第43話 瀬名さん、夏祭りで『進展』しましょう

文字数 3,250文字

瀬名さんがひとり暮らしする大塚の商店街で七夕の延長戦と納涼祭を兼ねて行うという。

「かき氷の券があるの」

というお誘いを受けて瀬名さんの会社の社員借り上げウィークリーマンションへ迎えに行った。

「おはよう・・・」

夜勤明けで夕方まで寝ていたんだろう。出てきた瀬名さんの髪ぼさぼさの寝起き顔はなかなかにキュートだ。

「気根くん・・・」
「わ!」

パジャマ代わりのTシャツ姿で僕の首に手を回して抱きついてきた。思わず彼女の背中に手を回してぎゅーっとしたくなるのを我慢し、肩をぽんぽんと叩く。

「瀬名さん、寝ぼけてないで行きますよ」
「眠い・・・二段ベッドの上の段譲ってあげるから一緒に寝ない?」

それは、『一緒に寝る』とは言わない。

・・・・

「気根くん、ごめんね。寝る前にノンアルビール飲んだらぐっすりで」
「相変わらず安上がりですね。ちょっとびっくりしましたよ」
「あれで何もしないところが気根くんらしい」
「それって褒めてるんですよね」
「さあ。どっちだと思う?」

実は僕はさっきのあれで結構満足している。首に絡みついてきた瀬名さんの二の腕と彼女の首すじと胸の間の感触。年甲斐もなくというか、若い男相応にドキドキした。これまで公式には手を繋ぎ、非公式には頭髪ぽんぽんまでしかなかった僕たちのスキンシップがすさまじい躍進をしたのだから。
ただ、瀬名さんはほぼ睡眠状態で何も覚えていないと言う・・・

「ほら、ここ」

瀬名さんが指差すと屋台が並んだ商店街を大勢の人たちが闊歩していた。

金魚を入れた袋をぶらぶらする女の子。
フランクフルト片手にりんご飴も唇でつんつくしながら歩く男の子。

そして。

「はい、らっしゃい!」

一瞬お兄さんの威勢のいい呼び込みに気圧されそうになったけれども、僕と瀬名さんとで押し返した。

「わたしはいちごミルク」
「えと。僕は宇治金時を」
「はーい。宇治金時はタダ券に50円プラスね」

タダ券て、ストレートな・・・

屋台の前には味はどれもほぼ同じでシロップの色だけが違うかき氷を手にニコニコする老若男女がたむろしている。

女の子は浴衣姿が多い。

瀬名さんはいつものサイケなTシャツとショートパンツで素足に紐を通してないデッキシューズ。
僕もほぼ同じで、まあペアルックと言ったら言ったになる

「ほんとはね、8月の終わりに駅前の大通りで阿波踊りの大会があるの。でもその時はすごい人出だから」
「こういう『近所の』夜祭って雰囲気、僕は好きですよ」
「そう。ありがとう」

紙コップに先がスプーンの形になったストローをさした『かき氷』をつっつきながら2人並んで夜店の間を歩いた。

「あ。いい風」

瀬名さんがそう言った後、急に歩みを止め、左真横を凝視した。

「ねえ気根くん。これやらない?」

今夜出ている屋台はすべて『プロ』のテキ屋さんたち。
そんな中、アマチュア感と手抜き感が漂う屋台の真正面に瀬名さんは向き直った。

「え。『コンピューター占い』?」
「ほら。『相性診断』だって。どう? 気根くん」

屋台の真ん中にノートPCとプリンタが置かれているだけ。もしかして人もいないから勝手に自分たちでやるのかなと思っていたら、お客かと見えた女の子から声をかけられた。

「彼氏さーん。悪いようにはしないからやってってよー。ウチもプロだからちゃあんと仲が深まるような診断してあげるからさー」

なんだろう、このこなれた接客は。
よく見ると白髪(しらが)のメッシュを入れた髪は大人びているけれども目があどけなくて相当若い子だと直感した。
瀬名さんが話しかける。

「すごく若いのね」
「へへ。中学出てすぐこの仕事してるからね。まあ、高校生の年代だね」
「どこから来たの?」
「北海道」

思わず僕も訊いた。

「え? そんな遠いところから来てコストは大丈夫なの?」
「ふふ。彼氏さーん、ここだけじゃないからさー。親方と一緒に津軽海峡渡ってバンで本州行脚だよー」

なるほど。

「じゃあ売り上げに貢献しないとね。どうすればいいの?」
「彼女さん、美人ね」
「ありがとう。初めてそんなこと言われたわ」
「わ、ひどい彼氏。あのね、お二人さんの好きな食べ物、好きな音楽、好きな映画、好きな漫画、好きな小説をデータで入力すれば、たーっ、とね」

