第18話 瀬名さん、疾走しましょう
文字数 1,562文字
何故だか僕は走っている。
「走る人になって」
という、以前まだ瀬名さんが在学中に皇居ランした時の言葉に従ったわけではなく、新たなリクエストに応じた次第だ。
「気根くん、レースに出ない?」
「レース?」
「そう、レース。わたしはハーフマラソン。気根くんももしよければ」
「あの・・・無理です」
「なら、10㎞で」
と、あっさり出走が決まった。
わけもわからない内にエントリーして、埼玉と東京の境目あたりをコースとして走るシティラン大会に参加しているわけだ。
瀬名さんはハーフ。つまりフルマラソンの半分の約21㎞を走るコース。僕は10㎞を走るコース。
「皆さん、今日は絶好のランニング日和となりました。無理せず完走目指してください」
主催者のアナウンスに対し、
「10㎞走ること自体僕には無理難題なんだけどなあ・・・」
と、ぼやいてみる。
「じゃあ、先に行くね」
そう言って瀬名さんはハーフの号砲を合図に飛び出して行った。
10㎞は時差スタートだ。
「今日一日、みんなでがんばろー!」
女子マラソンオリンピックメダリストのゲストランナーが参加者にまったりした掛け声をかけてくれる。この人、テレビでよく見てるけど結構僕は好きだ。
パン!
不意にスタートとなり、団子状態の中でまずは歩くような感じで動く。それから大通りに出てスペースができたので徐々にスピードを上げ始める。
スピード、なんて言うけれども、まともに息が上がらず走れるようになるまでには結構な鍛錬を必要とした。
「明日のためにその1」
などという超名作スポーツ漫画のエピソードをなぞらえたランニング用のトレーニングメニューが毎日のように瀬名さんからのラインで入った。まあ、その漫画自体瀬名さんから借りたんだけれども。
律儀なまでに授業と課題とバイトとトレーニングを並行してこなして来た自分を褒めてやりたい。
あ、『褒めてやりたい』なんて、ゴールした後に言うべきか。
とにもかくにも僕は、「走れる人」にはなった。積極的に「走る人」では未だないけれども。
「すー、はー」
呼吸も短くリズミカルなものではなく、ごく安静にしている時と同じような間合い、長さでできるようになった。スピードはゆっくりマイペースに徹しているけれども、僕なりの進歩だと思う。
「イエー! GO,GO!」
スタッフさんだろうか。犬の着ぐるみを来た若い男性が沿道で僕にハイタッチを求める。
軽く手を合わせて更に走る。
よく見るとランナーの中にもコスプレして走っている人がいる。
アンパンボーイ、ドラゴンバー、ドライモン・・・・
そして、ショックなことに、彼らは僕を追い抜いて行く。
着ぐるみなのに。
けれども、僕はひたひたと走るだけだ。
お。
ハーフのトップ選手がもう折り返して来た。僕ら10㎞の選手達の列とすれ違う。
「速えーなー」
「すげー」
ゲストの実業団ランナーの疾風のような走りに皆感嘆する。
たしかに、あんな風に走れたら気持ちいいだろうな。僕はそんな詮無いことを思いながら手足を動かす。
そのまましばらく走っていると、見慣れたシルエットが僕の前方に見えてきた。
「あ、瀬名さんだ」
思わず呟いた僕を、僕が抜きにかかっている男性ランナーがちらちら見たけれども、別に彼の視線は意識に残らない。
「きれいだな・・・」
もう一つのつぶやきも彼に聞こえたようだけれど、僕は対向コースのシルエットに早く近づきたくてスピードを上げ、彼を完全に置き去りにした。
『がんばれ』
声にならない声で口をパクっと動かし、瀬名さんは僕に語りかけてくれた。
にこっ、と普段見られないような笑顔で。
速くて、きれい。
瀬名さんの走る姿は、多分彼女の本質。
僕も笑いかけた。
目と目で互いを励ましあってすれ違うぼくら。
なんでだろう。
ものすごい幸せを感じる。
「早く、逢いたい」
