第9話 瀬名さん、これからどうしましょうか
文字数 4,099文字
「ちょっと実家に帰省するね」
突然瀬名さんからメールが入り、そのまま彼女はいなくなってしまった。
一週間、連絡が取れない。
「”あ”でも、”う”でもいいから返信ください」
と、安否確認のようなメールを送っても何も返って来ない。電話をかけても出てくれない。昼食会のメンバーをキャンパスで見かける度に訊いてみるけれども、彼女たちも連絡が取れないという。女子寮の寮長にしても、帰省の届け出を受けただけで、詳細は伝えられていないそうだ。
「手紙、出してみる?」
この間皇居を一緒に走った加藤さんが、個人情報だから目的外使用しないでね、と念押しした上で、瀬名さんの実家の住所を教えてくれた。
今時手紙なんて、と思ったけれども、他に方法がない。映画やアニメのように実家にほいほい押しかけるなんてこともできる訳がないので、書いてみた。なんとなく、直筆で。以下、全文。
”瀬名さんへ
突然いなくなったので心配しています。ご家族が病気とか、ご不幸があったとか、あれこれ想像してます。
加藤さんたちも事情を聞いていないということなので、僕に嫌気がさして消えたんではないと思いたいところですが・・・
切手を貼った返信用封筒を入れましたので、何も書かなくてもいいですから、無事なら返送してください。瀬名さんがいないと、なんだか体調が悪いです。”
3日後、アパートのドアの郵便入れに、分厚くなった返信用封筒が突っ込まれていた。
「あ、瀬名さんからだ」
料金が足りなかったのだろう。追加の切手が貼られていた。
”気根くん。お手紙ありがとうございます。とても実務的で、乾いた殺伐とした文章だったので、気根くんらしいなと思いました。
わたしは生まれてこの方、ラブレターやら愛を語るメール等々、一切もらったことがありません。なので、あれがもしラブレターのつもりだとしたら、非常にショックです。ラブレターとはこういうものを言うのです。”
2枚目の便箋からは、ひたすら思いつく限りの表現を用いた、愛情を示す文章が綴られていた。これが瀬名さんの本心とはとても思えないけれども、それは短編恋愛小説のような完成度だった。けれども、内容は恥ずかしくてとても口には出せない。
最後の便箋が事務連絡だった。
「ええと。”わたしは元気です。安心してください。メールも電話もしないのは、気根くんのことがキモくなったからでは決してありません。あと一週間ほどで東京に戻ります。その時に差し支えない範囲での事情は話しますから、待っててください。・・・瀬名 満月”」
手紙の最後を氏名で締めくくるのが瀬名さんらしいと思った。因みに、満月、と書いて、”みつき”と読む。
そして一週間後。
「いやー、破産しちゃった」
「え?」
「親が」
笑顔で話すものだから、自暴自棄になってどうでもいいという心境なのかと思った。けれども、瀬名さんの話を聞くと、本当に心から笑っているのだ、ということだけは分かった。
けれども。
僕はやっぱりこの人がよく分からない。
「東京に戻ったよ」
と、呼び出されたのはコインランドリーではなく、例の、駅前の暴力団事務所の向いにあるあのファミレスだった。
しかも、メール一斉配信で、場所・時間を指定し、僕も昼食会のメンバーも、十把ひとからげに呼び出していた。
”来られる人は来てね”
って。
当然、来た訳だけれども。
「え、何何? どういうこと?」
女子たちが次々に質問する。瀬名さんは一通りめいめいの話を聞き終えた上で、それらをすべて無視し、デイパックからA4のレポート用紙を1枚取り出し、それに沿って話を始める。
レジュメ持参て、なんというか・・・
「父親は自宅の住宅ローン組んでました。建物は母と共同所有してたので、母親も債務者です。つまり、2人で家を建てるお金を借りた訳です」
なぜか瀬名さんは、です・ます調で話す。
「父親が病気になりました。まあ、心の病なので詳しくは訊かないでください。母親は離婚を迫り、本当に離婚してしまいました。今年の春ごろのことです」
