第35話 瀬名さん、お披露目します
文字数 3,183文字
就職マッチングが開催されているコンベンションセンターの向かいにある懐石料理の店。
時刻は正午過ぎ。
テーブルを挟んだ向かいに僕の母親。
そしてこちら側は僕と瀬名さんが並んで座る。
「瀬名と申します」
「麗人 の母です」
疑問に思うだろう。瀬名さんの名前は満月 だとかなり前に出してるのにどうして僕の名前がこのタイミングで出てきたのかと。
すみません。隠してました。瀬名さんにも僕を決して名前で呼ばないよう頼んでありました。
だって、麗人 と書いて、麗人 ですよ。
生まれ落ちた僕の顔を見てこう命名した両親のセンスを未だに疑っている。
「瀬名さん、ごめんなさいね。父親の方は自治会の集まりで来れなくて」
「いえ。思いがけずお母さまにご挨拶できて嬉しいです」
「ところで、麗人、瀬名さん」
「うん」「はい」
「あなたたち、付き合ってるわけね」
僕が一瞬答えるのが遅れた瞬間に瀬名さんはもう回答していた。
「はい。麗人さんとお付き合いさせていただいてます」
「それで? 今後どうするつもり?」
「あの・・・わたしはできれば麗人さんと結婚できたらと」
「麗人!」
「な、なに」
「瀬名さんがここまでおっしゃってるってことは、そういうことをしたんだね?」
「なんだよ、そういうことって」
「『そういう』ことよ!」
「してないよ」
「だって、今日なんかも泊まりがけで」
「してないよ。部屋は別々だし」
「ほんとに?」
「お母さま」
「はい、なあに? 瀬名さん」
「ちょっとヘンな言い方ですけど、わたしたちはマジメな間柄です。わたし、本当に気根くんと結婚したいって思ってるんです」
「・・・証拠は?」
「え。証拠ですか? ・・・今回こうして気根くんの就職をサポートしてるのじゃ証拠にならないですか?」
「気に入ったわ」
「え?」
「瀬名さん、一緒に麗人の就職先探しましょう」
・・・・・・・・・
お昼を食べ終わってコンベンションセンターに戻った。再びブースを見てまわる。
それはいいんだけれども。
ああ・・・なんなんだろうこれは。
「あなた社長さん?」
「い、いえ。総務部長です」
「ふーん。ねえ、この初任給だけど試用期間過ぎたらすぐにアップするのかしら」
「え・・・ちょっと待ってくださいね。おい、タナベ! ちゃんと資料出しとけって言ってだだろう!」
「もういいわ。部長が部下に怒鳴るような会社なんて先が見えてるわ」
僕を挟んで母親と瀬名さんが両脇に座る。このフォーメーションで午後はずっとブースを回った。
ああ。
まるで父兄に挟まれた小学生だ。
「ねえ、気根くん」
「なんですか?」
「お母さまってキャリアウーマンだったの?」
「ああ、さっきのやりとりですか? キャリアウーマンというか父親と結婚する前は普通にOLしてて。総務課で労務管理やってたらしいからそれでですよ」
「ふーん。すごい知識いっぱい持ってらっしゃるから」
・・・・・・・・・
そして次のブース。
「あら!」
「気根先輩ですか?」
「池田ちゃん、久しぶりねー。もしかして転職したの?」
「はい。先輩が辞めたらもうなんかいる意味ないなって思って、すぐに」
「またまた池田ちゃーん」
母親と同年代と思われるスーツ姿の男性にやたら馴れ馴れしく話す母親。まあ、気っ風のいいのは昔からなんだろうと理解できるけれども、ここまで親しげなのは気にかかる。誰なんだろう。とりあえず挨拶しとこうか。
「気根の息子です。麗人と申します」
「瀬名と申します」
「池田です」
「ああ。池田ちゃんはね、私が結婚前に勤めてた会社で同じ総務課だったのよ。ね。あの頃は楽しかったわねー」
「その楽しい最中に先輩は寿退社ですからね。ショックでしたよ」
「池田ちゃん、結婚は?」
「実は、ずっと独身です」
「あらあら」
池田さんの今の会社は医薬品の卸をやってる。本社は僕の県ではなく、この県だった。
