召喚術師と召渾士 11
文字数 3,237文字
大広間から、第二試験が行われている別室へと続く扉の前を過ぎて奥へ。
途中で案内は、理沙 から魔術団員へと交代した。他の団員と同じく紫色のマントを身に着けた男に連れられ、一行は石造りの武骨な床を進んでいく。
「お城には、王様がいるんですか?」
唐突 に、理沙がそんなことを口にする。
「はい?」
「万歩計 だからってコトだと思うのヨ」
不思議そうに聞き返した団員の顔は、ザラの補足でさらに困惑の色を濃くした。
「殺風景 ――ええと、素朴だからってことが言いたいんじゃないかと思いますわ。お城って聞くと、ほら、きらびやかな雰囲気を想像しますから」
「あー……なるほど。確かに」
彼はマリーの説明でようやく納得したのか、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「ガルスアーヴァーは城都 と呼ばれていますし、ここも城ではありますが、役所と考えていただければ相違ないかと。アーヴァーに王はおらず、あくまで国の代表、という形ですね。それは建国当初から変わりません」
そんなことを話しているうちに、前方に大きな木の扉が見えてくる。
「あちらの部屋です」
そう言って足を速める団員についていきながら、祥太郎 はこれまで通った道と部屋の位置関係を頭の中で整理した。転移が求められたときに対処しやすくするためだ。
「……来たか」
ノックをし、扉を開く。
中ではルフェールディーズとナレージャ、それから二人の少女が待っていた。
「こんにちは! こちらはナレージャさんの言ってた、お友達ですか?」
「はい、テルイとミザです」
「初めまして異世界の方々。テルイ・リヒューと申します」
「……ミ、ミザです」
テルイは長い金髪を揺らして優雅に礼をし、ミザはボサボサの黒髪を振ってぴょこんとお辞儀をした。隙間から覗く服装は統一されていないようだが、二人とも魔術団のマントを身に着けている。
「あたしは榎波 理沙です! よろしくお願いします!」
「ワタシはザラね」
「すまないが、挨拶はあとにしてこちらへ来てくれないだろうか」
ルフェールディーズに言われ、皆急いで部屋の奥へと歩みを進める。
その先にある石の台には地図があり、その上に召渾士 の杖が置かれていた。渾櫂石 を中心に青い光が波紋状に広がり、時折水しぶきが上がるかのように一部が跳ねる。
「『法王』による探知だ。これで、力の歪みを察知する」
「跳ねている部分が、『歪み』かしら?」
「いかにも」
「跳ね方の違いは、歪みの大きさによるんでしょうか? だけどちょっと……」
「イパーイ、あるのネ」
理沙の言葉を、ザラが引き継いだ。ルフェールディーズの表情も、険しさを増す。
「ああ、それが問題だ。まだそれほど大きな動きをしているわけではないが、だからこそ今のうちに潰しておきたい」
「それには『魔王』の力が必要なのよね。ナレージャと、ルフェールディーズと……オーディションの結果は?」
彼はマリーの問いに首を振った。
「適性のありそうな者は幾人か。しかし、今すぐ物にはならない。我は他にも力を使わねばならないことがあるゆえ、出来る限りナレージャに対処してもららいたい」
「それはまた……難儀 なことね」
「あのっ、私、頑張りますから!」
「わたくしも全力でサポートいたします」
「……ミザも、がんばる。ナレージャ寝ちゃったら、起こすから」
「ショータローは? 行けそう?」
皆の視線は、地図をじっと見ている祥太郎へと集まる。
「この中心にあるのが城都だよね? もうちょっと待って。あっ、スマホで画像は撮っていいんだっけ?」
「OKなのヨ」
「了解! ――これで少し安心だ。転移、大丈夫だと思う」
「では、城都から北に向かったこの地点。まずは、ここへ頼む」
ルフェールディーズが指先を触れると、地図の上に現場の風景が薄く映し出される。
「おー! 分かりやすくて助かる! ――じゃあ、行きます」
祥太郎は言って、意識を集中させた。
◇
降り立った地は、砂漠だった。
正確には、一部だけが砂漠となっていた。その先を見れば、豊かな緑に囲まれている。
「これも、『歪み』の影響ってことよね……」
「前にスモークとバトルしたトキも、まっくろくろに当たって草とけて、地面のイロが変わってたネ」
ザラが砂をつまんで拾い上げた。それは吹いた風に、軽く流されていく。
「で、でもっ、大丈夫ですっ! 私がみなさんを守りますんで!」
力がこもるナレージャの隣では、経験したことのない事態に不安を隠せないミザとテルイの姿がある。
「守りはわたしたちの得意分野だから大丈夫。あなたたちは『魔王』を上手く『歪み』にぶつけることだけを考えてくれれば」