なんだ。僕と出会った時ぐらいじゃないか。
「無知とは怖いですね。母親は離婚したから借金は関係なくなると思ってたのかもしれませんが、連帯債務者なので逃れることはできません。父親は病気で出社もできなくなって、そのまま会社を辞めました。母親は仕事を続けてますが、分不相応に豪華な家で借入の残額も大きく、母親の給与と父親の失業保険で返し続けられる額ではありません。返済が滞って、当然家は担保に入ってますから、銀行から家を売って返済するよう促されました」
合いの手を入れようにも、レジュメに沿って実務的に淡々と話す瀬名さんが怖くて、誰も口を開けない。
「でも、土地も値下がりしてるし、建物なんて年数経ってるから、売ってもまだ全額には足りなくて。家を空け渡しても元金と利息で2千万円ぐらいまだ借金が残る、って分かったんです。なので、父親も母親も自己破産申請をしました。同日、裁判所で免責が認定されました」
ここで、瀬名さんがコーヒーを1口啜る。みんな我慢していたのだろう、全員それぞれの飲み物を1口ずつ口にした。
「破産と免責の意味はあとでネットで調べてください。要はこれで両親の借金はチャラになった、ってことです。その代わり、生存に必要な最低限のお金だけ残して、家も預金もすべて押さえられました。わたしは当事者能力を失った両親に代わって、こういった手続きをするために実家に戻ってました。万一両親がサラ金に手を出してたら、ってことも想定して、みんなとは連絡を取らないようにしてたんです。本当にすみませんでした」
そう言って、座ったままではあるけれど、瀬名さんは深々と頭を下げた。隣に座る僕もついつられて一緒に頭を下げそうになった。
「あの・・・瀬名ちゃんて、お兄さんいなかったっけ?」
加藤さんがおそるおそる訊く。
「いるよ」
「お兄さんはどうしたの?」
ふっ、という感じで瀬名さんが笑った。
「愛知の方の大学の院生だよ。保証人なしの奨学金借りて、それで学生続けてる。彼の研究、日本にとってすごく大事なんだって。俺は研究が正念場だから、お前が諸事責任持ってやってくれって」
実の兄を、”彼” と呼ぶ瀬名さんの眼が怖い。
「一家離散、て死語かと思ってたけど、まさか自分がね・・・」
今の瀬名さんの雰囲気を分かりやすく言うと、タバコの煙で深呼吸すると似合うような、きれいごとではない哀愁が、20歳の肌に漂っている。
「気根くん」
瀬名さんが90°首をひねって、右隣の僕に顔を向ける。
「はい」
「わたし、大学辞めるから」
誰も驚きの声を上げない。ここに居る7人は、10代と20歳の人間だけだけれども、瀬名さんの境遇を理解できるくらいには大人だ。
最終学歴、大学中退。
瀬名さんは決して残りの女子を無視はせず、それでも僕の目の奥だけを見て話し続ける。
「仕事も来週から始める。お茶の水にあるビジネスホテルのスタッフ」
「御茶ノ水・・・」
神保町から歩ける。
「時給、すごくいいんだ」
「そうなんですか・・・」
僕はこんな無味な返ししかできない。冷たいと思いつつも、一応訊いてみる。
「地元の方が、お金、かからないんじゃない?」
瀬名さんが一瞬顔を曇らせたような気がしたけれども、またすぐに笑顔に戻る。
「いずれは親の始末もつけなきゃいけない。”彼”があてにならないから。でも今はわたしがいたら、親2人がいつまでたっても自立しないから」
僕も思わずつられて笑った。
「だから、アパートもこの辺で借りる」
「寮はすぐ出なきゃいけないの?」
「一応、1か月の猶予は貰ったよ。入寮希望者が多いから、それ以上は無理だけど」
”えー、けちだねー”
と、女子たちがシンパシーを表明する。
「でね、気根くん」
「はい」
「保証してほしいんだよね」
「え? 何を?」
正直、怖い。
散々さっきまで借金の怖さを聞かされていたので、身構える。瀬名さんが少し薄めの唇をグラスの水で潤して言葉を続けた。
