二つの世界 2

文字数 4,071文字

「わたくしたちは、お友達だったの」

 まずはあたたかいスープを口に入れ、トーストやサラダを食べて、食後に出された紅茶を一口飲み――美世(みよ)が生き返った心地で大きく息をついたところで、ステラと名乗った老婦人は言う。
 たくさんの木に囲まれるようにして、ひっそりとたたずむ彼女の家は、中に入っても木と花の香りがした。

「あなたのお祖母様もそう思ってくれていたかは、わからないけれど。少なくともわたくしにとっては、大切なお友達だった」

 テーブルの向かい側で同様に紅茶を飲み、少し遠くを見るような目をする。
 彼女が嘘をついているようには見えない。しかしそれが本当のことならば、祖母もこの世界へと何度もやって来ていたことになる。ならば何故、何も言ってくれなかったのだろうという思いが膨れ上がった。

「おばあちゃんに夢の話をしたことがあるんです。でも、もうその話はしちゃダメだって言われて。聞いても理由は全然教えてくれなくて。確かに言う通りにしていたら、ここの夢を見る回数は減って行ってたけど」
「それはわたくしがサキコにそうアドバイスをしたせいだわ。そして、サキコがこの世界にやって来ることはなくなった。だからあなたにも、同じように教えたのね。――ごめんなさい。何も話せないせいで、サキコも、あなたも苦しんだでしょう」
「どうしてですか? おばあちゃんとステラさん、友達だったんでしょう? どうしてそこまでして……」
「それは、命にかかわるからよ」
「ええ? 確かにここの夢を見たときはすごく疲れるけど、そんな大げさな」
「大げさだと思う?」

 じっと目を向けられ、美世は口ごもる。辛かったあの頃を思い出すと、首を縦には振れない。

「あなたが疲れる程度で済んでいたのは、サキコがそうならないように守ってくれていたからよ。彼女はもっとひどい状態までいっていた。何もしなくても、そのうち自然と縁が切れる場合もあるから、あなただってそうなった可能性はあるわ。けれど、あなたはサキコにとても似ているから」
「そんなに似てます? おばあちゃんの昔の写真見せてもらったことあるけど、似てないと思うけどな」
「見た目というよりも、持っている雰囲気、力の性質のようなものね」
「なるほど……私にはよくわからないですけど」
「そうね。だからなおさら問題だわ」

 ステラは言って、ため息をついた。彼女はどこかから取り出した色々な形の小石をサイコロのように転がし、謎の抽象画が描かれたカードを並べるということを繰り返している。

「わたくしの見立てでは、あなたの力はサキコよりもずっと強い。でもその自覚は全くないし、コントロールも出来ていない。今はおそらく……誰かが抑えてくれている」
「誰かって?」
「心当たりはないかしら?」

 逆に問われ、また美世は言葉に詰まった。異能を持った人たちが世の中に存在していることは知っているが、あまり深く関わったことはない。

「だってそもそも、人間関係にだっておばあちゃんが口出ししてたんですよ? だからそれっぽい人なんて――あっ」

 二人の顔が思い浮かぶ。突然やってきた、不思議な少女たち。

「あるのね?」
「あるというか……それっぽい人たち、他にいないかなって。でもそっかぁ」

 何ともいえない脱力感に襲われる。彼女たちが最初から目的を持って近づいてきたのなら、友達だと思っていたのは美世だけなのかもしれなかった。

「それはそれで、ショックだなぁ」
「ミヨ。落ち込んでいるところ申し訳ないのだけれど、その心当たりを話してくれないかしら。少しでも情報が欲しいの」

 言われて顔をあげると、ステラは小石とカードを眺めながらメモを取っていた。その表情はとても真剣で、その迫力に圧されるようにして、美世はこれまでの出来事を話し始める。
 しばらく黙って話を聞いていたステラは、テーブルに向けていた顔を少し上げ、眼鏡越しに美世を見た。

「あなたの世界には、異能力を持つ人たちが大勢いるのね?」
「大勢かはわからないですけど、私が中学の頃もクラスメイトに一人いたし、異能省(いのうしょう)とかあるくらいだからそれなりにいると思います」
「異能省……国の機関ってことかしら?」
「はい」
「それはすごいことだわ。その女の子たちも、そういう組織から派遣されたと考えるべきでしょうね」
「ええっ? それって私のためにってことですか? まさか!」
「ミヨ。あなたが思っているよりも、これは大ごとなの」

 ステラは真剣な表情のまま、聞き分けのない子を諭すかのように言う。

「あなたはスープを飲んだわ。トーストやサラダもぺろりと平らげて、紅茶も口にした。これが夢ではないことがもうわかったでしょう? 問題は、どうしてそうなったかということよ」
「夢だと思ってたここが異世界だったんだから、いつの間にか転移しちゃったってことですよね? マンガとかであるような」
「いいえ、それは違うわ。だって、あなたには肉体がないもの」
「……どういうことですか? やっぱり夢は夢ってことですか?」
「遠からず、かしら。あなたの肉体はあなたの世界にある。今はおそらく、魂だけがこちらへ来て実体化しているような状態なんだわ。普通の人に見分けはつかないでしょうけれど」

