召喚術師と召渾士 1
文字数 3,817文字
「ドクター、彼女の様子は?」
マスターの問いに、ドクターは『白衣』のヘルメットをがちゃりと外し、ちらりと背後の扉を見た。
医務室の奥にある部屋には、ナレージャが寝かされている。
「特に問題は確認されていない。眠りも浅くなっているから、近いうちに目覚めるだろう」
「またパニックになられないように、ちゃんと説明しといた方が良くねーかな?」
「私が主治医として、この世界のことを伝えておくから心配するな。棒人間 の師匠」
唐突にそう言われ、才 は思わず自分の顔を指さした。
「ぼ――ドクターその呼び名、ひどくね? 棒人間基準なのひどくね?」
「ドクター、研究もあって棒人間さんとよく一緒にいましたもんね」
「いや理沙 ちゃん、どっちかっつーと棒人間より、俺との付き合いの方がなげーよ? 前は予知青年だったのに、棒人間の師匠って。語呂もわりーし」
「まぁまぁ、今はそんなことより、ナレージャのことが先でしょう? ――そうだ、説明は、わたしとリサでするというのはどうかしら? 少しは警戒心も解けるんじゃないかと思うの」
マリーの言葉を聞き、マスターはうなずく。
「そうだね、そうしてくれると助かるよ」
「わかりました! じゃあ、ちょっと行ってきますね」
笑顔で理沙が言い、奥の部屋へと向かおうとする二人の後ろを、ガシャガシャと重い音もついてくる。
「あの、ドクターはここで待っててもらえると助かります。何かあったらすぐ呼びますから」
「何故だ。私も付き添うぞ。主治医だからな」
「ドクターのその恰好じゃ、ナレージャが怯えちゃうわよ。それとも、脱いでいく?」
「うーむ……診察するのに白衣を着ないわけには……」
「リサ、今のうちに行きましょ」
ドクターが悩んでいる間に、マリーたちは急いで移動した。
部屋の前に置かれたパーティションを回り込み、ドアを軽くノックをする。特に反応はなかったので、静かに扉を開けた。
「まだ寝てるみたいね」
ささやくような声でマリーが言う。理沙はそっとドアを閉め、薄暗い部屋の中を見回した。
二人ともここに入るのは初めてだが、ベッドとサイドテーブルがあるだけのシンプルな場所だった。カーテンは閉められていて、そこから日の光が漏れている。
「起こしたらかわいそうだよね。どうしようか」
理沙も同じように小声で返すと、マリーは少し考えてから言葉を発した。
「起きたらどうやって伝えるか、少し打ち合わせしない?」
「でも、素直にここが異世界って言うしかないんじゃないかなぁ」
「そうなんだけれど、伝え方って大事でしょう? 今回もシロが口を挟まなければ、ここまでこじれたりはしなかったんじゃないかしら」
「それは、そうかも……」
「とにかく、ナレージャが起きたら、まず何て言おうか決めましょうよ」
理沙がばつの悪そうな顔をしたので、マリーがさっさと話を進めようとした時、布がこすれる音がした。
二人ともそちらを向けば、ぱっちりと開いた赤い瞳。
「そ、その……大丈夫よ、あの失礼な鳥は食堂に飛ばされたから」
「え!? あの鳥、食べちゃうんですか!?」
「ち、違うの! シェフがちょっと締め上げるだけで」
「や、やっぱり食べちゃうんですね!? わ、私のせいで?」
「マリーちゃん落ち着いて! えっと、そういうんじゃなくて……」
次の言葉が出てこない。わたわたしている二人を見て、ナレージャが思わずといったふうに吹き出した。
「ご、ごめんなさい……実は、だいぶ前から目はさめてて。あの、何と言っていいか……ごめんなさい」
それから申し訳なさそうに、頭を下げる。
「白いヨロイを着た人も親切だったし、みなさん悪い人じゃないのに、私……」
「いきなりのことで驚いちゃったら、仕方ないですよ」
理沙のなぐさめに、ナレージャは首をふるふると振った。
「あの鳥が言ったこと、頭の片隅では理解してたはずなんです。私、これでも召渾士 の端くれだから」
「ショウコンシ? ……ですか」
「はい。召渾士は、渾櫂石 を使って、渾界 から力を借りることが出来るんです」
彼女はベッドから降りると、サイドテーブルに置いてあった杖を手にし、その先の大きな石を見せる。
「これが、渾櫂石 です」
「渾界というのは、つまり異世界ってことなのかしら?」
