詫び石と魔法の書庫 2

文字数 2,685文字

「クッソ、なんだよ! またゴミかよ! ぜんぜん出ねーなこのガチャ!」

 唐突(とうとつ)にそんな声が聞こえる。廊下(ろうか)の先には子供の姿が見えた。声は高かったが、恐らく男の子だろう。Tシャツにショートパンツ、何かのキャラクターが描かれたキャップをかぶっている。毒づいている先は、手にしたタブレットだ。

「誰ですかね? あの子。見たことない」

 そう言った理沙(りさ)と同じように、祥太郎(しょうたろう)も首をかしげる。

「スタッフの子どもとかじゃなく? 僕なんかよく会ったことないスタッフが突然出てきてビビるんだけど」
「うーん……でも確かに、あたしもスタッフさんの全員を知ってるわけじゃないですからね」
「せっかくためた石、ぜんぶゴミになったじゃんか! 大爆死だよクソ運営! 詫び石よこせバーカ!」

 その間にも、少年はタブレットに向かって怒鳴っている。

「馬鹿だなぁ。そもそも無課金で爆死なんて言ってんのが」
「あんなゲームに金かける方がバカだろ」
「そうよね、バカみたい」
「…………」
「祥太郎さん、どうかしたんですか?」
「い、いやいや別に……」
「そうねぇ、私から見ると、(さい)くんとマリーちゃんの特注品と同レベルのムダかしら」
「またムダって言った!? わたしのはムダじゃないし! ちゃんと着てるし!」
「お、俺も着たり飾ったり愛でたりしてるし!」
「僕もちゃんと毎日ログインしてるし! イベントも参加してるし!」
「あっ、あの子どっか行っちゃいますよ!」
「もしかして、書庫に向かってる?」

 遠子(とおこ)の言葉通り、手元に注視したままの少年が、ふらふらと向かう先には書庫しかない。
 くどくどと言い合っていた三人も口を閉ざすと、歩くスピードを速めた。

「あれ? もうあんな遠くに……?」

 先頭にいた理沙が角を曲がり、声を上げる。あれだけのんびりと歩いていたように見えたのに、少年の背中はすでに廊下の奥にあった。

「ねえ! ちょっとキミ!」

 呼びかけてみるが、全く届いていないようだ。皆で顔を見合わせ、今度は走って追いかける。 
 やがて、書庫の扉が見えてきた。両開きの扉の周囲を囲むように伸びる白い石柱は、どこか外国の神殿を思わせる。その両脇には、白い鹿の石像が座り、瞳のない目でこちらを見ていた。

「扉が開いてます!」

 理沙が近づき、出来ている隙間(すきま)を不思議そうに見る。少年がここを通ったのであれば当たり前なのだが、普段はカギがかけてあるはずだった。

「トーコ、カギは?」
「ちゃんとここに」
「閉め忘れたとか?」
「そんなことないわ。それに、私が閉め忘れたとしても、そのままになってるはずないでしょ? 絶対怒られるもの」

 とにかく入りましょうと言って、遠子は扉へ手をかける。
 ――が、思い出したように振り返った。

「祥太郎君。ここから先は、なるべく静かにしてね。話す時は、小さな声で」
「は、はい……」

 先ほど聞いたブックマーカーとやらの話が脳裏によみがえる。どんな存在なのかは知らないが、余計な揉め事は元より望んでなどいない。
 押せば(きし)む音を立てる、重たい木の扉の先。その空間の第一印象は『図書館』だった。古い本特有のにおいが漂ってくる。照明により部屋の明るさはそれなりにあるが、窓が見当たらないため、地下室に迷い込んだかのような閉塞感(へいそくかん)はあった。
 しかし、書棚が長い。異様に長い。どこまで続いているのか、ここからは確認できないほどだ。

「……これ、全部本? なんでこんなに」
「異世界から来たものを保管する場合もあるけど、ここにあるのはほとんど、ママの本なの」

 小声で(たず)ねた祥太郎に、同じく小声で返してきたのはマリーだ。
 いつも大人びた振る舞いをする彼女だが、ママという言葉を口にした時だけ、年相応の少女に戻ったように見える。

「正確には、フォンドラドルード家の本。向こうの書庫がなくなってしまったから、ここに置いてもらってる」
「へぇ……」

 それにしても物凄い量の本だ。マリーから家族の話を聞くのは初めてだが、彼女の家が代々続く結界師(けっかいし)の名家だったことはそれとなく知っている。
 それ以上その話は続かなかった。突っ込んで聞くのが(はばか)られたというのもあるが、目の前のことに意識が行ってしまったからだ。

 ――鹿だった。
 真っ白な鹿が、書棚の陰からこちらを見ている。鼻息も荒く、イライラと足を踏み鳴らしていた。あきらかに、怒っているように見える。

「あ、あれ……」
「あれが『ブックマーカー』よ。……えいっ」

 遠子が答えると同時に、手にしたせんべいをフリスビーの要領で投げた。
 鹿――ブックマーカーはそれを見事に口でキャッチし、もしゃもしゃと食べる。

「……ちょっと待って、また僕の理解を超えてるんですけど」
「祥太郎、無理に考えるな。見たまんま受け入れろ」
「今のうちに早く! ――あ、祥太郎君走っちゃダメ。早歩きで静かに」

 遠子の声に導かれるように皆、足音を殺しながら先を急ぐ。ブックマーカーの前を横切る時は体がこわばったが、もしゃもしゃ口を動かしながら、つぶらな瞳をじっと向けられただけで済んだ。

「さっきの子、どこにいるんでしょうか」

 とりあえず難は去り、再び訪れた静けさの中では不安げなつぶやきもよく聞こえる。
 目の前にはただ本棚が連なり、一定間隔で訪れる通路から左右を見ても同じ景色が広がるだけだ。

「そうだ、祥太郎さんの力で移動すればすぐじゃないですか?」
「ここから見える範囲内で良ければ出来るけどなぁ。書庫の案内図とかは……あるわけないか」
「ブックマーカーに案内させれば良かったわねぇ。気が立ってたから早く逃げた方がいいかと思って」
「あの鹿、いる意味あるんすか?」
「しっ。聞こえたら怒られるわよ」

 遠子にたしなめられ、あわてて口をつぐんだ祥太郎の視線が、才へと向けられる。

「……ダメか」
「あ? ちゃんともう、あのガキがいる場所は『視えた』ぞ! どこかはわかんねーけど。あと隣にキレーなおねーさんがいた」
「やっぱダメだった」
「とにかくまたブックマーカーをつかまえた方が早そう。トーコは静かにしてて。この前のことで信用失ってるし」
「でも、さっきおせんべいあげたから、大丈夫だと思うの」

 その時だった。
 どこからか、爆発音が聞こえたのは。
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