作戦開始 3

文字数 5,650文字

「いい天気ー!」

 理沙(りさ)が窓の外を眺めながら言う。冬の空気は澄み、雲ひとつない青空が広がっていた。

「そうね、とってもいい天気だわ」
「チャリンコ速いなぁ」

 気のない返事をしたマリーに続いて祥太郎(しょうたろう)がつぶやく。子供の運転する自転車は脇をすり抜け、すでに遠ざかっている。

「何かあったときのために、あたしも免許取っとこうかなぁ」
「リサはサイとは違った方向に嫌な予感がするわ。ショータローが取ったらどう?」
「僕? ああ、うん。考えとく」

 (さい)は会話には加わらない。前方や左右を睨みつけるようにしながら、カーナビが示したルートとは違う道を曲がった。

「さっきからカーナビをことごとく無視してるのは何故なのかしら」
「才さんたぶん、カーナビが教えてくれるより空いてる道を予知しながら進んでるんじゃないかな?」
「その分、ずいぶん遠回りになってる気もするけども……ねぇサイ。ミヨの高校のこと、知ってるのよね? どんな学校なの?」
「ごめん、いま運転してるからそれ以外はムリ」

 鬼気迫る表情のまま、ぼそっとそれだけを言う。祥太郎は代わりにスマホを取り出し、美世(みよ)の通っているという高校を検索した。

「……ええと。私立の女子校で中堅どころって感じかなぁ。自然豊かなキャンパスが魅力的だって。あと、能力者の受け入れはしてないっぽいな。何も書いてないし」

 いまではすべての人が潜在的な能力者であるということがわかってきている。ただ、異能力と呼ばれるほどの力に目覚めているのは全体から見ればまだ少数だ。『ミュート』などのシステムがあるとはいえ、受け入れ体制が整っていない学校もそれなりにあった。

「そういえば、ショータローは学校ってどうしてたの?」
「僕は中学も高校も適当に近くの公立行った。能力者クラスはなかったけど、一応専門の先生がいたよ」
「えっ、じゃあその先生から何も習ってないってこと?」
「うん。その頃は能力も大して強くなかったし、先生は他の問題児につきっきりになっててさ。僕はほぼ普通の生徒として生活してた」
「なるほどね……」
「二人は学校は?」
「あたしは師匠の仕事を手伝いながら、異能力訓練校に通ってました!」
「わたしはロンドン魔術大学を卒業した直後にママが失踪したって連絡をもらって、こっちにきたの」
「へぇ――って、マリー大卒なの!?」

 そんな話をしているうちに、ようやく目的地が近づいてきた。
 真っ直ぐな並木道の先に校門が見える。才はもう少しだけ近づき、学校と距離を取ったまま適当な場所へと車を停めた。途中ぽつんと建っていた店で売っていたご当地バーガーで、少し遅めの昼食をとることにする。
 
「車だとすぐって言ってたのに、もう午後になっちゃったわ」
「美世ちゃんはいつごろ下校になるのかな。昨日はたまたま早かったんだろうけど……今日もすでに帰ってたりして?」

 やたらとでかいポテトをつまみながら言った祥太郎に向かい、才は首を振った。

「いや、そろそろ出てくるはずだ」
「なるほどー、才さんはスケジュールもバッチリ把握してるんですね!」
「いや把握してねーから! カーナビの時は予知って見抜いたのに、理沙ちゃんの中で俺のイメージはどうなってんだ!?」
「一応聞こえてたのね」
「あはは、ごめんなさい! 才さんならてっきり知ってるのかと思っちゃって」
「ひょうがないよ、才はそういうイメージだひ」
「うわムカつくわー。ただでさえムカつくのにポテト頬張りながら言われるのムカつくわー」
「とにかく、もうすぐ出てくるってことなのね」

