ

そうだった。就職マッチングに来ることは一応進路を真剣に考えてるというアピールのために伝えてあったのだ。

気根;ずっと企業のブース回りで時間が取れないから。そっちには寄れない

母 ;ならこっちから行くから

えっ⁈

母; 昼に合流して食事しましょう。親孝行だと思って付き合ってもらうからね!

・・・・どうしようか・・・
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