第33話 瀬名さん、将来を展望します
文字数 2,114文字
母親からLINEが入った。
母 ;そろそろ進路は決まった?
気根;まだ2年生だよ
母 ;町内会長の息子さんなんか2年生の時からインターン行ってていいとこ就職したわよ
気根;理系だからインターンでしょ。それにいいとこ、ってなんだよ
母 ;とにかくプランを示しなさい。お父さんも気を揉んでるわよ
・・・・・・・・・・
「はあ・・・」
「どうしたの気根くん。ため息なんか」
瀬名さんの仕事上がりの夕方、僕らは行きつけの老舗ホテルの喫茶ロビーでコーヒーを飲んでいた。
「いや・・・実家の両親からそろそろ進路を固めろって」
「あら。いいことね」
「瀬名さんまで」
「わたしも真剣に考えて欲しいわ、気根くん」
「わかってはいるんですけど」
「たとえば山見書店にそのまま就職とか」
「いえ。やっぱり地元に帰らないといけないので」
「そうだよね」
「でもそしたら瀬名さんの仕事が」
僕は瀬名さんと結婚できる、って前提で話を進める。瀬名さんも同様に応対してくる。
「気根くんの県にもうちのチェーンはあるから。でももしエリアスタッフ転勤の希望が叶わなかったら、辞めるよ」
「え」
僕は瀬名さんの顔をじっと見つめた。
「でも、瀬名さん。せっかく仕事が楽しそうなのに」
「うん。正直すごい未練は残ると思うけど、何が本流か考えたら気根くんの地元へ行くことは外せないよ。それに気根くんの街にもビジネスホテルはあるでしょ?」
「ええまあ。それなりに」
「なら、そういう所に転職してもいいしね」
ぼくは砂糖も入れてないのにスプーンでくるくるとコーヒーをかき混ぜた。
照れてしまったのだ。
「ねえ気根くん」
「はい」
「ちょっと飯田橋行ってみない?」
・・・・・・・・・
瀬名さんが突然言い出した飯田橋に何があるのかというと、僕の県のサテライトオフィスがあるのだ。
地元の僕が知らない情報を瀬名さんがリサーチ済みであることがいかにも彼女らしい。
「すみません、まだ相談受け付けていただけますか」
「ええ、構いませんよ」
スタッフさんは50歳前後と見える女性。県の出向職員ではなく、このサテライトオフィスの契約社員だそうだ。「わたしは東京出身」と自己紹介してくれた。
そして、このオフィスは僕の県だけでなく近隣エリア県合同でUターン就職情報の提供なんかをしてくれるのだ。そして新卒だけでなく転職組の相談も受けるため、夜間でも開けている。
保護者のように相談ブースの僕の隣に座る瀬名さん。
ちょっと恥ずかしいけど早速話を始めた。
「今、大学2年生です。一応地元で就職しようと思ってるんですけど、どんな風に動けばいいのか全くわからなくて」
「そうですね。まずは合同企業ガイダンスのスケジュールをお教えしましょうか」
「え。2年生でも参加できるんですか? 就職協定とかは?」
「さっきも言ったでしょう。転職する方も含めたマッチングみたいなものだから、たとえばあなたが大学を中退して就職するケースも想定してるのよ」
中退、という言葉で顔を見合わせる僕と瀬名さん。
けれどもすぐに、どうぞ、という感じで僕に続きを促す瀬名さん。
「あの。地元に出版関係とか書店とかって結構ありますか? 高校まではあんまり意識してなかったんですけど」
「ちょっと待ってね」
スタッフさんがデスクトップPCを繰って説明会や求人情報を調べてくれた。
「あなたの県ではそんなに数はないわね。近隣県含めれば全国チェーンの書店も入れて目ぼしいので30ほどね」
「出版社はどうですか?」
僕ではなく瀬名さんが訊いた。
「彼女さん? 心配だわよね。え・・・っと」
3人して画面をのぞき込む。
「業界紙なら結構あるわよ。日刊プラスチック成型、紙業事情、GS販促地方版、地域における喫茶店経営・・・」
「うーん」
「どう? 気根くん」
「なんかイメージわかないですね」
「ところで彼女さんはどうするの? ふたりは同郷?」
「え。わたしは・・・違いますけど」
「一緒に移り住むつもりなんでしょ? いいからほら。何か好きな業界は?」
「じゃあ・・・ホテル・・・ビジネスホテルはありますか」
「ビジネスホテルね・・・あ。あるわよ。結構あるわね。ふーん」
僕の街はさびれてるイメージがあったから意外だった。瀬名さんも興味を示してるみたいだ。
「なるほどね・・・地元は外国人観光客が最近増えてるのね。だからビジネスホテルって言っても外国人の利用客がすごい多いのね」
「へえ」
「気根くん。地元の近況はつかんでおかないと」
「はい」
「おふたりさん。地元県じゃないけど隣の県で近隣県合同のマッチングイベントが今週末あるわよ。ここでああだこうだ言ってるよりも一回行ってみるといいんじゃないかしら」
「ふーん。気根くん」
「はい?」
「よかったら、行かない?」
「えっ?」
「すみません、時間は?」
「土曜の朝から夜7時までね。日曜は5時まで」
「気根くん、行こう」
「でも・・・」
「彼氏さん、どうやらここが勝負どこみたいだねえ」
「勝負、って・・・」
「決断しない男は捨てられちゃうよ」
スタッフさんの言葉になぜか瀬名さんがにこにこしながら言った。
「気根くん。旅行、ぽいよね。それでいて就職のためっていう大義名分があるから後ろめたさもないよね」
どうやら行くしかなさそうだ。
母 ;そろそろ進路は決まった?
