第27話 瀬名さん、ソフトボ〜ルですね
文字数 2,474文字
僕にとって人生初のマウンドだ。
そして僕の球を受けてくれるのはなんと瀬名さん。
文字通り僕の女房役。
このバッテリーを指名したのは加藤さん。
「夫婦でやってもらうしかないでしょ〜」
ありがとう、加藤さん。
・・・・・・・・
僕の大学と僕が学外ゼミに加入している私立大学とは単位が共有できるぐらいだからそれ以外の交流も活発だ。
大学間スポーツ交流なんてのもある。
そして、女子寮チームと学外ゼミチームとがソフトボールで激突しているわけだ。
僕と瀬名さんの立場は微妙だったけれども加藤さんの強い押しで女子寮チームに加わり、バッテリーを任せられる栄誉を得た。
そして、ピンチだ。
「気根くん、打たせていこう」
瀬名さんがマウンドに駆け寄ってきて僕をリラックスさせようとする。
「残念会は気根くんのおごりね」
「気根、瀬名さんめがけて100マイル投げ込めよ」
加藤さんと作田は僕にプレッシャーをかけまくる。
因みに女子寮チームでは瀬名さん、加藤さん、滝田さんが高校時代に駅伝をやっていただけあってなかなかのセンスで善戦の原動力となっている。
学外ゼミチームは監督は准教授で、プレーヤーは全員女子。平均的な運動能力のチームの中、ひとりショートは三田さんという中高とソフトボール部の子。しかもインターハイ出場といういわば本業だ。
そしてその本業の三田さんが同点で迎えた最終回表、一打逆転のバッターボックスに立っている。
「気根、根性見せてみろ」
面白がって更なるプレッシャーをかける作田。球技は得意だと言って参加してきた作田に僕はぼそっとつぶやく。
「作田の得意な球技ってなんだっけ」
「・・・ビリヤード」
・・・・・・・・・・
結局雑談のように終わったマウンド集合からばらけて全員守備位置に戻り、強打者に再度相対する。
「しまっていこー!」
普段は淡白だけど一応元体育会系。瀬名さん、かっこいい。と思っていると瀬名さんがサインを出してきた。手のひらをパーにしている。
『え?』
僕は首を振った。
『意味がわかりません』
そう。サインなど決めていないのだ。
それなのに瀬名さんは今度はチョキを出してきた。
またもや首を振る僕。
最後に瀬名さんはグーを出す。
僕がもう一度首を振ると、瀬名さんは主審にタイムを告げてマウンドに駆け寄ってきた。
プロっぽくミットで唇の動きを隠す瀬名さん。つられて僕もグローブで口元を隠す。
「瀬名さん。サインなんて決めてないでしょ?」
「うん。ちょっとバッターを悩ませようと思って」
「いや、こういう駆け引きはあの子慣れてるでしょ。動揺しないと思いますよ」
「そっか。それより試合終わったら遊びに行かない?」
「え?」
「久しぶりに吉祥寺行ってみたいな」
「いいですけど・・・なんか試合中に不謹慎だなあ」
「きっとプロの人たちもこんなものよ。それと、次の球は大きく右に外してね」
そのままたたっ、と戻り、バンバン、とミットをど真ん中に構える瀬名さん。
僕は瀬名さんとの打ち合わせ通り大きく外すボールを投げた。
受け取った瞬間に立ち上がりセカンドに向かって素早く送球する瀬名さん。
ヒット&ランで一塁ランナーが走っていたのだ。
矢のような、とはいかないけれども瀬名さんの送球はコントロール・勢いともよい。セカンドは滝田さん。
「ナイス!」
と叫んでベース手前でツーバウンドする球をすくい上げ、滝田さんはそのままランナーをタッチアウトにした。
・・・・・・・・・
ピンチを切り抜けた最終回裏の僕らの攻撃。
相手ピッチャーの子は疲れからストライクが入らなくなり、ノーアウト満塁。
三塁ランナーは僕。そしてバッターボックスには瀬名さん。
「タイム!」
准教授がベンチから出てきた。
「ショートとピッチャー、ボジション交代ね。ちょっと大人げなくて申し訳ないけど・・・・」
バリバリの本業、三田さんがマウンドに上がった。
投球練習を見て僕らは、ほえー、という声にならない声を上げた。
「速っ!」
「ちょっと、速いだけじゃないよ。今の球、曲がらなかった?」
「ちょっと〜。これは反則でしょ〜」