「はい、様々な世界が混じり合った場所だと言われています。そこから私たち召渾士 は、力を貸してくれる存在を呼び出します」
「なるほど……それで、さっきは『魔王』とやらを呼び出して、わたしたちに対抗しようと思ったわけね」
「スゴイの出てきたから、びっくりしたよねー」
「正直、もう少し手加減してもらえるとありがたかったわ……」
「ごめんなさい……」
二人の言葉に、ナレージャはまたうなだれた。
「私、『魔王』しか呼び出せないんで。しかも毎回眠っちゃうし……落ちこぼれなんです」
「それは……ええと、大変ね」
思わずうなずきそうになったマリーだったが、彼女は異世界から来たばかりなのだからと自分に言い聞かせ、ぐっとこらえる。
「はい。だから、みんなに迷惑かけちゃうんです」
「他には、どんな人を呼び出せたりするんですか?」
理沙にたずねられ、下に向いていた顔が、またゆっくりと浮上してくる。
「『女神』とか、『賢者』とか……複数の存在を呼び出せるのも普通ですし、私みたいに特化型もいますけど、大体もっと役立つ存在ですね。寝ちゃわないですし」
「寝るのはともかくとして、他に『魔王』を呼び出せる人っていないのかしら?」
「……うーん、私の知ってる限りではいないです」
彼女の表情は、再び曇った。
「渾櫂石を使って渾界へとつながる方法は、アーヴァーに善きものをもたらすため、ルフェールディーズ様が始められたと言われています。だから、破壊だけをもたらすような力は嫌われるんです。ゴミ処理の時とか、多少は使い道ありますけど、見た目もアレだし……でも、他の存在を呼び出そうと頑張っても、気がつけば『魔王』を呼び出してて、それでいつの間にか寝ちゃってて」
「いつも寝ちゃったあと、『魔王』はどうなるんです?」
「いつもはテルイとかミザ――友達が、『女神』とか『天使』を呼び出して止めてくれるんです。私が起きれば『魔王』は消えるので」
「そっちで正解なんだ……」
「でも、『女神』やらの力を使って浄化なり解呪なりをするってことだと思うから、マスターの見解もあながち間違いとは言えないと思うの」
「そうなんです。普通に起こしても全然起きないらしくて。『天使』が目覚ましの音楽を鳴らしてくれたり、『女神』が起きなさい、遅刻するでしょって一生懸命起こしてくれて」
「すごーい!」
「はい! 私の友達は、本当にすごいんですよ!」
理沙のリアクションに、ナレージャは満面の笑みを浮かべる。
それからふと、表情は真面目なものとなった。
「今回は私が目を覚ます前に、『魔王』が消えたんですよね? どうやったんですか? ……もし自分で対処できるようになったら、友達にも迷惑かけないですむと思うんです。だから、良かったら参考にさせてもらえないでしょうか?」
「それが……いつの間にか消えてたっていうか」
理沙はそう言って、助けを求めるようにマリーの方を見る。
マリーは少し考え、それから言葉を発した。
「ええ。今調査中ってところ」
「そうですか……残念です」
「何か分かれば、もちろん伝えるわ」
「ありがとうございます。……でも、すみません。自分から聞いといて何なんですけど、もう帰らないと」
ナレージャは言って、申し訳なさそうに頭を下げる。
「私、もう大丈夫なんで。今回こっちの世界に来ちゃったから、まだ間に合うかどうか分からないですが、魔術団に入れるかもしれなくて。私、落ちこぼれだし、今までそんな夢、叶わないってずっと思ってたんですけど、入団試験に来ないかって、初めて声をかけていただいたんです。だから、あきらめたくないんです。いろいろ親切にしていただいて、ありがとうございました! それで、私、どうすれば――」
話していくうち段々と元気を取り戻していく彼女に、かける言葉が見つからない。
何も言わず目配せをし合う二人を見て、ナレージャの表情は不安にかげっていった。
「もしかして、帰れないなんてこと、ないですよね? そうですよね?」
「もちろん、いずれはその方法を見つけて――あっ。ええと、出来るだけ早く」
「ナレージャさん!」
彼女は突然ベッドへと駆け戻り、中へともぐりこむと、シーツを頭からかぶる。
「ごめんなさい! あの、ちょっとだけ一人にしてもらえないでしょうか? さっきみたいに『魔王』を呼び出したりとか、そういうのはないんで。大丈夫なんで。ごめんなさい……」
声が、小刻みに震えていく。
