第8話 瀬名さん、趣味合いませんね

文字数 1,057文字

「気根くーん」

 言語学概論の教室に移動しようと歩いてたら、瀬名さんに呼び止められた。女子3人で立ち話してたようだ。僕がそっちに向かって歩き始めると、駆け足のジェスチャーをして、”走って!” と僕に促す。
 どうした瀬名さん。今日はノリノリだね。

「こんにちは」

 瀬名さんと一緒の2人とも、この間の昼食会に居た女子たちだった。

「気根くん、元気?」

 1人から訊かれ、まあまあです、と答える。

「気根くん、次の授業の後って、用事ある?」

 今日はそのまま上がりの日だ。

「いえ、特にないですけど」
「走り、行かない?」
「走り?」

 何のことだろう。



 皇居外周を走る。いわゆる皇居ラン、ってやつだった。
 まあ、時間に融通がきく文系大学生こそ、こういうことを今の内にやっとくのもいいかもしれない。唐突、というのは瀬名さんの得意技なので、特に驚きもしない。ただ、その場に居た2人も一緒だっていうのは少し驚いた。更に、瀬名さんの足が異様に速いことにもっと驚いた。

「おーい、気根くーん」

 さっきキャンパスでしたのと同じように瀬名さんが駆け足のポーズをする。僕なりにラストスパートをしてみた。

「いやー、わたしら相手に1周遅れただけだから、大したもんだよ」

 周回遅れで、かっこも何もないんだけれども、かっこつけてラストスパートしたので、息は上がるし、足もつりそうだ。

「あの、何で3人ともそんなに速いんですか」

 僕を最初に1周抜き去ったのは瀬名さん。その次に加藤さん、滝田さんに次々と抜かれた。3人とも速いし、フォームがプロっぽかった。ストレッチしながら加藤さんが教えてくれた。

「わたしら3人とも高校で駅伝やってたから」
「・・・初めて聞きましたよ」
「うん。言ってないもん」

 瀬名さんも淡泊に言う。瀬名さんが続ける。

「まあ・・・テストのお返しだよ」
「テスト?」
「ほら、この間、気根くんから料理のテスト受けたから、今度はわたしが気根くんをテスト。趣味が合うかな、っていう」
「・・・それで?」
「うーん、まあ、合格かな。ジョギング程度ならわたしがペース合わせてあげればいいだけだし」
「あの・・・そもそも走る趣味はないんですけど」
「ん? じゃあ、走る人になって」

 その後も僕たちはお互いに、”テスト” を繰り返した。
 僕が大好きなバンドの動画を見せれば瀬名さんは、

「リズム隊が甘い」

と、辛口のコメントをする。瀬名さんから渡された、”わたしの心に残る一冊” を読んだ僕は、

「リアルさに欠ける」

と、評論する。

「趣味、合わないね」

 けれども僕たちはなぜか一緒にいる。
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