再度この父兄参観のようなフォーメーションで面接を始める。
あ、でも瀬名さんが一体何者か一切話していない。そもそも僕と母親のツレであることすら言っていないのでたまたま居合わせた学生ぐらいに思ってるかもしれない。
まあ、別にいいけど。
「それで気根さんはもし弊社に勤めることになったらご自宅から通われますか?」
「いえ。正直少し遠いかなって思ってますのでアパート借りるかもしれないですね」
「ちょっと麗人、頑張って通いなさいよ。少しでも貯金しておいた方がいいんだから」
「ちょ、面接中に喋んないでよ。ただでさえ母親同伴なんて恥ずかしいんだから」
「ははは。えーと、瀬名さん」
「はい」
「瀬名さんはどうやって通われますか? どちらの大学にお通いですか?」
「あの、わたしは一応社会人でビジネスホテルで働いてます。将来的にこの地方に移り住もうと思いまして」
「あ、そうでしたか」
面接が進むうちに池田さんは僕よりも瀬名さんに質問する割合を増やしていった。まあ、社会人として即戦力となり得ることと、やっぱり瀬名さんの能力に対して興味を持っているのだろう。
面接が終わったあと、ちょっとだけ、と瀬名さんは池田さんに引き止められてブースの脇で立ち話している。
「瀬名さん、いいわね。ああ見えてなかなかの切れ者よ」
「うーん。初見で見抜かれちゃったか」
わが母親ながら人を見る目はさすがだと思う。
「ほら、池田ちゃんもあんなに力入れて口説いてるわ」
会話の内容は聞こえないけれども、途中から池田さんはジェスチャーを交えて瀬名さんに訴えかけている。『一緒に仕事しよう!』とか熱く語ってるんだろうか。
「あれ?」
なんだかよくわからないけれど、瀬名さんがいつもの丁寧な腰を90°以上折り畳むお辞儀をした。一瞬宙を見上げた後、池田さんもお辞儀する。彼のは180°に近づく勢いで、それを何度も繰り返している。
そして、池田さんがこちらに小走りで近づいてくる。
「気根先輩、申し訳ない!」
「ど、どうしたのよ、急に?」
「いやー、まさか瀬名さんが麗人さんの婚約者だとは」
「へ?」
「ちょ、どういうことよ、池田ちゃん?」
「いえ・・・さっきの面接で瀬名さんの人柄がふつふつと伝わってきて・・・年甲斐もなく結婚を前提に付き合ってくださいって言っちゃったんです」
「えっ⁈」
「彼女がこのまま東京にかえってしまうと思うと躊躇できなくて。年の差も何も考えずに言っちゃいました。すんません!」
「あ、ほんとに『口説いて』たんですか」
「池田ちゃん、あなた、うちのヨメになんてことを」
うわっ。『ヨメ』とか言っちゃってるし。
「とにかくそういうことならば諦めます。それにしても・・・親子揃って僕の恋の夢を砕くとは・・・」
え。ということは池田さんは母親のことを。・・・余り考えないようにしよう。
「麗人くん」
「はい」
「恥ずかしいからウチの会社、志望しないでね」
・・・・・・・・
瀬名さんは明日仕事だし僕も学校だ。イベント終了と同時に駅に向かった。
母親は少しでも瀬名さんと話したいということで新幹線のホームまで見送りに出てくれた。
「瀬名さん、麗人をよろしくね」
「はい。あの・・・お母さま」
「ん? なあに」
「ほんとにわたしたちが付き合うのを許していただけるんですか?」
「え。どうして?」
「中退ですし、わたしの両親も兄も余りスジのいい人間じゃないですよ」
「なあんだ、そんなこと。それを言うなら私だって雑な女だし麗人なんかはこんなだしね」
「こんな、って言わないでくれる」
「うるさい。それより麗人、自制するんだよ」
「自制? 何を」
「いくら瀬名さんが魅力的だからってしつこく迫ったら愛想尽かされるわよ。あんた、この先他に彼女ができるなんて幻想持っちゃダメだからね」
実の息子を捕まえてなんという言い草だ。
「ほら、ドアしまっちゃうよ」
まるでドラマみたいに閉まるドア越しに僕らは手を振りあって別れた。
