召喚術師と召渾士 14

文字数 2,201文字

「もう、行っちゃうんですね」

 ナレージャは残念そうに言って、目を伏せた。
 振り返れば、そこには荒野(こうや) が広がっている。

「ええ、あなたたちのことも送り届けたし、『歪み』の件も、もう大丈夫そうだから」
「ナレージャが学生したカラ、すっごく頼もしかったネ!」
「『覚醒(かくせい) 』ね」

 彼女が意識を失うことなく術を行使できるようになった影響はザラとマリーにも及び、ずっと協力的になった『魔王』によって、こちらの立場はかなり有利なものとなった。

「えへへ……でも、やっぱり皆さんのおかげです。本当は、ルフェールディーズ様への負担をもっと減らせれば良かったんですけど」
「もうチョットおじさんになったダケだから、ジョウデキ、なのヨ」
「そうですよ! あとはパワーアップした『魔王』さんの力で大丈夫みたいですし、候補生の皆さんもいますしね! あたしたちもオーディションの審査員をやった甲斐(かい) がありました」
「僕が選んだ子も候補生に残ってて、びっくりしたなぁ」
「私も、候補生の指導に参加しないといけないらしくて。そんなこと、やったことないから不安です……」
「あなたしか『魔王』の(つか)い手はいないのだから当然でしょ。召渾士(しょうこんし)でもない、わたしたちのサポートだって出来たんだから、心配することなんてないわよ」
「……そうですね。正式に魔術団の団員にもなれましたし、夢みたい」

 言ってナレージャは紫色のマントへと誇らしげに触れる。それから思い出したように懐を探り始めた。

「そういえば、ルフェールディーズ様から、皆さんに渡すようにってお預かりしたものがありました」

 そして、布の袋を取り出し、一番近くにいたザラへと渡す。

「オミヤゲ? ワーオ、サンクス!」
「気を遣わなくてもいいのに……でもありがとう」
「ありがとうございます! アーヴァーの名産品ですか?」
「名産品……そうかも」

 クスリと笑ったナレージャに首をかしげ、ザラは袋の紐をゆるめる。中からゴロっと出てきたものを見て、横からのぞきこんだ祥太郎(しょうたろう) が声をあげた。

「あっ、石だ。これって――」
「はい、渾櫂石(こんかいせき)の原石です」
「ナルホドー! ステッキについてるのとチョットちがうケド、きれいネー!」

 ひとつを指先でつまみ上げ、日の光のもとで動かしてみると、灰色の石の中、オパールのように複雑な色彩が揺らめくのが見て取れた。

「これって貴重なものじゃないんですか? あたしたちがもらっちゃっていいんでしょうか」
「杖用に加工できる大きさじゃないですし、気にしなくていいっておっしゃってました。皆さんが欲しいって言えば、杖だってくださるかも。それだけのことをしていただきましたから。――本当に、ありがとうございました」

 ナレージャは、深々と頭を下げる。再び顔を上げた時、目には光るものが浮かんでいた。

「えへへ、すみません。色んなこと思い出しちゃいました。『ゲート』がある限りはまた会えるって聞きましたけど、やっぱりさみしくて……遠子(とおこ) さんって方を探すのに、もしかしたら渾櫂石がお役に立つこともあるんじゃないかって。見つかると、いいですね」
「ええ。ありがとう」
「ルフェールディーズ様も、本当はお見送りに来たかったと思うんですけど」
「めちゃくちゃ忙しそうだったもんなぁ」
「ルフェールディーズはデンセツのジンブツだものネ。とりあえずのピンチも過ぎたし、やることなすこと盛りだくさんだから仕方ないヨ」
「落ち着いたらまた遊びに来たいですね! その時は、お土産持ってきますね」
「さすがに遊ぶ目的ではちょっと……だけど、調査もあるだろうし、渾櫂石のことについて詳しく話を聞かせてもらったりとか、そういう機会はあるかもしれないわ」
「ナレージャやルフェールディーズがこっちに来るのもアリ?」
「……ああ、そうね。そういうことも出来るかも」

 皆の言葉をうなずきながら聞いていたナレージャは、晴れやかな笑顔を見せる。

「はい、どんな理由でもぜひ。またお会いできることを楽しみにしてます!」

 ◇

 そこは、静かな場所だった。

 立ち並ぶ白い柱に囲まれ、高い天井にはめ込まれた青いステンドグラスからは光が降り注ぐ。
 大聖堂を思わせるその空間の、澄んだ湖のようになめらかな床を歩く者が一人。
 水色で丈の長いドレスをまとった姿は、まるで花嫁のようだったが、その表情はベールの中に包まれていて見えない。
 彼女は音もなく、祭壇ともいえる場所までたどりつくと、うやうやしく膝を折った。

「ごくろうさまなのです」

 祭壇の中央には大きな椅子があり、そこに座る者が女へとねぎらいの言葉をかける。
 純白の祭服に身を包み、彼女を見下ろすのは、年のころは五、六才に見える幼子(おさなご)だった。幼子は女が差し出したものを小さな両手で受け取って眺める。

「これが渾櫂石なのですね。きれいなのです」

 青い目を嬉しそうに輝かせる様は、玩具を手にした年相応の子供のようだった。首をかしげるたびに、長く白い髪がさらさらと流れる。

「とっても、利用価値がありそうなのですね」
 
 玉座に座る幼子はそう言って、無垢(むく) に笑った。
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