彼女を残して外へと出ると、心配そうな顔が並び、こちらを見ていた。マリーは一つ呼吸をし、それから皆に告げる。
「ナレージャは、大丈夫。あとはドクターに任せて、わたしたちは今後の話し合いをしましょう」
マスターの問いに、ドクターは『白衣』のヘルメットをがちゃりと外し、ちらりと背後の扉を見た。
医務室の奥にある部屋には、ナレージャが寝かされている。
「特に問題は確認されていない。眠りも浅くなっているから、近いうちに目覚めるだろう」
「またパニックになられないように、ちゃんと説明しといた方が良くねーかな?」
「私が主治医として、この世界のことを伝えておくから心配するな。
唐突にそう言われ、
「ぼ――ドクターその呼び名、ひどくね? 棒人間基準なのひどくね?」
「ドクター、研究もあって棒人間さんとよく一緒にいましたもんね」
「いや
「まぁまぁ、今はそんなことより、ナレージャのことが先でしょう? ――そうだ、説明は、わたしとリサでするというのはどうかしら? 少しは警戒心も解けるんじゃないかと思うの」
マリーの言葉を聞き、マスターはうなずく。
「そうだね、そうしてくれると助かるよ」
「わかりました! じゃあ、ちょっと行ってきますね」
笑顔で理沙が言い、奥の部屋へと向かおうとする二人の後ろを、ガシャガシャと重い音もついてくる。
「あの、ドクターはここで待っててもらえると助かります。何かあったらすぐ呼びますから」
「何故だ。私も付き添うぞ。主治医だからな」
「ドクターのその恰好じゃ、ナレージャが怯えちゃうわよ。それとも、脱いでいく?」
「うーむ……診察するのに白衣を着ないわけには……」
「リサ、今のうちに行きましょ」
ドクターが悩んでいる間に、マリーたちは急いで移動した。
部屋の前に置かれたパーティションを回り込み、ドアを軽くノックをする。特に反応はなかったので、静かに扉を開けた。
「まだ寝てるみたいね」
ささやくような声でマリーが言う。理沙はそっとドアを閉め、薄暗い部屋の中を見回した。
二人ともここに入るのは初めてだが、ベッドとサイドテーブルがあるだけのシンプルな場所だった。カーテンは閉められていて、そこから日の光が漏れている。
「起こしたらかわいそうだよね。どうしようか」
理沙も同じように小声で返すと、マリーは少し考えてから言葉を発した。
「起きたらどうやって伝えるか、少し打ち合わせしない?」
「でも、素直にここが異世界って言うしかないんじゃないかなぁ」
「そうなんだけれど、伝え方って大事でしょう? 今回もシロが口を挟まなければ、ここまでこじれたりはしなかったんじゃないかしら」
「それは、そうかも……」
「とにかく、ナレージャが起きたら、まず何て言おうか決めましょうよ」
理沙がばつの悪そうな顔をしたので、マリーがさっさと話を進めようとした時、布がこすれる音がした。
二人ともそちらを向けば、ぱっちりと開いた赤い瞳。
「そ、その……大丈夫よ、あの失礼な鳥は食堂に飛ばされたから」
「え!? あの鳥、食べちゃうんですか!?」
「ち、違うの! シェフがちょっと締め上げるだけで」
「や、やっぱり食べちゃうんですね!? わ、私のせいで?」
「マリーちゃん落ち着いて! えっと、そういうんじゃなくて……」
次の言葉が出てこない。わたわたしている二人を見て、ナレージャが思わずといったふうに吹き出した。
「ご、ごめんなさい……実は、だいぶ前から目はさめてて。あの、何と言っていいか……ごめんなさい」
それから申し訳なさそうに、頭を下げる。
「白いヨロイを着た人も親切だったし、みなさん悪い人じゃないのに、私……」
「いきなりのことで驚いちゃったら、仕方ないですよ」
理沙のなぐさめに、ナレージャは首をふるふると振った。
「あの鳥が言ったこと、頭の片隅では理解してたはずなんです。私、これでも
「ショウコンシ? ……ですか」
「はい。召渾士は、
彼女はベッドから降りると、サイドテーブルに置いてあった杖を手にし、その先の大きな石を見せる。
「これが、
「渾界というのは、つまり異世界ってことなのかしら?」
「はい、様々な世界が混じり合った場所だと言われています。そこから私たち
「なるほど……それで、さっきは『魔王』とやらを呼び出して、わたしたちに対抗しようと思ったわけね」
「スゴイの出てきたから、びっくりしたよねー」
