第4話 瀬名さん、ごちそうになります
文字数 2,195文字
土曜の朝、瀬名さんからメールが入る。
”ごはん、食べない?”
当然いつもの経緯から、コンビニ弁当買って、コインランドリーで食べるんだろうと思った。でも、違った。
彼女の女子寮の前で待っていると、たたっ、と瀬名さんは小走りしてきた。
「あれ、なんか・・・?」
「ん?」
「いつもと感じが違いますね」
「ああ。入学式の時に着て、そのままずっとしまってあったから」
スーツではない。単なる薄いグリーンの綿のセーターと、グレーのニットのスカート。
彼女1人がスーツでない恰好で入学写真に写っていた。因みにその翌年の入学式は僕だけがスーツじゃなかった。ユニクロのデニムのシャツにブルージーン。そしてペラペラのハーフコート。その様子を見て面白がって声を掛けてきたのが、瀬名さんと僕との出会いだった。
その彼女が、”晴れ姿” で今、立っている。
「ちょっと贅沢しようと思って」
しかも、
「おごるよー」
などと言う。
ぷらぷらとくっついて歩いて行くと、何のことはない。駅前の暴力団事務所の向かいにあるファミレスだった。
「さ、何でも頼んで」
と、メニューを手渡してくれる瀬名さんの眼は真剣そのものだ。自分のメニュー選びに命が懸かっているかのような空気だ。
結局、温玉のせベーコン敷きハンバーグセットとドリンクバーにした。確かに贅沢には違いない。
1名千数百円。普段のコンビニ弁当デート(?)と比べると3倍ほどの金額となる。
僕はパンを選び、瀬名さんは腹もちがいいからとライスを頼んだ。ドリンクバーではカプチーノをけたたましい音でお代わりし続け、猫舌なのでその傍らにはメロンソーダを随時置いている。
「いいんですか。本当におごってもらって」
「うん」
「どうして?」
「気根くんには世話になってるからね」
「いや、そっちのどうして、じゃなくって、お金、どうしたんですか。普段あんなに貧乏なのに」
「聞きたい?」
「はい」
「じゃ、これ」
そう言って彼女は10年ほど前のモデルじゃないかと思える細長のウォークマンをイヤフォンをつけたまま、じゃらっ、とテーブルに置く。動作の流れで、僕は耳にイヤフォンを付け、彼女がプレイボタンを押した。
流れてきたのは、ギター音を模したシンセとドラムマシン、同じくベースもシンセだ。厚みはないが、キーボードらしき音もある。ドラミングがやたらと凝っていて、音の隙間がなく、つい聞き入ってしまった。
「あれ?」
ヴォーカルが曲に割って入る。
「この声、瀬名さんですか?」
「うん」
「この曲、瀬名さんが?」
「うん。ネットのフリーの作曲ソフト使ってね。無料だから音源は貧弱だけど」
そんなことない。充分に、ロックしてる。特に瀬名さんの歌も、歌詞もいい。冷めてて、でも芯に熱があるというか。生 あったかい、とか言ったら怒るだろうけれども。
「すごいですね。かっこいいなあ」
お世辞でもなんでもなく、こんなことができる瀬名さんが、純粋にうらやましいとさえ思った。
「小学校の頃からずっとこういうのやってみたかったんだよね。でも、今みたいにフリーソフトが出回ってなかったから」
やっぱりお金なんだな、障害は。
「それで?」
「うん。Dutyって知ってるよね」
「はい」
有名どころのバンドが軒並み契約してるメジャーレーベルだ。
「Dutyのサイトにデモ音源投稿できるんだけど、これをアップロードしたらメールが来てね」
「へえ!」
「写真データを送れって言うんだよね」
「写真?」
「うん。胸から上と全身と。わたし、自分の画像をネットで遣り取りしたくないから、”嫌です”って返信したら、じゃあ一度会社に来て、って」
「ほう!」
つまり、興味を持たれた、ってことだろう。
「んで、行ったのね。そしたら、担当の人から、立って歩いてみて、とか、ちょっとこっちの角度から顔見せて、とか言われて」
「うん、うん」
「それから、”楽器は何ができる?”って訊かれて。”ソプラノ・アルトリコーダーと、ハーモニカです、って答えた」
「それだけ?」
「うん、それだけ。ごくろうさま、車代です、って5千円札1枚貰って帰って来た」
「・・・」
「それっきり」
「そうですか・・・」
一応、僕の彼女なので、容姿 の問題とは解釈しないようにした。
月曜。課題データの手直しがしたかったので、キャンパス2FのPCルームへ行った。
「あれ?」
瀬名さんだ。おはようございます、と声を掛けると、何やらPCに向かって作業してる。
「何、何?」
と、覗き込むと、縦になった鍵盤とフレーズを位置取るブロックがモニターに映し出されている。僕も見たことがある。これが作曲用のフリーソフトだ。
「学校でやってたんだ?」
「うん。わたし、スマホしか持ってなくて、PCないから」
いつもながら、何がしか作業する時の瀬名さんは真剣そのもの、というか、命までとられかねないかのような鬼気迫る表情だ。
「瀬名さんはどうなりたいの?」
「ほんとはバンドやりたかったんだよね」
「え」
「でも、わたしの性格上、セルフコントロールしたいというか。曲も詩も自分のやりたいように作りたいんだよね」
「ああ、なんとなく分かります」
「そしたら、これは恰好のツールだよね、やっぱり」
「それは分かりましたけど、またデモ曲投稿するんですか? この間のもいい曲だったとは思いますけど」
暗にデビューはあり得ない旨、伝えてみる。
「作らずにはいられないんだよね、なんていうか」
”ごはん、食べない?”