「そーそー! 心配ご無用なのネ!」
「それを言うなら心配……あら、特に間違ってはないわね」
のんびりとしたやり取りを見て、三人の表情が少し柔らかくなった。特に年若く見えるマリーの落ち着きぶりには励まされたようだ。
再び風が吹く。先ほどよりも冷たい風だった。
――ざわりと、毛穴が逆立つような感覚。
「来るぞ!」
ルフェールディーズが叫ぶ。砂漠化した大地の中心から、黒き『歪み』が姿を現した。それは蛇のように空へと這い出し、鎌首をもたげてこちらを見る。
『女神の外套 !!』
「ハイド」
マリーが術を展開した。光の波が広がった頃を見計らい、ザラが結界に強化を施す。理沙と祥太郎は何かあった時に対応できるよう、周囲へと意識を張り巡らせた。
「ナレージャ。タイミングを見て結界を一部だけ解くから、そこから杖を出して『魔王』を放てる?」
「わかんないですけど……とにかく、やってみます!」
力強く返ってきた答えを聞いてうなずき、マリーは『歪み』を観察する。黒い煙の形をしたそれは、見失った獲物を探すように、ゆらゆらと揺れていた。
「いい? いくわよ? 3、2、1――放って!」
「は、はい!」
光の波が円形に開いた空間に、ナレージャは慌てて召渾士の杖を差し込む。
「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。――来たれ、『魔王』」
渾櫂石の先から『魔王』が流れ出てきたのと同時に、意識を失った彼女の身体を、理沙が素早く受け止めた。
「杖は、わたくしが」
テルイが急いで近寄って来て、杖が落ちないように支える。ミザはそのすぐ後ろに立ち、緊張した面持ちで自分の杖を握りしめた。
『魔王』は、早速『歪み』へと向かって侵攻していく。『歪み』は『魔王』への抵抗を試みるが、そのことごとくを潰されてしまう。
「『魔王』、強いネ!」
ザラが歓声をあげる間にも、『魔王』は黒い煙の立ち上る場所へとたどり着いていた。以前がそうだったように、それからお互いあっけなく消滅する。
「終わった……のかしら」
マリーが視線を投げかけると、ルフェールディーズはうなずいた。
「ナレージャは?」
「まだ、目覚めておりません」
「ミザが起こす! テルイたちも離れて!」
ミザはそう言ってから大きく深呼吸をし、杖を構える。
「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。――来たれ、『天使』!」
渾櫂石が輝いた。そこから光の粒が噴き出し、形を変え、蝶のようにひらひらと舞い始める。
光の蝶は鈴のように軽やかな音を奏でながら、彼女の周囲を取り囲んだ。
「ふぁーぁ……あっ! どうなりました!? 『歪み』!」
大きなあくびをしながら起き上がった後、すぐに表情を変えたナレージャに、どっと笑いが起こる。
しかしルフェールディーズは一人、難しい顔で大地を見つめていた。
途中で案内は、
「お城には、王様がいるんですか?」
「はい?」
「
不思議そうに聞き返した団員の顔は、ザラの補足でさらに困惑の色を濃くした。
「
「あー……なるほど。確かに」
彼はマリーの説明でようやく納得したのか、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「ガルスアーヴァーは
そんなことを話しているうちに、前方に大きな木の扉が見えてくる。
「あちらの部屋です」
そう言って足を速める団員についていきながら、
「……来たか」
ノックをし、扉を開く。
中ではルフェールディーズとナレージャ、それから二人の少女が待っていた。
「こんにちは! こちらはナレージャさんの言ってた、お友達ですか?」
「はい、テルイとミザです」
「初めまして異世界の方々。テルイ・リヒューと申します」
「……ミ、ミザです」
テルイは長い金髪を揺らして優雅に礼をし、ミザはボサボサの黒髪を振ってぴょこんとお辞儀をした。隙間から覗く服装は統一されていないようだが、二人とも魔術団のマントを身に着けている。
「あたしは
「ワタシはザラね」
「すまないが、挨拶はあとにしてこちらへ来てくれないだろうか」
ルフェールディーズに言われ、皆急いで部屋の奥へと歩みを進める。
その先にある石の台には地図があり、その上に
「『法王』による探知だ。これで、力の歪みを察知する」
「跳ねている部分が、『歪み』かしら?」
「いかにも」
「跳ね方の違いは、歪みの大きさによるんでしょうか? だけどちょっと……」
「イパーイ、あるのネ」
理沙の言葉を、ザラが引き継いだ。ルフェールディーズの表情も、険しさを増す。
「ああ、それが問題だ。まだそれほど大きな動きをしているわけではないが、だからこそ今のうちに潰しておきたい」