「気根くんが卒業するまでの間、彼氏でいてくれないかな?」
「え?」
「言い換えると、卒業するまで彼女でいさせて欲しいというか」
「それって・・・」
「わたしがこのザマだから、結婚の約束してとまでは言えない。気根くんだって、ちゃんと社会人になれるかどうか分かんないし。だから、気根くんが大学卒業する時に、お互いどうするか決めるしかないと思って。でも、それまでは、”彼女”でいさせてくれることを”保証”して欲しいんだよね」
「え? え?」
「そうじゃないと、わたし、安心して仕事も行けないから」
一旦、頭の中に図を書いて整理してみる。さっきの債権債務の関係を参考にまとめ、その上でこう言ってみる。
「言い換えると、僕が彼氏でいることを保証する、って意味だよね」
「うん。確かにそうだね」
「瀬名さんも僕を”彼氏”でいさせてくれることを保証してくれるんなら、僕も瀬名さんを”彼女”でいさせてあげることを保証するよ」
3秒ほど、瀬名さんは口を半開きにしたままだった。その間にようやく整理できたのだろう。
「ほんとに?」
と、訊いてきた。
「うん」
と返す僕。
「やった!」
と、瀬名さんは声を上げ、右拳を細かく数回振る仕草をした。どっかの国の国家元首みたいでちょっと嫌だけれども。
加藤さんが呪文のような言葉を言う。
「なら、わたしらは、気根くんが瀬名ちゃんを彼女でいさせてあげるのを保証することと、瀬名ちゃんが気根くんを彼氏でいさせてあげるのを保証することの保証人になるよ」
全員、数秒口を半開きにしてから、
「ちょっと、2人とも、恥ずかしくないのー?」
「20歳でも、青春だねー」
とかなんとか、堰を切ったように盛り上がっていく。
僕はようやく気付いた。
ほぼ、脅迫だな、と。
そしてもう1つ気付いた。
いつの間にか、瀬名さんと、タメ口で話していたことに。
「少し、静かにしてもらえませんか」
向いの暴力団事務所の若い組員のような雰囲気のお兄さんに注意されたので、
「すみません」
と、全員しおらしく謝った。
多分、関係ない人なんだろうけど。
突然瀬名さんからメールが入り、そのまま彼女はいなくなってしまった。
一週間、連絡が取れない。
「”あ”でも、”う”でもいいから返信ください」
と、安否確認のようなメールを送っても何も返って来ない。電話をかけても出てくれない。昼食会のメンバーをキャンパスで見かける度に訊いてみるけれども、彼女たちも連絡が取れないという。女子寮の寮長にしても、帰省の届け出を受けただけで、詳細は伝えられていないそうだ。
「手紙、出してみる?」
この間皇居を一緒に走った加藤さんが、個人情報だから目的外使用しないでね、と念押しした上で、瀬名さんの実家の住所を教えてくれた。
今時手紙なんて、と思ったけれども、他に方法がない。映画やアニメのように実家にほいほい押しかけるなんてこともできる訳がないので、書いてみた。なんとなく、直筆で。以下、全文。
”瀬名さんへ
突然いなくなったので心配しています。ご家族が病気とか、ご不幸があったとか、あれこれ想像してます。
加藤さんたちも事情を聞いていないということなので、僕に嫌気がさして消えたんではないと思いたいところですが・・・
切手を貼った返信用封筒を入れましたので、何も書かなくてもいいですから、無事なら返送してください。瀬名さんがいないと、なんだか体調が悪いです。”
3日後、アパートのドアの郵便入れに、分厚くなった返信用封筒が突っ込まれていた。
「あ、瀬名さんからだ」
料金が足りなかったのだろう。追加の切手が貼られていた。
”気根くん。お手紙ありがとうございます。とても実務的で、乾いた殺伐とした文章だったので、気根くんらしいなと思いました。
わたしは生まれてこの方、ラブレターやら愛を語るメール等々、一切もらったことがありません。なので、あれがもしラブレターのつもりだとしたら、非常にショックです。ラブレターとはこういうものを言うのです。”