「正直、もう少し手加減してもらえるとありがたかったわ……」
「ごめんなさい……」
二人の言葉に、ナレージャはまたうなだれた。
「私、『魔王』しか呼び出せないんで。しかも毎回眠っちゃうし……落ちこぼれなんです」
「それは……ええと、大変ね」
思わずうなずきそうになったマリーだったが、彼女は異世界から来たばかりなのだからと自分に言い聞かせ、ぐっとこらえる。
「はい。だから、みんなに迷惑かけちゃうんです」
「他には、どんな人を呼び出せたりするんですか?」
理沙にたずねられ、下に向いていた顔が、またゆっくりと浮上してくる。
「『女神』とか、『賢者』とか……複数の存在を呼び出せるのも普通ですし、私みたいに特化型もいますけど、大体もっと役立つ存在ですね。寝ちゃわないですし」
「寝るのはともかくとして、他に『魔王』を呼び出せる人っていないのかしら?」
「……うーん、私の知ってる限りではいないです」
彼女の表情は、再び曇った。
「渾櫂石を使って渾界へとつながる方法は、アーヴァーに善きものをもたらすため、ルフェールディーズ様が始められたと言われています。だから、破壊だけをもたらすような力は嫌われるんです。ゴミ処理の時とか、多少は使い道ありますけど、見た目もアレだし……でも、他の存在を呼び出そうと頑張っても、気がつけば『魔王』を呼び出してて、それでいつの間にか寝ちゃってて」
「いつも寝ちゃったあと、『魔王』はどうなるんです?」
「いつもはテルイとかミザ――友達が、『女神』とか『天使』を呼び出して止めてくれるんです。私が起きれば『魔王』は消えるので」
「そっちで正解なんだ……」
「でも、『女神』やらの力を使って浄化なり解呪なりをするってことだと思うから、マスターの見解もあながち間違いとは言えないと思うの」
「そうなんです。普通に起こしても全然起きないらしくて。『天使』が目覚ましの音楽を鳴らしてくれたり、『女神』が起きなさい、遅刻するでしょって一生懸命起こしてくれて」
「すごーい!」
「はい! 私の友達は、本当にすごいんですよ!」
理沙のリアクションに、ナレージャは満面の笑みを浮かべる。
それからふと、表情は真面目なものとなった。
「今回は私が目を覚ます前に、『魔王』が消えたんですよね? どうやったんですか? ……もし自分で対処できるようになったら、友達にも迷惑かけないですむと思うんです。だから、良かったら参考にさせてもらえないでしょうか?」
「それが……いつの間にか消えてたっていうか」
理沙はそう言って、助けを求めるようにマリーの方を見る。
マリーは少し考え、それから言葉を発した。
「ええ。今調査中ってところ」
「そうですか……残念です」
「何か分かれば、もちろん伝えるわ」
「ありがとうございます。……でも、すみません。自分から聞いといて何なんですけど、もう帰らないと」
ナレージャは言って、申し訳なさそうに頭を下げる。
「私、もう大丈夫なんで。今回こっちの世界に来ちゃったから、まだ間に合うかどうか分からないですが、魔術団に入れるかもしれなくて。私、落ちこぼれだし、今までそんな夢、叶わないってずっと思ってたんですけど、入団試験に来ないかって、初めて声をかけていただいたんです。だから、あきらめたくないんです。いろいろ親切にしていただいて、ありがとうございました! それで、私、どうすれば――」
話していくうち段々と元気を取り戻していく彼女に、かける言葉が見つからない。
何も言わず目配せをし合う二人を見て、ナレージャの表情は不安にかげっていった。
「もしかして、帰れないなんてこと、ないですよね? そうですよね?」
「もちろん、いずれはその方法を見つけて――あっ。ええと、出来るだけ早く」
「ナレージャさん!」
彼女は突然ベッドへと駆け戻り、中へともぐりこむと、シーツを頭からかぶる。
「ごめんなさい! あの、ちょっとだけ一人にしてもらえないでしょうか? さっきみたいに『魔王』を呼び出したりとか、そういうのはないんで。大丈夫なんで。ごめんなさい……」
声が、小刻みに震えていく。
彼女を残して外へと出ると、心配そうな顔が並び、こちらを見ていた。マリーは一つ呼吸をし、それから皆に告げる。
「ナレージャは、大丈夫。あとはドクターに任せて、わたしたちは今後の話し合いをしましょう」