ゴールでの再会が待ち遠しくて、僕なりのラストスパートをかけた。
「走る人になって」
という、以前まだ瀬名さんが在学中に皇居ランした時の言葉に従ったわけではなく、新たなリクエストに応じた次第だ。
「気根くん、レースに出ない?」
「レース?」
「そう、レース。わたしはハーフマラソン。気根くんももしよければ」
「あの・・・無理です」
「なら、10㎞で」
と、あっさり出走が決まった。
わけもわからない内にエントリーして、埼玉と東京の境目あたりをコースとして走るシティラン大会に参加しているわけだ。
瀬名さんはハーフ。つまりフルマラソンの半分の約21㎞を走るコース。僕は10㎞を走るコース。
「皆さん、今日は絶好のランニング日和となりました。無理せず完走目指してください」
主催者のアナウンスに対し、
「10㎞走ること自体僕には無理難題なんだけどなあ・・・」
と、ぼやいてみる。
「じゃあ、先に行くね」
そう言って瀬名さんはハーフの号砲を合図に飛び出して行った。
10㎞は時差スタートだ。
「今日一日、みんなでがんばろー!」
女子マラソンオリンピックメダリストのゲストランナーが参加者にまったりした掛け声をかけてくれる。この人、テレビでよく見てるけど結構僕は好きだ。
パン!
不意にスタートとなり、団子状態の中でまずは歩くような感じで動く。それから大通りに出てスペースができたので徐々にスピードを上げ始める。
スピード、なんて言うけれども、まともに息が上がらず走れるようになるまでには結構な鍛錬を必要とした。
「明日のためにその1」
などという超名作スポーツ漫画のエピソードをなぞらえたランニング用のトレーニングメニューが毎日のように瀬名さんからのラインで入った。まあ、その漫画自体瀬名さんから借りたんだけれども。
律儀なまでに授業と課題とバイトとトレーニングを並行してこなして来た自分を褒めてやりたい。
あ、『褒めてやりたい』なんて、ゴールした後に言うべきか。
とにもかくにも僕は、「走れる人」にはなった。積極的に「走る人」では未だないけれども。
「すー、はー」
呼吸も短くリズミカルなものではなく、ごく安静にしている時と同じような間合い、長さでできるようになった。スピードはゆっくりマイペースに徹しているけれども、僕なりの進歩だと思う。
「イエー! GO,GO!」
スタッフさんだろうか。犬の着ぐるみを来た若い男性が沿道で僕にハイタッチを求める。
軽く手を合わせて更に走る。
よく見るとランナーの中にもコスプレして走っている人がいる。
アンパンボーイ、ドラゴンバー、ドライモン・・・・
そして、ショックなことに、彼らは僕を追い抜いて行く。
着ぐるみなのに。
けれども、僕はひたひたと走るだけだ。
お。
ハーフのトップ選手がもう折り返して来た。僕ら10㎞の選手達の列とすれ違う。
「速えーなー」
「すげー」
ゲストの実業団ランナーの疾風のような走りに皆感嘆する。
たしかに、あんな風に走れたら気持ちいいだろうな。僕はそんな詮無いことを思いながら手足を動かす。
そのまましばらく走っていると、見慣れたシルエットが僕の前方に見えてきた。
「あ、瀬名さんだ」
思わず呟いた僕を、僕が抜きにかかっている男性ランナーがちらちら見たけれども、別に彼の視線は意識に残らない。
「きれいだな・・・」
もう一つのつぶやきも彼に聞こえたようだけれど、僕は対向コースのシルエットに早く近づきたくてスピードを上げ、彼を完全に置き去りにした。
『がんばれ』
声にならない声で口をパクっと動かし、瀬名さんは僕に語りかけてくれた。
にこっ、と普段見られないような笑顔で。
速くて、きれい。
瀬名さんの走る姿は、多分彼女の本質。
僕も笑いかけた。
目と目で互いを励ましあってすれ違うぼくら。
なんでだろう。
ものすごい幸せを感じる。
「早く、逢いたい」
ゴールでの再会が待ち遠しくて、僕なりのラストスパートをかけた。