召喚術師と召渾士 9

文字数 2,771文字

 術を発動させたのは、カリニだった。
 朗々(ろうろう)とした声に応えるように、影は渾櫂石(こんかいせき)からどろり、と()い出てくる。

「あれが、『魔王』なんですね……」

 呼び出すことはしても、自身は普段目にすることのないその姿に、ナレージャは声を震わせた。

「ワタシも、初魔王ネ。デッカクて、おドロドロしてるのネー」
「外で見ると、余計に大きく感じますねー」
「僕は周りを何度も飛ばされたから、デカさが実感として残ってるなぁ」

 『魔王』のどす黒い姿は、晴れやかな青空に何とも似つかわしくなかった。
 その光景に、つい心を奪われてしまった一同。
 しかし、煙は――煙のもとに潜む『何か』は、動くことをやめなかった。

「危ない!」

 また(かたまり)がこちらへ飛んできたのを見て、マリーがあわてて結界の保護範囲を広げようとしたが、カリニ自身がそれを手で制した。
 『魔王』が、震える。――その体が弾けた。無数の触手が四方八方へと伸び、敵の砲弾を捕えていく。

「『魔王』が……!?」

 その瞬間、弾と触手の両方が静かに消滅した。『アパート』で暴走していた時のように、周囲へと(けが)れをまき散らすことはない。
 その後も触手を動き回らせ、『魔王』は相手の攻撃をからめ取りながらゆっくりと進んでいく。
 気がつけば、『魔王』の姿も、立ち上っていた黒い煙も消えていた。

「消えちゃいましたね……どっちも」
「イリュージョンみたいだったのネ!」
「カリニ、これってどういうことなの? あなたがやったのよね?」
「やったのは『魔王』だ。これが、本来の役割だからな」

 カリニは煙があったほうを見たままで言う。

「何かカリニ、またキャラ変わってないか?」
「カリニさん――いえ」

 ナレージャは口にしかけ、少しためらいを見せてから、やがて意を決したように言葉を続けた。

「あなたは、ルフェールディーズ様――ですよね?」

 彼は静かに振り返り、目を細める。

「いかにも」
「ルフェールディーズって、魔術団を作ったっていう、あの?」

 マリーの言葉にも、うなずきが返ってきた。

「そのルフェールディーズで相違(そうい)ない」
「私、お年を召してからのルフェールディーズ様のお姿しか知らないので、自信はなかったんですが、本当にご本人だなんて……信じられません」
「ん? カリニ――じゃなくて、ルフェールディーズも若返ったってこと?」
「違うわよショータロー。ルフェールディーズは、アーヴァー建国者の片腕だったって、面接の時ナレージャが言ってたでしょ」
「そうだったっけ? ってことは――ええっ!?」
「そうなんです。私が拝見したことのあるお姿も、肖像画や彫刻なので……800年前には亡くなられているはずですし」
「確かにそれは、信じられないかも……」

 まじまじとルフェールディーズを眺める祥太郎(しょうたろう)の隣で、マリーは大きく嘆息(たんそく)したあと、小声で言う。

「……この業界では珍しくないんじゃないかしら。1000年くらい眠ってて、突然発掘されちゃったりとか」
「1000年!? あ、そうか……そうなるのか。うん」
「ナニがセンネン?」
「気にしないで、ザラ。歴史のお勉強ってところ。――とにかく、ルフェールディーズは、何らかの目的があって今、現れたということよね?」
「いかにも」

 彼は答え、考えを整理するかのように間をおいてから、再び語り始めた。

「我らがアーヴァーは今、危機に(ひん)している」
「危機……ですか」

 ナレージャは繰り返す。彼女にとっては、いまいちピンとこない言葉だった。

「ナレージャは、アブナイ感じナイってことネ?」
「はい。特には……」
「魔術団に声をかけてもらったって言ってたじゃない? それって有事(ゆうじ)だからってことではないのかしら?」
「いえ、アーヴァーは今、平和ですから。魔術団のお仕事も、戦うためじゃなく、みんなの生活を守るためのものなんですよ。そこに加われるっていうのは、すっごく名誉なことなんです」
「現在、『魔王』を呼び出せる召渾士(しょうこんし)は、何名存在する?」

 ルフェールディーズの問いに、ナレージャは目をしばたたかせる。

「たぶん、私だけじゃないかと思います」
「やはりか。我の言伝(ことづて)や、したためておいたものはどうなったのか」
「それが……200年ほど前に、『魔王』が暴走というか、うまく制御できなくなっちゃった事件があったらしいんです。それで、お城のほとんどが壊れちゃって、その時に大事な文献も失われたって聞きました」
「それで『魔王』は嫌われちゃったんですかねー?」

 言った理沙(りさ)に、ナレージャはうなずく。

「それも大きいのかなって思います。元々あの怖い見た目ですし……それからお城も再建されて、新しいアーヴァーのやり方を考えていこうってなって、段々と今の形になったみたいですね」

 隣で大きなため息が聞こえた。そちらを見れば、ルフェールディーズが頭を抱えている。

「大丈夫ですか、ルフェールディーズ様! お体の調子でも?」
「いや、そういうことではない……が、大丈夫でもない」
「『魔王』は、アーヴァーにとってダイジってことなのネ?」

 ザラの言葉に、彼はうなずいた。

「『魔王』は、唯一の分解者なのだ。適切に呼び出し、活動をさせなければ力の均衡(きんこう)が崩れる。それについても伝えられていくはずだったのだが、皮肉にも『魔王』自身によって壊されるとはな」
「さっきの黒い煙が、均衡が崩れた結果かしら?」
「いかにも。放置すれば、アーヴァーの崩壊も(まぬが)れない」
「崩壊だなんて、そんな!」
「信じられないか?」

 見開かれたナレージャの目を、優しくも厳しい視線がとらえる。

「先ほど荒野を見ただろう? 元々アーヴァーは何もない土地だった。一面荒れ果てた世界の中、我らは渾櫂石(こんかいせき)を発見し、そこから力を借りる術をもって、繁栄してきたのだ。強力な術には代償もともなう。我がこうして戻ってきたということは、何よりの危機の証左(しょうさ)なのだよ」
「ナルホドナルホド……で、具材的にナニをしたらイーノ?」
「『具体的』ね。『魔王』の(つか)い手が複数いればいいってことよね?」
「ああ。最低でも、あと二人は必要だろう。今のように我が呼び出すことも出来はするが、それは最終手段としたい」

 ルフェールディーズは皆へと向き直り、改めて一人一人の顔を見た。

「まずは城都(じょうと)へと向かう。異世界の友人よ。貴殿らもどうか力を貸して欲しい」
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