 彼女は一度立ち上がり、背後にある本棚から一冊、いかにも古そうな本を取り出してきた。それからページが破れてしまわないよう注意深くめくり、中身を美世に向かって見せる。そこには、ベッドで眠っている人物から立ち上る黒い()()が、人型となって開いた窓から出ていく姿が描かれている。

「あなたの持つ力――わたくしたちは『夢渡(ゆめわた)り』と呼ぶのだけれど、その力が強ければ強いほど、そして渡った世界にのめり込んでいくほど、その姿は存在感を示すようになるの。同時に、そうなった『夢渡り』は自らの命を削るだけではなく、周囲により強い影響を及ぼすようになる。サキコの姿はわたくし以外にもはっきりと見えていたけれど、それでもこの世界の食べ物を体内に取り込むなんて器用なことは出来なかったわ」
「でも私、前にも公園で水を飲んだことがあって……」
「それは、あなたが自分で作り出したのでしょうね。だってあなたにとっては夢だったんだもの。でも今は違う。この世界の住人であるわたくしが用意したものを食べたの。あなたには肉体のようなものがあり、ここに確かに存在している。そしてそのおかげで、力がとても安定しているのだわ」
「じゃあ、私の本物の体ってどうなってるんでしょう? 早く目を覚まさなくていいのかな……?」

 美世が問うと、ステラはカードを何枚かめくり、難しい顔をした。

「おそらく、危険な状態にある」
「危険って!?」
「落ち着いて。今は目を覚ますことを考えない方がいい。あなたを助けてくれている人は、このまま放置したりしないはずよ」

 それから再び小石を転がし、カードを並べる。中央に置かれたカードを裏返すと、大きく目を見開いた。

「それでも――いえ、だからこそかしら。運命の流れは加速していく。でも、こんなに大それたことをやってのける人たちなら、もしかしたら……」

 彼女は自分自身と対話するかのように、小さくつぶやく。
 その時、どこかから爆発音が聞こえた。

 ◇

「今、何か爆発したみたいな音が聞こえました!」

 突然立ち止まった理沙(りさ)が、耳のうしろに手を当てながら言う。仲間たちも同じようにやってみたが、聞こえるのは風の音ばかりだ。

「理沙ちゃん、どの方向かわかるか?」
「……あっちですね」

 (さい)に問われ、少し迷ってから理沙は一方向を指差す。彼女の鋭敏な感覚が信頼に値するのは共通認識だ。自分に視線が向けられると、祥太郎(しょうたろう)はすぐに転移を開始した。
 たどり着いた場所で理沙は再び耳を澄ましたが、小さく首を振る。

「ごめんなさい、もう聞こえなくなっちゃいました」

 周囲を木々に囲まれた場所は、しんと静まり返っている。

「爆発……ということは、ここ最近多いという現象と同じものなんでしょうね。ただ、地球から『ファントム』となってこちらに来た人たちのせいだとしたら、なぜ爆発が起こるのかしら」
「僕たちが見た子供も、『レディ・サウザンド』を操って爆発は起こしたよね? 似たような感じで暴れてるとか?」
「それならば、もっと目撃情報があってもおかしくないと思うのよね。さっき話を聞いた人は『原因も犯人も不明』って言っていたし、そういうケースのほうが多いわけでしょう?」
「じゃあ、別の世界との『ゲート』が開いちゃったとか? 前にレベル2の警報が出たときも、『ファントム』さん自体は全然存在感なかったけど、蜂さんが出てきちゃったから」
「わたしが置いていかれた時よね……でもその場合は、それこそ大騒ぎにならない?」
「それもそっかー。あの時は空で下も海だったから誰もいなかったけど、街の中だったら近くの人たちに避難もしてもらわないといけなかったかも。祥太郎さんのビームもすごかったし」
「ほんとあの時はすいません……」
「とにかく、『ファントム』とはまた違った原因のような気もするのよね。サイはどう思う?」

 マリーが才へと話を振ると、彼は弾かれたように顔を上げた。

「ああ……うん」
「どうしたの? サイ。顔色が悪いみたい」
「いや、問題ない。少し、転移酔いしちまったのかも」
「ごめん、ちゃんと集中したつもりだったんだけど」
「いやいや、祥太郎のせいじゃねーんだよ」
「あたしも、すごくいい感じの転移だったと思いますよ!」
「特殊な環境だし、サイは予知で神経を使うことも多いから、負担が大きいところもあるんじゃないかしら。少し休みましょう?」
「いや、俺は……すまん」

 短くそう言い、才は近くにあった大きな石に腰を下ろす。他の三人も、思い思いの場所で休みを取った。ひんやりとした空気の中、差し込む日差しはやわらかく、どこかから聞こえる鳥の声が心を癒やす。一瞬、まるでいつものメンバーで、外国の森に遊びに来たかのような錯覚に陥った。
 ――鳥の声が、ふと止む。
 その後すぐ。今度は全員にはっきりと聞こえるように、爆発音がした。
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