当然いつもの経緯から、コンビニ弁当買って、コインランドリーで食べるんだろうと思った。でも、違った。
彼女の女子寮の前で待っていると、たたっ、と瀬名さんは小走りしてきた。
「あれ、なんか・・・?」
「ん?」
「いつもと感じが違いますね」
「ああ。入学式の時に着て、そのままずっとしまってあったから」
スーツではない。単なる薄いグリーンの綿のセーターと、グレーのニットのスカート。
彼女1人がスーツでない恰好で入学写真に写っていた。因みにその翌年の入学式は僕だけがスーツじゃなかった。ユニクロのデニムのシャツにブルージーン。そしてペラペラのハーフコート。その様子を見て面白がって声を掛けてきたのが、瀬名さんと僕との出会いだった。
その彼女が、”晴れ姿” で今、立っている。
「ちょっと贅沢しようと思って」
しかも、
「おごるよー」
などと言う。
ぷらぷらとくっついて歩いて行くと、何のことはない。駅前の暴力団事務所の向かいにあるファミレスだった。
「さ、何でも頼んで」
と、メニューを手渡してくれる瀬名さんの眼は真剣そのものだ。自分のメニュー選びに命が懸かっているかのような空気だ。
結局、温玉のせベーコン敷きハンバーグセットとドリンクバーにした。確かに贅沢には違いない。
1名千数百円。普段のコンビニ弁当デート(?)と比べると3倍ほどの金額となる。
僕はパンを選び、瀬名さんは腹もちがいいからとライスを頼んだ。ドリンクバーではカプチーノをけたたましい音でお代わりし続け、猫舌なのでその傍らにはメロンソーダを随時置いている。
「いいんですか。本当におごってもらって」
「うん」
「どうして?」
「気根くんには世話になってるからね」
「いや、そっちのどうして、じゃなくって、お金、どうしたんですか。普段あんなに貧乏なのに」
「聞きたい?」
「はい」
「じゃ、これ」
そう言って彼女は10年ほど前のモデルじゃないかと思える細長のウォークマンをイヤフォンをつけたまま、じゃらっ、とテーブルに置く。動作の流れで、僕は耳にイヤフォンを付け、彼女がプレイボタンを押した。
流れてきたのは、ギター音を模したシンセとドラムマシン、同じくベースもシンセだ。厚みはないが、キーボードらしき音もある。ドラミングがやたらと凝っていて、音の隙間がなく、つい聞き入ってしまった。
「あれ?」
ヴォーカルが曲に割って入る。
「この声、瀬名さんですか?」
「うん」
「この曲、瀬名さんが?」
「うん。ネットのフリーの作曲ソフト使ってね。無料だから音源は貧弱だけど」
そんなことない。充分に、ロックしてる。特に瀬名さんの歌も、歌詞もいい。冷めてて、でも芯に熱があるというか。
「すごいですね。かっこいいなあ」
お世辞でもなんでもなく、こんなことができる瀬名さんが、純粋にうらやましいとさえ思った。
「小学校の頃からずっとこういうのやってみたかったんだよね。でも、今みたいにフリーソフトが出回ってなかったから」
やっぱりお金なんだな、障害は。
「それで?」
「うん。Dutyって知ってるよね」
「はい」
有名どころのバンドが軒並み契約してるメジャーレーベルだ。
「Dutyのサイトにデモ音源投稿できるんだけど、これをアップロードしたらメールが来てね」
「へえ!」
「写真データを送れって言うんだよね」
「写真?」
「うん。胸から上と全身と。わたし、自分の画像をネットで遣り取りしたくないから、”嫌です”って返信したら、じゃあ一度会社に来て、って」
「ほう!」
つまり、興味を持たれた、ってことだろう。
「んで、行ったのね。そしたら、担当の人から、立って歩いてみて、とか、ちょっとこっちの角度から顔見せて、とか言われて」
「うん、うん」
「それから、”楽器は何ができる?”って訊かれて。”ソプラノ・アルトリコーダーと、ハーモニカです、って答えた」
「それだけ?」
「うん、それだけ。ごくろうさま、車代です、って5千円札1枚貰って帰って来た」
「・・・」
「それっきり」
「そうですか・・・」
一応、僕の彼女なので、
月曜。課題データの手直しがしたかったので、キャンパス2FのPCルームへ行った。
「あれ?」
瀬名さんだ。おはようございます、と声を掛けると、何やらPCに向かって作業してる。
「何、何?」
と、覗き込むと、縦になった鍵盤とフレーズを位置取るブロックがモニターに映し出されている。僕も見たことがある。これが作曲用のフリーソフトだ。
「学校でやってたんだ?」
「うん。わたし、スマホしか持ってなくて、PCないから」
いつもながら、何がしか作業する時の瀬名さんは真剣そのもの、というか、命までとられかねないかのような鬼気迫る表情だ。
「瀬名さんはどうなりたいの?」
「ほんとはバンドやりたかったんだよね」
「え」
「でも、わたしの性格上、セルフコントロールしたいというか。曲も詩も自分のやりたいように作りたいんだよね」
「ああ、なんとなく分かります」
「そしたら、これは恰好のツールだよね、やっぱり」
「それは分かりましたけど、またデモ曲投稿するんですか? この間のもいい曲だったとは思いますけど」
暗にデビューはあり得ない旨、伝えてみる。
「作らずにはいられないんだよね、なんていうか」