「いいお母さんだね。気根くんがうらやましい・・・」
「瀬名さん」
「うん?」
「すぐですよ」
ちょっとだけ、カッコつけてみた。
時刻は正午過ぎ。
テーブルを挟んだ向かいに僕の母親。
そしてこちら側は僕と瀬名さんが並んで座る。
「瀬名と申します」
「
疑問に思うだろう。瀬名さんの名前は
すみません。隠してました。瀬名さんにも僕を決して名前で呼ばないよう頼んでありました。
だって、
生まれ落ちた僕の顔を見てこう命名した両親のセンスを未だに疑っている。
「瀬名さん、ごめんなさいね。父親の方は自治会の集まりで来れなくて」
「いえ。思いがけずお母さまにご挨拶できて嬉しいです」
「ところで、麗人、瀬名さん」
「うん」「はい」
「あなたたち、付き合ってるわけね」
僕が一瞬答えるのが遅れた瞬間に瀬名さんはもう回答していた。
「はい。麗人さんとお付き合いさせていただいてます」
「それで? 今後どうするつもり?」
「あの・・・わたしはできれば麗人さんと結婚できたらと」
「麗人!」
「な、なに」
「瀬名さんがここまでおっしゃってるってことは、そういうことをしたんだね?」
「なんだよ、そういうことって」
「『そういう』ことよ!」
「してないよ」
「だって、今日なんかも泊まりがけで」
「してないよ。部屋は別々だし」
「ほんとに?」
「お母さま」
「はい、なあに? 瀬名さん」
「ちょっとヘンな言い方ですけど、わたしたちはマジメな間柄です。わたし、本当に気根くんと結婚したいって思ってるんです」
「・・・証拠は?」
「え。証拠ですか? ・・・今回こうして気根くんの就職をサポートしてるのじゃ証拠にならないですか?」
「気に入ったわ」
「え?」
「瀬名さん、一緒に麗人の就職先探しましょう」
・・・・・・・・・
お昼を食べ終わってコンベンションセンターに戻った。再びブースを見てまわる。
それはいいんだけれども。
ああ・・・なんなんだろうこれは。
「あなた社長さん?」
「い、いえ。総務部長です」
「ふーん。ねえ、この初任給だけど試用期間過ぎたらすぐにアップするのかしら」
「え・・・ちょっと待ってくださいね。おい、タナベ! ちゃんと資料出しとけって言ってだだろう!」
「もういいわ。部長が部下に怒鳴るような会社なんて先が見えてるわ」
僕を挟んで母親と瀬名さんが両脇に座る。このフォーメーションで午後はずっとブースを回った。
ああ。
まるで父兄に挟まれた小学生だ。
「ねえ、気根くん」
「なんですか?」
「お母さまってキャリアウーマンだったの?」
「ああ、さっきのやりとりですか? キャリアウーマンというか父親と結婚する前は普通にOLしてて。総務課で労務管理やってたらしいからそれでですよ」
「ふーん。すごい知識いっぱい持ってらっしゃるから」
・・・・・・・・・
そして次のブース。
「あら!」
「気根先輩ですか?」
「池田ちゃん、久しぶりねー。もしかして転職したの?」
「はい。先輩が辞めたらもうなんかいる意味ないなって思って、すぐに」
「またまた池田ちゃーん」
母親と同年代と思われるスーツ姿の男性にやたら馴れ馴れしく話す母親。まあ、気っ風のいいのは昔からなんだろうと理解できるけれども、ここまで親しげなのは気にかかる。誰なんだろう。とりあえず挨拶しとこうか。
「気根の息子です。麗人と申します」
「瀬名と申します」
「池田です」
「ああ。池田ちゃんはね、私が結婚前に勤めてた会社で同じ総務課だったのよ。ね。あの頃は楽しかったわねー」
「その楽しい最中に先輩は寿退社ですからね。ショックでしたよ」
「池田ちゃん、結婚は?」
「実は、ずっと独身です」
「あらあら」
池田さんの今の会社は医薬品の卸をやってる。本社は僕の県ではなく、この県だった。
再度この父兄参観のようなフォーメーションで面接を始める。