まさに反則スレスレのスピードとそのスピードのままの変化球。
打てるわけがないってだけじゃなく、バッターボックスに入るのすら怖いレベルだ。
「プレイ!」
瀬名さんは相変わらずの冷静な表情でバッターボックスに入る。
と、僕をチラチラ見てくる。
「・・・・・」
無言の以心伝心に思考する僕。
『えっと・・・ノーアウトだから・・・』
単純な算数の計算をして多分こうだろうという結論が出た。
三田さんが速いモーションで投げた。
なんと、右バッターボックスの瀬名さんにぶつからん勢いでストライクゾーンをかすめて向かってくる高速のシュートだった。
瀬名さんは怖がる様子もなく、流れるようなバットコントロールでボールの軌道に合わせる。
「スクイズだ!」
瀬名さんのバントした打球は二・三塁間の深い所に転がる。ショートがダッシュして近い二塁でまず一塁ランナーをホースアウト。そして、
「どいて!」
と叫んで三田さんが三塁手に代わってサードに入り二塁ランナーをホースアウト。
最初から瀬名さんの脚との勝負になると踏んでいたのだろう。
三田さんはサードからオーバースローで男子顔負けの豪速球をファーストに投げ込んだ。
「瀬名ちゃん、速い!」
「すっごいきれなフォーム・・・」
長距離ランナーの瀬名さんがまるでスプリンターのようなフォームで一塁にダッシュしている。
そのまま加速を続け、タン、と一塁ベースを駆け抜けた。
「セーフ、セーフ!」
塁審の声と同時に僕はホームインした。
わあー、と女子寮チームが一塁に駆け寄り瀬名さんを胴上げする。
「わ、ちょっと、怖い怖い! やめてー!」
瀬名さんがここまで慌てる顔は初めてだ。
僕はゆっくりとその輪へと歩いていく。
「ちょっと、気根くん、足遅すぎ!」
「え」
加藤さんが言うのを皮切りに周囲のみんなも口々に言う。
「そうだよ。どうして瀬名ちゃんのセーフと気根くんのホームインが同時なのよ」
「祝勝会は気根くんのおごりだあ!」
ようやく地上に降り立った瀬名さんが僕に囁いてきた。
「今日は無理だけど今度行こうね」
「え」
「吉祥寺」
そして僕の球を受けてくれるのはなんと瀬名さん。
文字通り僕の女房役。
このバッテリーを指名したのは加藤さん。
「夫婦でやってもらうしかないでしょ〜」
ありがとう、加藤さん。
・・・・・・・・
僕の大学と僕が学外ゼミに加入している私立大学とは単位が共有できるぐらいだからそれ以外の交流も活発だ。
大学間スポーツ交流なんてのもある。
そして、女子寮チームと学外ゼミチームとがソフトボールで激突しているわけだ。
僕と瀬名さんの立場は微妙だったけれども加藤さんの強い押しで女子寮チームに加わり、バッテリーを任せられる栄誉を得た。
そして、ピンチだ。
「気根くん、打たせていこう」
瀬名さんがマウンドに駆け寄ってきて僕をリラックスさせようとする。
「残念会は気根くんのおごりね」
「気根、瀬名さんめがけて100マイル投げ込めよ」
加藤さんと作田は僕にプレッシャーをかけまくる。
因みに女子寮チームでは瀬名さん、加藤さん、滝田さんが高校時代に駅伝をやっていただけあってなかなかのセンスで善戦の原動力となっている。
学外ゼミチームは監督は准教授で、プレーヤーは全員女子。平均的な運動能力のチームの中、ひとりショートは三田さんという中高とソフトボール部の子。しかもインターハイ出場といういわば本業だ。
そしてその本業の三田さんが同点で迎えた最終回表、一打逆転のバッターボックスに立っている。
「気根、根性見せてみろ」
面白がって更なるプレッシャーをかける作田。球技は得意だと言って参加してきた作田に僕はぼそっとつぶやく。
「作田の得意な球技ってなんだっけ」
「・・・ビリヤード」
・・・・・・・・・・
結局雑談のように終わったマウンド集合からばらけて全員守備位置に戻り、強打者に再度相対する。
「しまっていこー!」
普段は淡白だけど一応元体育会系。瀬名さん、かっこいい。と思っていると瀬名さんがサインを出してきた。手のひらをパーにしている。
『え?』
僕は首を振った。
『意味がわかりません』