「それには『魔王』の力が必要なのよね。ナレージャと、ルフェールディーズと……オーディションの結果は?」
彼はマリーの問いに首を振った。
「適性のありそうな者は幾人か。しかし、今すぐ物にはならない。我は他にも力を使わねばならないことがあるゆえ、出来る限りナレージャに対処してもららいたい」
「それはまた……
「あのっ、私、頑張りますから!」
「わたくしも全力でサポートいたします」
「……ミザも、がんばる。ナレージャ寝ちゃったら、起こすから」
「ショータローは? 行けそう?」
皆の視線は、地図をじっと見ている祥太郎へと集まる。
「この中心にあるのが城都だよね? もうちょっと待って。あっ、スマホで画像は撮っていいんだっけ?」
「OKなのヨ」
「了解! ――これで少し安心だ。転移、大丈夫だと思う」
「では、城都から北に向かったこの地点。まずは、ここへ頼む」
ルフェールディーズが指先を触れると、地図の上に現場の風景が薄く映し出される。
「おー! 分かりやすくて助かる! ――じゃあ、行きます」
祥太郎は言って、意識を集中させた。
◇
降り立った地は、砂漠だった。
正確には、一部だけが砂漠となっていた。その先を見れば、豊かな緑に囲まれている。
「これも、『歪み』の影響ってことよね……」
「前にスモークとバトルしたトキも、まっくろくろに当たって草とけて、地面のイロが変わってたネ」
ザラが砂をつまんで拾い上げた。それは吹いた風に、軽く流されていく。
「で、でもっ、大丈夫ですっ! 私がみなさんを守りますんで!」
力がこもるナレージャの隣では、経験したことのない事態に不安を隠せないミザとテルイの姿がある。
「守りはわたしたちの得意分野だから大丈夫。あなたたちは『魔王』を上手く『歪み』にぶつけることだけを考えてくれれば」
「そーそー! 心配ご無用なのネ!」
「それを言うなら心配……あら、特に間違ってはないわね」
のんびりとしたやり取りを見て、三人の表情が少し柔らかくなった。特に年若く見えるマリーの落ち着きぶりには励まされたようだ。
再び風が吹く。先ほどよりも冷たい風だった。
――ざわりと、毛穴が逆立つような感覚。
「来るぞ!」
ルフェールディーズが叫ぶ。砂漠化した大地の中心から、黒き『歪み』が姿を現した。それは蛇のように空へと這い出し、鎌首をもたげてこちらを見る。
『
「ハイド」
マリーが術を展開した。光の波が広がった頃を見計らい、ザラが結界に強化を施す。理沙と祥太郎は何かあった時に対応できるよう、周囲へと意識を張り巡らせた。
「ナレージャ。タイミングを見て結界を一部だけ解くから、そこから杖を出して『魔王』を放てる?」
「わかんないですけど……とにかく、やってみます!」
力強く返ってきた答えを聞いてうなずき、マリーは『歪み』を観察する。黒い煙の形をしたそれは、見失った獲物を探すように、ゆらゆらと揺れていた。
「いい? いくわよ? 3、2、1――放って!」
「は、はい!」
光の波が円形に開いた空間に、ナレージャは慌てて召渾士の杖を差し込む。
「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。――来たれ、『魔王』」
渾櫂石の先から『魔王』が流れ出てきたのと同時に、意識を失った彼女の身体を、理沙が素早く受け止めた。
「杖は、わたくしが」
テルイが急いで近寄って来て、杖が落ちないように支える。ミザはそのすぐ後ろに立ち、緊張した面持ちで自分の杖を握りしめた。
『魔王』は、早速『歪み』へと向かって侵攻していく。『歪み』は『魔王』への抵抗を試みるが、そのことごとくを潰されてしまう。
「『魔王』、強いネ!」
ザラが歓声をあげる間にも、『魔王』は黒い煙の立ち上る場所へとたどり着いていた。以前がそうだったように、それからお互いあっけなく消滅する。
「終わった……のかしら」
マリーが視線を投げかけると、ルフェールディーズはうなずいた。
「ナレージャは?」
「まだ、目覚めておりません」
「ミザが起こす! テルイたちも離れて!」
ミザはそう言ってから大きく深呼吸をし、杖を構える。
「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。――来たれ、『天使』!」
渾櫂石が輝いた。そこから光の粒が噴き出し、形を変え、蝶のようにひらひらと舞い始める。
光の蝶は鈴のように軽やかな音を奏でながら、彼女の周囲を取り囲んだ。
「ふぁーぁ……あっ! どうなりました!? 『歪み』!」
大きなあくびをしながら起き上がった後、すぐに表情を変えたナレージャに、どっと笑いが起こる。
しかしルフェールディーズは一人、難しい顔で大地を見つめていた。