あ、でも瀬名さんが一体何者か一切話していない。そもそも僕と母親のツレであることすら言っていないのでたまたま居合わせた学生ぐらいに思ってるかもしれない。
まあ、別にいいけど。
「それで気根さんはもし弊社に勤めることになったらご自宅から通われますか?」
「いえ。正直少し遠いかなって思ってますのでアパート借りるかもしれないですね」
「ちょっと麗人、頑張って通いなさいよ。少しでも貯金しておいた方がいいんだから」
「ちょ、面接中に喋んないでよ。ただでさえ母親同伴なんて恥ずかしいんだから」
「ははは。えーと、瀬名さん」
「はい」
「瀬名さんはどうやって通われますか? どちらの大学にお通いですか?」
「あの、わたしは一応社会人でビジネスホテルで働いてます。将来的にこの地方に移り住もうと思いまして」
「あ、そうでしたか」
面接が進むうちに池田さんは僕よりも瀬名さんに質問する割合を増やしていった。まあ、社会人として即戦力となり得ることと、やっぱり瀬名さんの能力に対して興味を持っているのだろう。
面接が終わったあと、ちょっとだけ、と瀬名さんは池田さんに引き止められてブースの脇で立ち話している。
「瀬名さん、いいわね。ああ見えてなかなかの切れ者よ」
「うーん。初見で見抜かれちゃったか」
わが母親ながら人を見る目はさすがだと思う。
「ほら、池田ちゃんもあんなに力入れて口説いてるわ」
会話の内容は聞こえないけれども、途中から池田さんはジェスチャーを交えて瀬名さんに訴えかけている。『一緒に仕事しよう!』とか熱く語ってるんだろうか。
「あれ?」
なんだかよくわからないけれど、瀬名さんがいつもの丁寧な腰を90°以上折り畳むお辞儀をした。一瞬宙を見上げた後、池田さんもお辞儀する。彼のは180°に近づく勢いで、それを何度も繰り返している。
そして、池田さんがこちらに小走りで近づいてくる。
「気根先輩、申し訳ない!」
「ど、どうしたのよ、急に?」
「いやー、まさか瀬名さんが麗人さんの婚約者だとは」
「へ?」
「ちょ、どういうことよ、池田ちゃん?」
「いえ・・・さっきの面接で瀬名さんの人柄がふつふつと伝わってきて・・・年甲斐もなく結婚を前提に付き合ってくださいって言っちゃったんです」
「えっ⁈」
「彼女がこのまま東京にかえってしまうと思うと躊躇できなくて。年の差も何も考えずに言っちゃいました。すんません!」
「あ、ほんとに『口説いて』たんですか」
「池田ちゃん、あなた、うちのヨメになんてことを」
うわっ。『ヨメ』とか言っちゃってるし。
「とにかくそういうことならば諦めます。それにしても・・・親子揃って僕の恋の夢を砕くとは・・・」
え。ということは池田さんは母親のことを。・・・余り考えないようにしよう。
「麗人くん」
「はい」
「恥ずかしいからウチの会社、志望しないでね」
・・・・・・・・
瀬名さんは明日仕事だし僕も学校だ。イベント終了と同時に駅に向かった。
母親は少しでも瀬名さんと話したいということで新幹線のホームまで見送りに出てくれた。
「瀬名さん、麗人をよろしくね」
「はい。あの・・・お母さま」
「ん? なあに」
「ほんとにわたしたちが付き合うのを許していただけるんですか?」
「え。どうして?」
「中退ですし、わたしの両親も兄も余りスジのいい人間じゃないですよ」
「なあんだ、そんなこと。それを言うなら私だって雑な女だし麗人なんかはこんなだしね」
「こんな、って言わないでくれる」
「うるさい。それより麗人、自制するんだよ」
「自制? 何を」
「いくら瀬名さんが魅力的だからってしつこく迫ったら愛想尽かされるわよ。あんた、この先他に彼女ができるなんて幻想持っちゃダメだからね」
実の息子を捕まえてなんという言い草だ。
「ほら、ドアしまっちゃうよ」
まるでドラマみたいに閉まるドア越しに僕らは手を振りあって別れた。
「いいお母さんだね。気根くんがうらやましい・・・」
「瀬名さん」
「うん?」
「すぐですよ」
ちょっとだけ、カッコつけてみた。