 マリーが話題を引き戻す。才はふてくされつつも、今度はうなずいた。

「そしたらマリーちゃんと理沙ちゃんで行ってきてくれ。その方が警戒されないだろうしな」
「わかったわ。任せておいて」
「頑張ります!」

 やや緊張した面持ちのマリーに対し、普段と変わらない理沙の返事。その視力の良い目が見知った姿を校門に見つけるまで、それほど時間はかからなかった。

「じゃあ、行ってきますね!」

 二人は車を降り、早足で校門へと向かう。時折制服の女子が、すれ違う異分子に振り返った。やがて、ターゲットもこちらへと気づく。

「マリーちゃんと理沙ちゃん!? どうしたの、こんなところで」

 驚きに目を見開く美世に、理沙はにっこりと笑った。

「えへへ、来ちゃいました!」
「急にごめんなさい。少し話がしたいと思ったの。あのままになってしまうのは嫌だったし」
「それは……こっちこそごめん」

 そう言って美世は、周囲の視線を避けるようにして続けた。

「よかったら少し歩かない? 私バスで通ってるんだけど、そっちの道、人も少ないから」

 二人がうなずいたのを見て、彼女は並木道を外れ、人の群れから遠ざかっていく。

「……ほんと、ごめんね。面倒なことに巻き込んで。おばあちゃん、みんなに酷いこと言わなかった?」
「大丈夫ですよ! お守り授かっただけですし。ほら」

 そう言って理沙は健康祈願のお守りを見せる。すると少しは安心したのか、美世は息を吐いた。

「私、ちょっと話がしたかっただけなんだ。そんなのもダメだなんて……でも、二人がこうやって会いに来てくれて嬉しい」
「ミヨって、今何年生?」
「今、二年生だよ」
「じゃあ、もう少しで三年になるのね。ミヨのお祖母様が言ってたわ。高校卒業する頃には自由にさせるって」
「おばあちゃん、そんなことまで話したんだ」
「ええ。それってどういう意味なのかしら。詳しいことは聞いてないの?」
「うん、私もそう聞いてはいるんだけど、もっと詳しい話が知りたくても教えてくれないというか……」

 美世は少し黙り、迷うようにする。二人は彼女が話し始めるのを黙って待った。

「お風呂の時はさ、ちょっと話しづらかったんだけど……私、中学の頃から変な夢を見ることが多くなって」
「夢、ですか」

 理沙とマリーは一瞬、顔を見合わせる。

「うん、すっごくリアルな夢でね。起きた時には全力疾走したあとみたいにぐったりしてるの。それをある時、おばあちゃんに話したら、なんだかよくわからないうちに一緒に暮らすことになっちゃって」
「じゃあ、元々は違うところに住んでたんですか?」
「そう、千葉で両親とね。おばあちゃんがどうしてもっていうから、高校卒業まではってことになって。一応志望校もあったんだけどさ、夢のせいで寝不足だし受験勉強も全然手につかなくなっちゃって。特に行きたい学校もなかったし、おばあちゃんが勧めるから近くのここにしたんだ」
「今はその夢って見ないんですか?」
「うん。おばあちゃん家で暮らすようになって、だんだん見なくなって……この前見たのは何ヶ月も前だと思う」

 そこで美世は、長い息を吐いた。

「ほんとはね、夢のことも誰かに話しちゃダメって言われてる。だけど二人はちゃんと聞いてくれる気がしたし……誰にも話せなくて、なんだか息苦しくなっちゃって。とにかくあれしなさい、これはダメって言われるだけで、細かい理由は聞いても教えてくれないから」
「でも、美世のお祖母様がダメって言うのなら、きっと何か理由があるはずよ。実際それで、夢の呪縛が薄れて来たわけでしょう? わたしたち以外には話さないほうがいいかも」
「うん、そうする。でも少し楽になった。聞いてくれてありがとう」
「力になれたなら良かった。……そうだ、ミヨに受け取ってもらいたいものがあるんだけど」

 マリーの言葉に合わせて、理沙が小さなカエルを取り出す。

「これを、私に?」
「どうですか? 趣味に合うといいんですけど。せっかく友達になれたので、プレゼントしたいなって」

 美世は少し震える手でそれを受け取り、目の前にかざして揺らした。

「かわいいー! ありがとう! すっごく嬉しい! ――あっ、でも私、二人にお返しできるものがないんだけど……」
「じゃあ、美世さんが高校卒業したら三人で会ってお祝いをしましょう! そのとき何かください!」
「ほんとに? やった! 私、楽しみにしてるね! 二人に何プレゼントするかも考えとく!」

 小さなカエルは何度も揺れたあと、優しく彼女の制服の胸ポケットへと仕舞われる。

「ところでマリーちゃんは、どっちの人が好きなの?」
「え?」
「恋愛運のお守り欲しがってたみたいだからさ」
「ち、違うの! そういうのじゃないの!」

 しばらくぼんやりしたあと、何を言われているのかをようやく理解したマリーは顔を赤くしながら手を何度も振った。それを見て美世は明るく笑む。

「ふふっ。またこういう話とかさ、色々できたらいいな。……そろそろバスの時間だから行くね。このカエルちゃん、大事にするから! またね!」

 ◇

「よーし、これでOKだ!」

 才はセットアップを終えた受信端末を皆に見せる。普通のスマホにも見えるその画面にはマップが表示され、その上にカエルのマークが揺れ動いていた。
 
「お、美世ちゃんが移動し始めたな。とりあえず今んとこは問題なさげ……って、なんで二人はそんなとこに居んの?」

 説明をしている最中も、マリーと理沙は部屋の隅でうつむき加減に座っている。

「罪悪感で胸が苦しくて……そんな画面みちゃうと余計に……」
「あたしも……」
「二人とも凹むのはあとにしてくれよ! 全部済んだら、俺らも一緒に謝りに行くから」
「僕も? あ、うん。そうだね、謝りに行くよ」
「二人はいいわよね。ミヨとそんなに関わってないもの」
「あんなに嬉しそうにされるとねー」