気根;まだ2年生だよ
母 ;町内会長の息子さんなんか2年生の時からインターン行ってていいとこ就職したわよ
気根;理系だからインターンでしょ。それにいいとこ、ってなんだよ
母 ;とにかくプランを示しなさい。お父さんも気を揉んでるわよ
・・・・・・・・・・
「はあ・・・」
「どうしたの気根くん。ため息なんか」
瀬名さんの仕事上がりの夕方、僕らは行きつけの老舗ホテルの喫茶ロビーでコーヒーを飲んでいた。
「いや・・・実家の両親からそろそろ進路を固めろって」
「あら。いいことね」
「瀬名さんまで」
「わたしも真剣に考えて欲しいわ、気根くん」
「わかってはいるんですけど」
「たとえば山見書店にそのまま就職とか」
「いえ。やっぱり地元に帰らないといけないので」
「そうだよね」
「でもそしたら瀬名さんの仕事が」
僕は瀬名さんと結婚できる、って前提で話を進める。瀬名さんも同様に応対してくる。
「気根くんの県にもうちのチェーンはあるから。でももしエリアスタッフ転勤の希望が叶わなかったら、辞めるよ」
「え」
僕は瀬名さんの顔をじっと見つめた。
「でも、瀬名さん。せっかく仕事が楽しそうなのに」
「うん。正直すごい未練は残ると思うけど、何が本流か考えたら気根くんの地元へ行くことは外せないよ。それに気根くんの街にもビジネスホテルはあるでしょ?」
「ええまあ。それなりに」
「なら、そういう所に転職してもいいしね」
ぼくは砂糖も入れてないのにスプーンでくるくるとコーヒーをかき混ぜた。
照れてしまったのだ。
「ねえ気根くん」
「はい」
「ちょっと飯田橋行ってみない?」
・・・・・・・・・
瀬名さんが突然言い出した飯田橋に何があるのかというと、僕の県のサテライトオフィスがあるのだ。
地元の僕が知らない情報を瀬名さんがリサーチ済みであることがいかにも彼女らしい。
「すみません、まだ相談受け付けていただけますか」
「ええ、構いませんよ」
スタッフさんは50歳前後と見える女性。県の出向職員ではなく、このサテライトオフィスの契約社員だそうだ。「わたしは東京出身」と自己紹介してくれた。
そして、このオフィスは僕の県だけでなく近隣エリア県合同でUターン就職情報の提供なんかをしてくれるのだ。そして新卒だけでなく転職組の相談も受けるため、夜間でも開けている。
保護者のように相談ブースの僕の隣に座る瀬名さん。
ちょっと恥ずかしいけど早速話を始めた。
「今、大学2年生です。一応地元で就職しようと思ってるんですけど、どんな風に動けばいいのか全くわからなくて」
「そうですね。まずは合同企業ガイダンスのスケジュールをお教えしましょうか」
「え。2年生でも参加できるんですか? 就職協定とかは?」
「さっきも言ったでしょう。転職する方も含めたマッチングみたいなものだから、たとえばあなたが大学を中退して就職するケースも想定してるのよ」
中退、という言葉で顔を見合わせる僕と瀬名さん。
けれどもすぐに、どうぞ、という感じで僕に続きを促す瀬名さん。
「あの。地元に出版関係とか書店とかって結構ありますか? 高校まではあんまり意識してなかったんですけど」
「ちょっと待ってね」
スタッフさんがデスクトップPCを繰って説明会や求人情報を調べてくれた。
「あなたの県ではそんなに数はないわね。近隣県含めれば全国チェーンの書店も入れて目ぼしいので30ほどね」
「出版社はどうですか?」
僕ではなく瀬名さんが訊いた。
「彼女さん? 心配だわよね。え・・・っと」
3人して画面をのぞき込む。
「業界紙なら結構あるわよ。日刊プラスチック成型、紙業事情、GS販促地方版、地域における喫茶店経営・・・」
「うーん」
「どう? 気根くん」
「なんかイメージわかないですね」
「ところで彼女さんはどうするの? ふたりは同郷?」
「え。わたしは・・・違いますけど」
「一緒に移り住むつもりなんでしょ? いいからほら。何か好きな業界は?」
「じゃあ・・・ホテル・・・ビジネスホテルはありますか」
「ビジネスホテルね・・・あ。あるわよ。結構あるわね。ふーん」
僕の街はさびれてるイメージがあったから意外だった。瀬名さんも興味を示してるみたいだ。
「なるほどね・・・地元は外国人観光客が最近増えてるのね。だからビジネスホテルって言っても外国人の利用客がすごい多いのね」
「へえ」
「気根くん。地元の近況はつかんでおかないと」
「はい」
「おふたりさん。地元県じゃないけど隣の県で近隣県合同のマッチングイベントが今週末あるわよ。ここでああだこうだ言ってるよりも一回行ってみるといいんじゃないかしら」
「ふーん。気根くん」
「はい?」
「よかったら、行かない?」
「えっ?」
「すみません、時間は?」
「土曜の朝から夜7時までね。日曜は5時まで」
「気根くん、行こう」
「でも・・・」
「彼氏さん、どうやらここが勝負どこみたいだねえ」
「勝負、って・・・」
「決断しない男は捨てられちゃうよ」
スタッフさんの言葉になぜか瀬名さんがにこにこしながら言った。
「気根くん。旅行、ぽいよね。それでいて就職のためっていう大義名分があるから後ろめたさもないよね」
どうやら行くしかなさそうだ。