2枚目の便箋からは、ひたすら思いつく限りの表現を用いた、愛情を示す文章が綴られていた。これが瀬名さんの本心とはとても思えないけれども、それは短編恋愛小説のような完成度だった。けれども、内容は恥ずかしくてとても口には出せない。
最後の便箋が事務連絡だった。
「ええと。”わたしは元気です。安心してください。メールも電話もしないのは、気根くんのことがキモくなったからでは決してありません。あと一週間ほどで東京に戻ります。その時に差し支えない範囲での事情は話しますから、待っててください。・・・瀬名 満月”」
手紙の最後を氏名で締めくくるのが瀬名さんらしいと思った。因みに、満月、と書いて、”みつき”と読む。
そして一週間後。
「いやー、破産しちゃった」
「え?」
「親が」
笑顔で話すものだから、自暴自棄になってどうでもいいという心境なのかと思った。けれども、瀬名さんの話を聞くと、本当に心から笑っているのだ、ということだけは分かった。
けれども。
僕はやっぱりこの人がよく分からない。
「東京に戻ったよ」
と、呼び出されたのはコインランドリーではなく、例の、駅前の暴力団事務所の向いにあるあのファミレスだった。
しかも、メール一斉配信で、場所・時間を指定し、僕も昼食会のメンバーも、十把ひとからげに呼び出していた。
”来られる人は来てね”
って。
当然、来た訳だけれども。
「え、何何? どういうこと?」
女子たちが次々に質問する。瀬名さんは一通りめいめいの話を聞き終えた上で、それらをすべて無視し、デイパックからA4のレポート用紙を1枚取り出し、それに沿って話を始める。
レジュメ持参て、なんというか・・・
「父親は自宅の住宅ローン組んでました。建物は母と共同所有してたので、母親も債務者です。つまり、2人で家を建てるお金を借りた訳です」
なぜか瀬名さんは、です・ます調で話す。
「父親が病気になりました。まあ、心の病なので詳しくは訊かないでください。母親は離婚を迫り、本当に離婚してしまいました。今年の春ごろのことです」
なんだ。僕と出会った時ぐらいじゃないか。
「無知とは怖いですね。母親は離婚したから借金は関係なくなると思ってたのかもしれませんが、連帯債務者なので逃れることはできません。父親は病気で出社もできなくなって、そのまま会社を辞めました。母親は仕事を続けてますが、分不相応に豪華な家で借入の残額も大きく、母親の給与と父親の失業保険で返し続けられる額ではありません。返済が滞って、当然家は担保に入ってますから、銀行から家を売って返済するよう促されました」
合いの手を入れようにも、レジュメに沿って実務的に淡々と話す瀬名さんが怖くて、誰も口を開けない。
「でも、土地も値下がりしてるし、建物なんて年数経ってるから、売ってもまだ全額には足りなくて。家を空け渡しても元金と利息で2千万円ぐらいまだ借金が残る、って分かったんです。なので、父親も母親も自己破産申請をしました。同日、裁判所で免責が認定されました」
ここで、瀬名さんがコーヒーを1口啜る。みんな我慢していたのだろう、全員それぞれの飲み物を1口ずつ口にした。
「破産と免責の意味はあとでネットで調べてください。要はこれで両親の借金はチャラになった、ってことです。その代わり、生存に必要な最低限のお金だけ残して、家も預金もすべて押さえられました。わたしは当事者能力を失った両親に代わって、こういった手続きをするために実家に戻ってました。万一両親がサラ金に手を出してたら、ってことも想定して、みんなとは連絡を取らないようにしてたんです。本当にすみませんでした」
そう言って、座ったままではあるけれど、瀬名さんは深々と頭を下げた。隣に座る僕もついつられて一緒に頭を下げそうになった。
「あの・・・瀬名ちゃんて、お兄さんいなかったっけ?」
加藤さんがおそるおそる訊く。
「いるよ」
「お兄さんはどうしたの?」
ふっ、という感じで瀬名さんが笑った。