 そうは言っても、どうすべきなのかは分かっている。結局は重い腰を上げ、端末を覗きにやってきた。

「また移動するぞ」
「今度はどこ行くんだろ? 自分の部屋とか?」
「そういうのはわかんねーんだよな。これだと」
「わからない方がいいわよ。覗き見なんてしたいわけじゃないもの」
「この右下に出てる線は何ですか?」

 理沙が指をさして尋ねる。そこには赤色の短い横線が表示されていた。

「それは魔力の状態だな。察知すれば波打つ」
「心拍数計る機械みたいな感じですかね?」
「そーそー。今のとこは静かなもんだが、『ファントム』の兆候が出れば流石に反応するはずだ」
「『変な夢』というのが、あちらの世界に渡っている状態なのよね。しばらく見ていないとミヨは言っていたけど、普通の夢と同じように覚えていないだけかもしれない」

 それからしばらく見守っていたが、カエルのマークは同じ場所に居続けたかと思えば、時折移動してまた戻ってくるというのを繰り返していた。

「動いてるってことは、美世さん身につけてくれてるんですね」
「もう1時かぁ。美世ちゃん高二の冬だし、勉強してるのかもね」
「ずっと見てても俺らの身が持たねぇから寝るか。何かありゃ端末が知らせてくれるしな」

 才の言葉に特に反対の声はあがらなかった。そのままゆるやかに解散となる。
 そして、さらに夜も更けた頃。

「……マリーちゃん、まだ罪悪感で苦しいの?」

 隣の布団で動く気配を感じ、理沙は小さく声をかけた。

「ごめんなさい、起こしちゃったかしら」
「ううん、あたしも起きてたから」
「罪悪感もまだあるにはあるけど……今はそのことじゃないの。何かがずっと引っかかってて」
「何かって?」

 その問いに、マリーは数秒黙る。それから自分の中でも整理するように言葉を並べていった。

「ミヨは、お祖母様に夢のことを話したのがきっかけで、一緒に暮らすようになった。それから段々と、変な夢を見なくなった」
「そう言ってたね」
「お祖母様は、あちらの世界のことを知っているのかしら? もしかして、自分も同じような夢を見たことがある?」
「それは分からないけど、夢を見なくなるような方法には心当たりがあったってことだよね」
「そう。能力者というようには見えなかったけれど、何らかの術を知っているか、それともあの神社か、住居か……どこかにその秘密がある」
「美世さんのお祖母さん『ミュート』してなかったもんね。あたしたちみたいな仕事をしてる人だったら、マスターたちが知ってるってこともありそうだし」
「それ! ――それかも!」

 急に大きくなった声に驚き、理沙は思わず身を起こした。マリーも自分を落ち着かせるように布団の上へ座り直す。

「神社で会った時ミヨのお祖母様は、わたしたちのこと睨むように見回したでしょう? でも、わたしたちの顔は見ていなかった」
「うん。あたしは服装を見たのかなって思って――あ、もしかして『ミュート』を確認したってこと?」
「そう、リサと同じように、わたしたちが能力者でないことを確認したのかもしれない」
「それは……なんで?」
「すでに目覚めている人でもそうだけど、潜在的な能力者も、他の能力者の影響を受けることがあるでしょう? 異能力を見たり、能力者と触れ合うことで覚醒したり、力が高まることがある」
「あっ、そうか! それで学校もお祖母さんが決めて、友達関係にも口出しして……?」
「夢のことを話してはいけないというのも、大きな意味があるとしたら? ――とにかく、サイたちのところに行きましょう!」

 それから急いで二人の部屋へと向かう。中から話し声が漏れ聞こえたため、声をかけたところすぐに才が出てきた。

「お、今ちょうど連絡しようか迷ってたんだ。受信端末がなんか変でさ」
「変って、どんな風に?」
「通信はしてっけど、魔力の動きが読めなくなっちまって。さっきまでは問題なかったのに」
「――それって、美世が結界のようなものに入ったってことじゃない? 魔力を遮断する」
「あーなるほど、それなら納得! ……ってヤバくね? 明日にでも作戦練り直して」
「もしかしたら、それじゃ間に合わないかもしれない! サイの予知には何も引っかかってない?」
「ゼロの計画の邪魔にならねー程度に時々チェックはしてるんだが、今んところはなんも」

 ひどく焦っているように見えるマリーに、才は戸惑いの表情を浮かべる。その背後から顔を出した祥太郎へと視線を向け、マリーは言った。

「ショータロー、急いで神社の近くまで行ってくれない? とても、嫌な予感がするの」
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