詫び石と魔法の書庫 3

文字数 3,125文字

「今の音は!?」

 理沙(りさ)が弾かれたようにそちらを見る。

 ……ドドドドドドドドッ。

 同時に、地響(じひび)きのような音が聞こえてきた。

「大変! みんな書棚(しょだな)に登って!」
「……はい? 遠子(とおこ)さん、今なんて言いました?」
「いいから書棚に登るの! 早く!」

 戸惑っている間にも、他の皆は言われた通りに棚に足をかけ、素早く天井近くまで登っていく。今までの経験からして、こういう場合は素直に従った方が得策だと判断した祥太郎(しょうたろう)も、あわててそれに続いた。

「どわっ!?」

 足を二段目、三段目とかけたあたりで、すぐ下をごつごつしたものが波打ちながら通る。それは、枝のように分かれた太い角だった。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドッ。

 いったい今までどこに潜んでいたのか、通路をびっしりと埋め尽くしたブックマーカーの大群が、荒々しく走っていく。
 その先は――恐らく、爆発音のした方向。

「誰かが爆発なんか起こすから、ブックマーカーの怒りに触れたのよ」
「……いやいや遠子さん、森の守護者を怒らせたみたいな雰囲気出してますけど、ここ書庫ですよね?」

 祥太郎は力なくツッコミを入れ、座り込んだ書棚のてっぺんから恐る恐る下をのぞく。
 大群は去ったものの、まだ数頭のブックマーカーがうろうろしているため、降りられそうにはない。小さくため息をつくと、つぶらな瞳が突然こちらを向いた。

「!?」

 息をのんだのと同時に、頭を強く押さえつけられる。耳の横を、バチバチと物騒(ぶっそう)な音を立てながら光が通った。
 遠子は祥太郎のこめかみを片手でおさえたまま、もう片方の手で取り出したせんべいを、出来るだけ遠くへと放り投げる。
 バタバタと去っていく(ひづめ)の音に、彼女はほっと息をついた。

「危なかった。ブックマーカーは臨戦態勢(りんせんたいせい)になると電撃を放ってくるの」
「でんげき!? 当たったらどうなるんですか?」
「特殊な電撃だから大丈夫。書棚や本は燃えないから」
「いや、そういうことじゃなくて」
「とにかく危ないから、マリーちゃんに結界張ってもらいましょう」

 四人は周囲を警戒しつつ、床へと再び降り立つ。

「あの子、大丈夫でしょうか……祥太郎さん、あの音がした大体のあたりだったら転移できそうですか?」
「ああ、問題ないと思う」
「ちょっと待った!」

 そこで急に声をあげた(さい)に、皆の注目が集まった。彼は少し視線を宙に浮かせるようにしてから、静かに告げる。

「マリーちゃん、結界は特に火に強いので頼む」
「OK」

 マリーは即答し、結界を簡易的なものから張り直す作業へと入った。(おごそ)かに行われる短い舞の後、『綻びの言葉(ヒドゥン・スレッド)』が発せられる。

拒火の瀑布(ファイアブレイク・フォール)!!」

 それぞれを一瞬、力強くうねる青い光の壁が覆い、その光はやがて景色に溶け込んでいく。窓ガラスを一枚隔てたような、そんな感覚があった。

「よし、じゃあ行きます!……か」

 張り切って言いかけた祥太郎は何度も周囲を確認し、改めて意識を集中させる――が。

「ぐっ!?」

 思わずうめき声が漏れる。転移した直後、視界を覆う赤。結界に守られていることが分かっていても、そのプレッシャーは相当のものだった。
 祥太郎はコントロールを手放さないよう注意しながら、皆を()()()()へと出来るだけ静かにおろす。

 爆炎(ばくえん)が収まった後、煙の向こうに見えるのは、うごめく『ブックマーカー』たちの姿だった。白い色の中に時折(ときおり)(まばゆ)い光がほとばしり、さらなる爆発を生み出す。