ふたりで話すデータを彼女が入力する。

「うわ。見事なまでに趣味の合わないカップルだね。よく続いてるね・・・よっと」

診断結果が印刷された。

「う・・・ん。ええっ!?」

彼女が僕らに手渡した紙切れ一枚にこう書いてあった。

『今すぐ別れるべきです』

「うーん。いやーなんかごめんねー。まるで凶のおみくじ引いたみたいなやつ出ちゃって。ほんとごめん・・・」
「いいのよ。元データがお互い真逆だもの、コンピュータ診断なら当然よ」
「彼女さん、お詫びにウチの占いやったげようか?」
「あなたの?」
「そう。わたしのはカップルの『目』を見てやる占い。はっきり言って予言レベルだから」
「ふふ。楽しそう。お願いするわ」

寄り添って寄り添って、と促され顔を寄せ合ったところを、僕と瀬名さんの目をまとめて彼女が覗き込む。

「うん。出た。まず、お二人さんはとてもウブ。どう? 彼氏さん」
「まあ・・・当たってるね」
「そして、キスすらしたことがない」
「・・・・」
「・・・・」

僕と瀬名さんはうんともすんとも答えられない。

「そこで、ウチからの予言。今日、お祭りの間にお二人さんの仲に衝撃の進展があるでしょう! はい、500円!」
「ええ? さっき500円払ったよ?」
「あれはコンピュータの分。今度はウチの分」

しっかりしてる。
きっと親方仕込みなんだろう。

「毎度っ!」

彼女の声を後にして商店街の奥へと歩いていく。

「あれ? 気根くん」
「はい」
「本屋さんでソフトクリーム売ってるわ。変わってる」

ほんとだ、ソフトクリームの機械が置いてある。本屋さんも夏祭り仕様営業ということか。

「ああ、これですか。屋台にソフト屋さんが無かったんでうちでやってくれって商店街組合から頼まれまして」
「そうなんですか。ね、気根くん、食べない?」
「ええおいしそうですね。おいくらですか?」
「タダではお売りできないんですよ」
「はい?」

店主の親父さんが意味不明のことを僕に言う。苦笑いしながら親父さんが続けた。

「ほら、屋台のテキ屋さんたちはまさしく自分の商売でしょ? ウチは商店街の賑やかしにやってるんでできれば本もお買い上げ頂けたらと・・・」

なんだなんだ。
さっきの占いといい、大塚は商売上手が揃ってる。

「じゃ、わたし何か買います。ちょっと見させてください」

そう言って瀬名さんは真っ直ぐに漫画コーナーに向かう。今時珍しい個店の本屋さんなので品揃えも限られてるようだ。ところが・・・

「あ!」
「な、どうしたんですか?」
「これ、買うわ!」

棚から瀬名さんは背表紙をわしっと掴んで4冊の漫画文庫を抜き出した。そして、僕に熱く解説する。

「気根くん、『寄生獣』って知ってる?」
「ええ。確かパラサイトに体を乗っ取られた人間が人類を餌にするヤツですよね。実写映画にもなって・・・ホラーでしたっけ?」
「気根くん、まったくダメよ!」

そこからが熱弁だった。

生きるとは何かという壮大なテーマ。
おそらく漫画史上最もリアルな市街戦の描写。
主人公の澄み渡るような精神と肉体。

「でね。これはその作者の岩明均さんが初期に連載した『風子のいる店』全4巻よ。吃音(きつおん)の女子高生が喫茶店でのアルバイトを通じて成長していくっていう」
「はあ」
「わたしはいじめられたりドモったりしてなかったけど、人付き合いが下手だったから・・・わかるのよ」

・・・・・・・・・

本屋さんを出て、瀬名さんはラベンダー、僕はバニラソフトを舐めながら歩く。
瀬名さんの漫画談義が止まらない。
あの子、『衝撃の進展』なんて言ってたけど、こんな調子じゃ予言は外れたな。

「気根くん、ラベンダーおいしいよ。一口あげる」
「あ、ありがとうございます」

瀬名さんが(かじ)るように舐めた辺りを僕も唇でぱくっ、と(かじ)った。

「あ!」
「ど、どうしたの、気根くん!?」
「あの・・・間接キッスですね」

あの子も、ウブだね。
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