そこそこのチカラ 2

文字数 2,553文字

 ミーティングルームには、マスターの他に三人の人物がいた。

 一人は四十がらみの男。すらりとした体躯に上等なスーツを身にまとい、どこか鋭さを秘めた目でこちらを見ている。その両脇には黒のパンツスーツと、藤色の着物姿の女。どちらもかなりの美女で、男と一回りは年齢が違いそうだ。パンツスーツの女は背が高く、やや神経質そうに目を細める一方、小柄な着物の女は唇に艶やかな笑みを浮かべているのも対照的だった。

「急に呼び出してすまなかったね。こちらは三剣源二(みつるぎげんじ)異種技能大臣。それから……」
「秘書官の桜木(さくらぎ)と申します」
「同じく秘書官の、江上友里亜(えがみゆりあ)ですー」

 パンツスーツの女は折り目正しく、着物姿の女はぴょこんと頭を下げる。

「彼だけが初対面ですね。こちらは伊村祥太郎(いむらしょうたろう)君」
「あの……伊村です。初めまして」
「噂は聞いているよ。転移能力者だったね」
「は、はい」

 いつものミーティングルームへと突然やってきた大物に、祥太郎は緊張を隠せなかった。その姿を見て、源二は朗らかに笑う。

「緊張せずとも良いよ。ところで、あいつはどうしたのかね?」

 後半の言葉は、マスターへと向けられたものだった。曖昧な表情を浮かべる彼を見ながら、ふとあることに思い至る。

「あれ、『三剣』って、もしかして(さい)の……?」

 その時、部屋のドアが大きな音を立てて開いた。

「ちゃーんと、俺もいますけど」
「才! お前、気がついたのか?」

 才は薄ら笑いを浮かべながら、つかつかとこちらへやってくる。

「何言ってんの祥太郎ちゃん、俺はずっと元気ですけど? ちょっとばかし登場のタイミング考えてただけで」
「うわ臭っ!」

 顔を近づけ凄む才の口からは、覚えのある異臭が放たれている。鼻を抑えたままドアの方を見ると、遠子がピースサインをしていた。

「おやおや、いつもながら威勢だけは良いようだ」
「俺のいないところで勝手なこと言われても困るんでね」
「図体ばかりデカくなっても、中身は相変わらず小さいな。――伊村君、いつも不肖の孫が迷惑をかけているだろう。すまないね」
「そうです――いやいや別に。ん? 孫? ――今、孫って言いました?」

 大臣が才の身内だという驚きはどこかへ吹き飛んでしまった。せいぜい若い父親という風貌だが、冗談を言っているようには見えない。
 慌てて周囲に視線を向けるが、やはり祥太郎以外はなんの反応も見せてはいなかった。

「ジジイのクセに若作りしてんの。笑えるだろ? 祥太郎」
「あふれ出る才能と魔力を何に使おうが勝手だろう。なあ伊村君」
「そうやって若い女引っかけてばっかで、何かありゃ有能な取り巻きに揉み消してもらってんだろ? いい年してみっともない。また秘書官も変えたのかよ」
「はぁ? お前にはそんな度胸も力もないだろうがこのヒヨッコが」
「まぁまぁ、二人とも」

 二人に挟まれ、固まっている祥太郎の背後から、遠子(とおこ)がにゅっと顔を出す。

「似たもの同士で喧嘩しないの」
「どこが似た者同士なんだよ遠子さん!」
「そうだ、どこが似ているというんだね!」

 唾を飛ばしながら抗議する顔までそっくりだが、そう言いたい衝動を祥太郎はぐっとこらえる。
 そこへ、マスターの大きな咳払いが響いた。

「大臣、そろそろ本題に入りましょうか」
「……ああ、そうだったね。すまんすまん」

 源二もひとつ咳払いをすると、桜木と名乗った秘書官へと目配せをする。彼女は手早くバッグから、二つの筒を取り出した。

「はい、伊村君」

 それを受け取ると源二は、すぐに祥太郎へと渡す。

「あ、はい。……何ですかこれ?」
「こちらが雷火御前(らいかごぜん)の分の賞状。こちらがマレーユ・ルディアスの分だ」
「はぁ」

 中を見てみると、しっかりとした紙に、格調高いフォントが使われた感謝状が入っていた。もっときちんとした表彰式のようなものがあるのを思い描いていただけに、祥太郎は拍子抜けしてしまう。

「お茶でもいかがですか? お客様」

 そこへ遠子が盆を片手にやってくる。すると源二はあからさまに嫌そうな顔をした。

「私は結構」
「あら、毒なんて入っていないのに」
「もう賞状は渡しただろ? 用が済んだならさっさと帰れよ」
「私だって忙しい中来てるんだ。『アパート』の最高責任者として、時に視察もせねばならない」
「だからこのアパートだってちゃんとやってるだろ! 犯罪者だって二人も捕まえたんだぞ」
「それは良い。しかし雷火御前の発見は、シミュレーターの故障が原因と聞いておるぞ。お前の提案がもとで導入された」
「そ、それは……」
「しかも繋がったのは異世界ではなく、過去世界だ。それによって歴史の一部も変わってしまった。今のところ大きな影響は観測されてはいないし、雷火御前をあのままにしておくよりはマシという判断にはなっているがね」

 源二は一つ大きくため息をつく。

「それで? 今度はコンピューターとお前の能力の連携を強化し、アパート管轄地域の警戒に役立てると。全く下らん」
「なんでだよ! もう『ゲート』に対しての実績はあるだろ? シミュレーターとは違うじゃんか!」
「お前が、自分の能力を磨く努力を怠らなければ良いだけだろう。大体費用がかかりすぎる」
「俺の能力を、皆が活用できるようにすることのどこがいけねーんだよ!」
「重要度の低いこのアパートに、これ以上の予算を割くわけにはいかない」
「そんな、このアパートばっか目の敵にしなくても……!」
「別に目の敵になどしておらん。狭い了見は捨てることだ」
「くそっ!」

 才はこぶしを握って震わせる。そして再び源二を睨むと、早足で部屋から出て行った。

「騒がせたね、失礼。……さて、手洗いはどこだったかな?」
「前回いらした時も行ったはずだけれど、もう忘れちゃったのかしら?」

 くすりと笑う遠子を、源二がぎろりと見る。落ち着きかけていた空気が、また張り詰めた。

「大体君は――」

 ズバン。
 その時、突然起こった大きな音に、皆驚いてそちらを見る。

「ああ、申し訳ない。ちょっと足をぶつけてしまって」

 マスターは照れ笑いを浮かべるが、近くにあったテーブルは無残に変形していた。

「大臣、ご案内しましょう。こちらへ」
「……ああ、わかった」

 硬い表情で様子を見守っていた秘書官たちにも声をかけ、四人は外へと出ていく。
 ドアが閉められると、今度こそ部屋は静かになった。
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