召喚術師と召渾士 13

文字数 2,950文字

 それは次第に、黒い色へと変わっていく。
 出現した『(ゆが)み』は、こちらの動きをうかがうかのように、黒い煙を立ち上らせた。

「えっと……グロウザの火よ。深淵(しんえん)(のぞ)く 目よ! 来たれ、『魔王』!」

 理沙(りさ)の呼びかけに、渾櫂石(こんかいせき)は反応を見せない。

「……残念。手ごたえも感じられませんでした」

 その時、黒い煙が揺らめいた。

女神の外套(クローク・オブ・ゴッデス)!!』

 飛来した物体は結界をたわませ、地面へと落ちる。草が焦げたように変色した。

「やはりここは我が」
「ダーメ! あきらめちゃ試合終了ってヤツなのヨ。せっかく復活したんだし、みんなのためにも、ルフェールディーズは長生きしなきゃネ」

 ザラは言ってウィンクをし、近くに落ちていた小石をいくつか拾い上げる。

「ハッシュ、ベイビー、マイドーリー……」

 そして歌を口ずさみながら、『歪み』へと向かって投げ始めた。

「I'll give you some bread(パンもあげるし) , and some milk by-and-by(ミルクもあげちゃう)

 小石の一つはパンへと変わり、もう一つは空中で回転しながらミルクをまき散らすビンになる。

「Or perhaps you like custard(カスタードはいかが?), or, maybe, a tart(それともタルト?)

 さらに投げた小石は、菓子へと変化して遠くへと飛んで行った。
 『歪み』の攻撃をからかうようにかわしながら空中を舞うそれらが、もちろん普通の食べ物であるはずがない。

「ワタシのイリュージョンでタクアンするから、その間に何とか『魔王』を呼び出すのヨ!」
「『攪乱(かくらん)』ね。ショータロー、今のうちに試してみて!」
「僕も? ……よし、やってみる」

 そう気合を入れてみたものの、杖は今度も反応を見せなかった。

「だめかー」
「あとはマリーちゃんとザラさんですね! 引っかきまわすなら、あたしたちにも出来ますよ、祥太郎(しょうたろう)さん!」
「了解! じゃ、あとよろしく」

 祥太郎は杖をマリーへと手渡すと、理沙とともに結界の外へと飛び出していく。そして二人は『魔王』のデータを取った時のように、空中を飛び回り始めた。

「今のうちに……グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。来たれ、『魔王』!」

 マリーは呼びかける。かすかに――『何か』が動くのが感じられた。

「どう? どなの? マリー。ワタシもやってみたいのヨ!」
「ちょ――ちょっと待ってザラ!」

 感覚を探っている間に、ザラがマリーの手の上から、がしっと杖を握りしめる。

「ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ。きっと一人より二人で押しかけた方が、『魔王』も起きるのヨ。――グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。来たれ、『魔王』!」

 ――そして。
 渾櫂石の先が淡く光り、でろりと、『影』が這い出てきた。

「なんと、成功したのか!?」

 驚愕の声をあげるルフェールディーズへと、ザラは親指を立てて見せる。

「ザラとマリーの共同作業の銘菓ネ!」
「『成果』ね。――あら?」

 しかし出現した『魔王』は、大型犬程度の大きさになったあたりで、ぽてっと地面へ落っこちる。

「草食ってやがる、早すぎたのヨ!」
「ザラはどこからそういう言葉を仕入れてくるの……? これは、わたしたちの魔力では足りなかったってことなのかしら」
「二人とも、避けて!」

 そこへ鋭く届く理沙の声。
 顔をあげれば、手薄となった結界の隙間(すきま) を抜け、『歪み』の攻撃が飛んでくるところだった。
 しかしそれを、小さな『魔王』の触手はキャッチする。

「ちゃんと『歪み』を消滅させたわ!」
「ちっちゃくても『魔王』の働きをする、コマオウなのネ! ワタシたちもきっと、マダマダやれるコトあるのヨ! バーストイリュージョン!」

 ザラが手をかざすと、影はぶわりと膨れ上がった。四方八方に伸びる触手に、『歪み』の攻撃は再び鈍り始める。

「イリュージョンでデッカク見せてるだけだけど、なんとなーく効いてるからOKネ!」
「なるほど、わたしたちに協力してくれている『魔王』なのだから、わたしたちのやり方が有効なのね! ショータロー!」
「よしきた!」

 祥太郎が力強く言って、『小魔王』を『歪み』の中心へと転移させた。立ち上る黒い煙は、次第にその力を弱めていく。

 ――皆が勝利を確信した、その時だった。
 どぉぉぉんと音がし、大地が揺れる。それは二度、三度と続き、あちらこちらから黒煙が噴出し始めた。

「なに、これ……」

 今まで立っていた場所も黒く染まっているのを見て、マリーがつぶやく。
 祥太郎の転移が間に合わなければ、自分たちも飲み込まれていたことだろう。

「なるほど、違和(いわ)の正体はこれであったか。ずっと(ひそ)んで おったのだな」

 ルフェールディーズは言って、杖を構える。

「待ってルフェールディーズ! はやまらないで!」
「しかしな、マリー。そなたらの腕前は見事であったが、さすがにこの規模の『歪み』を相手にするのは荷が重いだろう」
「だけど――」
「我のことは良いのだ。元来よりアーヴァーのために得た命、惜しくはない。『歪み』を完全に取り除くまでは、持たせてみせる」

 それから彼は、遠くを見た。

「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ」

 声は――背後から聞こえた。皆一斉に振り返る。
 そこには、自らの杖をしっかりと握りしめた召渾士(しょうこんし) が立っていた。

「……ナレージャ、今はこらえなさい。そなたの力は、これからのアーヴァーに必要なのだから」
「ここへと戻ってきた時、こうして助けていただきました。その時は『カリニさん』だと思ってたから、びっくりした」

 揺れる瞳へと、彼女は穏やかに微笑みを返す。

「私、わかったかもしれないんです。理沙さんが、さっき言ってたこと。私、ずっと嫌だった。なんで召渾士の能力を持てたのに、『魔王』なんだろうって。みんなはステキな能力で人を助けてるのに、私だけなんで? って。みんなは自分の呼び出す存在を好きで、誇りを持ってて、信頼してた。私は――『友達』なんかじゃなかったし、そうなろうともしてなかった」

 それから、渾櫂石の表面を優しく撫でた。

「ごめんね。あなたのこと、ちっとも分かろうとしないで。私、もっとあなたと向き合って、せっかくもらった力を、『縁』を、これから大事にするから。……だから、アーヴァーを、ルフェールディーズ様を救うために力を貸してください。――『魔王』!」

 その言葉に応じ、影が、石から現れる。
 それは弾けるように飛び出し、拡大し、拡散し、空を黒く覆った。
 『歪み』と『魔王』は踊るように絡み合い、波打ち、そして夜空に輝く星のように光を放っては消えていく。
 ナレージャは大地へと立ちながら、静かにその様子を見守り、再び微笑んだ。

「ありがとう……『魔王』」
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