「本が!」

 マリーが悲痛な声を上げ、扇を何度も振り回した。もちろんそれで起こるのは風ではなく、結界を生み出す力だ。
 しかしすでに複数の結界を展開している状態の上、混乱の最中(さなか)ではターゲットを(しぼ)ることも容易(ようい)ではない。全ての本を守るのは(あきら)めるしかなさそうだった。

「あれ見てください!」

 その時、理沙が下方を指さしながら、大きな身振りで皆に知らせた。白い煙の中に見えるのは黄色いキャップ――あの少年だった。彼は迫りくる『ブックマーカー』達や爆発をモノともせずに笑っている。

「いっけー! 『レディ・サウザンド』!」

 隣には、中世の貴婦人を思わせるドレスを着た女の姿があった。上からでは顔は見えなかったが、ほっそりとした片腕を振るうと、突如現れた炎の球が、荒ぶるブックマーカーを飲み込みながら()ぜる。

「なっ!?」
「はははっ! ざまーみろ! ボクに歯向かうからだ!」

 爆風は水の結界が阻んでくれたが、その轟音(ごうおん)よりも何故か、少年の言葉のほうがはっきりと近くで聞こえた。踊る炎に囲まれながら愉快気(ゆかいげ)に笑う彼の輪郭(りんかく)が次第にぼやけていく。

「消えた……!?」

 次の瞬間には、その姿は跡形(あとかた)もなくなっていた。しかし、女はそこへと残ったままだ。
 再び振り上がった腕の前に、新たな火の玉が出現する。それを阻止(そし)するべくブックマーカーの電撃が集中攻撃するが、女は意に介していないようだった。

「『レディ・サウザンド』!? 中世ヨーロッパで暗躍(あんやく)したと言われる魔女じゃない! 毎年『最凶(さいきょう)の魔女ランキング』のトップ100には入ってるわ!」
「そんなランキングあるんだ……」
「トップ100程度なのか……」

 マリーの解説に、理沙と祥太郎がそれぞれ違ったベクトルの感想を述べる。

「まさに神出鬼没(しんしゅつきぼつ)。顔を変え、姿を変え、様々な場所に現れては、人を惨殺(ざんさつ)したというわ。だから『千の顔を持つ貴婦人(レディ・サウザンド)』」

 なおも立ち向かおうとするブックマーカー達だったが、()(すべ)もなく引きはがされてしまう。女がゆらりと顔を上げる。人形のように整ってはいるが生気のないその目が、笑みの形へと(ゆが)められた。

「でも、きっと本物の『レディ・サウザンド』とは違うのよね? 祥太郎くん」
「ぼ、僕ですか!?」

 急に話を振られ、戸惑う祥太郎に、遠子はうなずく。

「だってあの人、ゲームから出てきたんでしょ?」

 言われてみれば、女の姿は先ほど嫌というほど目にしたゲームの中の『レディ・サウザンド』に酷似(こくじ)していた。あの少年も、ずっとガチャのことを口にしていたから、同じゲームをやっていたのかもしれない。
 ようやく言葉の意味を理解した祥太郎は、記憶を頼りに言葉を紡ぐ。

「えっと……レディ・サウザンド、火属性。暗闇・毒・マヒ無効で、スキルが全体攻撃の爆発と、猛毒効果の連撃」
「猛毒ですって!?」
「祥太郎くん、ひとまず外へ退避(たいひ)!」

 遠子の言葉が終わるか終わらないかの間に、景色は一変する。目に映るのは鮮やかな緑――アパートの庭だった。今は遠い書庫の方角から音が聞こえたような気もしたが、定かではない。

「マスター? 今、書庫におね――『レディ・サウザンド』っつー魔女? が出て。詳しい話はあとですっから、とりあえず毒の対策とスタッフへの避難指示ヨロ」

 『コンダクター』を介し、マスターへと手早く現状報告を済ませた才は、一つ長い息を吐いた。

「祥太郎、つるみやの前に移動。待ち伏せするぞ」
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