そう。サインなど決めていないのだ。
それなのに瀬名さんは今度はチョキを出してきた。
またもや首を振る僕。
最後に瀬名さんはグーを出す。
僕がもう一度首を振ると、瀬名さんは主審にタイムを告げてマウンドに駆け寄ってきた。
プロっぽくミットで唇の動きを隠す瀬名さん。つられて僕もグローブで口元を隠す。
「瀬名さん。サインなんて決めてないでしょ?」
「うん。ちょっとバッターを悩ませようと思って」
「いや、こういう駆け引きはあの子慣れてるでしょ。動揺しないと思いますよ」
「そっか。それより試合終わったら遊びに行かない?」
「え?」
「久しぶりに吉祥寺行ってみたいな」
「いいですけど・・・なんか試合中に不謹慎だなあ」
「きっとプロの人たちもこんなものよ。それと、次の球は大きく右に外してね」
そのままたたっ、と戻り、バンバン、とミットをど真ん中に構える瀬名さん。
僕は瀬名さんとの打ち合わせ通り大きく外すボールを投げた。
受け取った瞬間に立ち上がりセカンドに向かって素早く送球する瀬名さん。
ヒット&ランで一塁ランナーが走っていたのだ。
矢のような、とはいかないけれども瀬名さんの送球はコントロール・勢いともよい。セカンドは滝田さん。
「ナイス!」
と叫んでベース手前でツーバウンドする球をすくい上げ、滝田さんはそのままランナーをタッチアウトにした。
・・・・・・・・・
ピンチを切り抜けた最終回裏の僕らの攻撃。
相手ピッチャーの子は疲れからストライクが入らなくなり、ノーアウト満塁。
三塁ランナーは僕。そしてバッターボックスには瀬名さん。
「タイム!」
准教授がベンチから出てきた。
「ショートとピッチャー、ボジション交代ね。ちょっと大人げなくて申し訳ないけど・・・・」
バリバリの本業、三田さんがマウンドに上がった。
投球練習を見て僕らは、ほえー、という声にならない声を上げた。
「速っ!」
「ちょっと、速いだけじゃないよ。今の球、曲がらなかった?」
「ちょっと〜。これは反則でしょ〜」
まさに反則スレスレのスピードとそのスピードのままの変化球。
打てるわけがないってだけじゃなく、バッターボックスに入るのすら怖いレベルだ。
「プレイ!」
瀬名さんは相変わらずの冷静な表情でバッターボックスに入る。
と、僕をチラチラ見てくる。
「・・・・・」
無言の以心伝心に思考する僕。
『えっと・・・ノーアウトだから・・・』
単純な算数の計算をして多分こうだろうという結論が出た。
三田さんが速いモーションで投げた。
なんと、右バッターボックスの瀬名さんにぶつからん勢いでストライクゾーンをかすめて向かってくる高速のシュートだった。
瀬名さんは怖がる様子もなく、流れるようなバットコントロールでボールの軌道に合わせる。
「スクイズだ!」
瀬名さんのバントした打球は二・三塁間の深い所に転がる。ショートがダッシュして近い二塁でまず一塁ランナーをホースアウト。そして、
「どいて!」
と叫んで三田さんが三塁手に代わってサードに入り二塁ランナーをホースアウト。
最初から瀬名さんの脚との勝負になると踏んでいたのだろう。
三田さんはサードからオーバースローで男子顔負けの豪速球をファーストに投げ込んだ。
「瀬名ちゃん、速い!」
「すっごいきれなフォーム・・・」
長距離ランナーの瀬名さんがまるでスプリンターのようなフォームで一塁にダッシュしている。
そのまま加速を続け、タン、と一塁ベースを駆け抜けた。
「セーフ、セーフ!」
塁審の声と同時に僕はホームインした。
わあー、と女子寮チームが一塁に駆け寄り瀬名さんを胴上げする。
「わ、ちょっと、怖い怖い! やめてー!」
瀬名さんがここまで慌てる顔は初めてだ。
僕はゆっくりとその輪へと歩いていく。
「ちょっと、気根くん、足遅すぎ!」
「え」
加藤さんが言うのを皮切りに周囲のみんなも口々に言う。
「そうだよ。どうして瀬名ちゃんのセーフと気根くんのホームインが同時なのよ」
「祝勝会は気根くんのおごりだあ!」
ようやく地上に降り立った瀬名さんが僕に囁いてきた。
「今日は無理だけど今度行こうね」
「え」
「吉祥寺」