「愛知の方の大学の院生だよ。保証人なしの奨学金借りて、それで学生続けてる。彼の研究、日本にとってすごく大事なんだって。俺は研究が正念場だから、お前が諸事責任持ってやってくれって」
実の兄を、”彼” と呼ぶ瀬名さんの眼が怖い。
「一家離散、て死語かと思ってたけど、まさか自分がね・・・」
今の瀬名さんの雰囲気を分かりやすく言うと、タバコの煙で深呼吸すると似合うような、きれいごとではない哀愁が、20歳の肌に漂っている。
「気根くん」
瀬名さんが90°首をひねって、右隣の僕に顔を向ける。
「はい」
「わたし、大学辞めるから」
誰も驚きの声を上げない。ここに居る7人は、10代と20歳の人間だけだけれども、瀬名さんの境遇を理解できるくらいには大人だ。
最終学歴、大学中退。
瀬名さんは決して残りの女子を無視はせず、それでも僕の目の奥だけを見て話し続ける。
「仕事も来週から始める。お茶の水にあるビジネスホテルのスタッフ」
「御茶ノ水・・・」
神保町から歩ける。
「時給、すごくいいんだ」
「そうなんですか・・・」
僕はこんな無味な返ししかできない。冷たいと思いつつも、一応訊いてみる。
「地元の方が、お金、かからないんじゃない?」
瀬名さんが一瞬顔を曇らせたような気がしたけれども、またすぐに笑顔に戻る。
「いずれは親の始末もつけなきゃいけない。”彼”があてにならないから。でも今はわたしがいたら、親2人がいつまでたっても自立しないから」
僕も思わずつられて笑った。
「だから、アパートもこの辺で借りる」
「寮はすぐ出なきゃいけないの?」
「一応、1か月の猶予は貰ったよ。入寮希望者が多いから、それ以上は無理だけど」
”えー、けちだねー”
と、女子たちがシンパシーを表明する。
「でね、気根くん」
「はい」
「保証してほしいんだよね」
「え? 何を?」
正直、怖い。
散々さっきまで借金の怖さを聞かされていたので、身構える。瀬名さんが少し薄めの唇をグラスの水で潤して言葉を続けた。
「気根くんが卒業するまでの間、彼氏でいてくれないかな?」
「え?」
「言い換えると、卒業するまで彼女でいさせて欲しいというか」
「それって・・・」
「わたしがこのザマだから、結婚の約束してとまでは言えない。気根くんだって、ちゃんと社会人になれるかどうか分かんないし。だから、気根くんが大学卒業する時に、お互いどうするか決めるしかないと思って。でも、それまでは、”彼女”でいさせてくれることを”保証”して欲しいんだよね」
「え? え?」
「そうじゃないと、わたし、安心して仕事も行けないから」
一旦、頭の中に図を書いて整理してみる。さっきの債権債務の関係を参考にまとめ、その上でこう言ってみる。
「言い換えると、僕が彼氏でいることを保証する、って意味だよね」
「うん。確かにそうだね」
「瀬名さんも僕を”彼氏”でいさせてくれることを保証してくれるんなら、僕も瀬名さんを”彼女”でいさせてあげることを保証するよ」
3秒ほど、瀬名さんは口を半開きにしたままだった。その間にようやく整理できたのだろう。
「ほんとに?」
と、訊いてきた。
「うん」
と返す僕。
「やった!」
と、瀬名さんは声を上げ、右拳を細かく数回振る仕草をした。どっかの国の国家元首みたいでちょっと嫌だけれども。
加藤さんが呪文のような言葉を言う。
「なら、わたしらは、気根くんが瀬名ちゃんを彼女でいさせてあげるのを保証することと、瀬名ちゃんが気根くんを彼氏でいさせてあげるのを保証することの保証人になるよ」
全員、数秒口を半開きにしてから、
「ちょっと、2人とも、恥ずかしくないのー?」
「20歳でも、青春だねー」
とかなんとか、堰を切ったように盛り上がっていく。
僕はようやく気付いた。
ほぼ、脅迫だな、と。
そしてもう1つ気付いた。
いつの間にか、瀬名さんと、タメ口で話していたことに。
「少し、静かにしてもらえませんか」
向いの暴力団事務所の若い組員のような雰囲気のお兄さんに注意されたので、
「すみません」
と、全員しおらしく謝った。
多分、関係ない人なんだろうけど。