悪夢を招く者 6
文字数 2,693文字
「……といっても、すんなり侵入させてくれるかしら」
再び開かれたマリーの口から出てきたのは、ただの不安の言葉ではない。作戦のための問いかけだった。
「管理棟 はあちこちに結界があるし、場所によってはショータローの能力でも立ち入れないはず」
「いったんアパートの区外に出るってのはどうかな? そうすれば、この音楽も聞こえなくなるだろ? その間に態勢立て直せるかも」
祥太郎 の意見に、才 は大きく首を振る。
「ダメだ。下手すりゃ一般人まで巻き込んじまう。俺たちで何とかしねーと。……ちょい時間くれ」
それから、少しの間黙り込んだ。
周囲からは、その視線はあらぬところを眺めているように見える。けれども彼の脳裏 には、マルチモニタに浮かぶ映像のように、様々な『未来』が明滅 している。
未来は流動 している。様々な要素の介入により、めまぐるしく変わっていく。だが、比較的動きにくい未来もある。特に近しい未来が一度『確定』してしまえば、才の経験上、それ以上動くことはほぼ、ない。その膨大 な情報の中から必要なものを見つけ出すには、経験と集中力が必要だった。
増報装置 を出来るだけ早く停止しなければ、この先危険となるのは確実。あとは、そこへと進むために最善の道を確保しなければならない。
あまり猶予 はない。何かあれば仲間が対処してくれると信じ、才は中々『視 え』てこない未来へと没頭 した。
(違う。違う。――これも違う)
焦りを抑えながら、モニタに意識を向けていく。ふと、一つの場所が気になった。じっとそこから動かずに、経過を待つ。
やがて目まぐるしい動きは段々と緩 やかになり、そして――止まった。
「問題ない。ルートは確保した」
才は『現実』へと戻ると、仲間に向けて親指を立てて見せた。
◇
「はぁぁぁぁぁぁ???? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??????」
祥太郎は前方を見て、すぐに転移を行う。
「ぬわぁぁぁぁにが『問題ない。ルートは確保した(キリッ)』だよ! やっぱ才の予知は以下略」
「……すまん」
「マジなトーンで謝るのもやめて!? 余計に気が滅入 るから!」
「マジですまん」
「祥太郎さん! 誰か来ます!」
しょんぼりする才を尻目 に大きくため息をつき、祥太郎は再び意識を集中させた。
「――くっそ、またか!」
しかしそこでも望まぬ遭遇 。即座 に別の場所を思い浮かべる。
次にたどり着いたのは、狭い部屋。『ゲートルーム』からほど近くにある、あの仮眠室だった。今度は幸い、誰の姿もない。
訪れたわずかな平穏に、皆大きく息をつく。祥太郎は壁伝いに床へと腰を落とし、少し荒くなった息を整えた。
握りしめていた右手を開くと、中からはクシャクシャになった紙が出てくる。それは祥太郎が訪れたことのある場所を目印にし、目的地までをイメージしやすいようにと才が描いた地図だった。
しかし、予知では誰もいないはずのその場所には、なぜか人影が待ち受けていたのだ。
「どこで読み間違えたんだ……?」
頭を抱える才に、理沙がぽつりと言う。
「待ち伏せでしたよね、あれは」
それは偶然 、居合 わせたという雰囲気では決してなく、明らかにこちらを捕らえようと待ち構えている姿。
才が『確保』したルートは二通り。もし最初のルートで何か問題があれば、すぐに次のルートへと移行できるよう、事前に打ち合わせをしていた。だが、そこでも同様、待ち伏せにあってしまう。
二度も予知を覆 され、パニックに陥 った才の指示は待たず、祥太郎はとっさにミーティングルーム、それからテストルームへと転移したが、どちらでもすぐに発見されてしまい、苦し紛 れに思いついたのが、この部屋だった。
「みんな、操られちゃってるのかなぁ」
待ち伏せしていたのは、『アパート』のスタッフたちだった。ゆっくり話し合ことが許されるような雰囲気ではなく、真意を確かめることは出来そうにない。
「操られ……そうよ、サイの読み間違いじゃないのかもしれない」
マリーは視線を薄暗がりの中へと上げた。それが何を示しているのか、皆にもすぐに分かる。あの、音楽だ。
「そう誘導されたのか、幻影みたいなものを見せられたのか――ショータローが独断で転移した場所も、十分向かうことが予測できる範囲じゃない?」
「そっか。この仮眠室、ほとんど使われてないもんね」
「確かに、僕も一度しか来たことないや」
初仕事で浮かれた直後にどん底を味わった日。薬草スープもここで初体験だったが、もうずいぶんと昔の事のような気さえする。
「じゃあ、庭に『コンダクター』埋めてきたのは正解だったっつーことか。だけど、これからどうすっか――」
才は苦い顔で唇を噛む。『コンダクター』で位置情報を取得される危険はなくなったとはいえ、もしアパート内をくまなく探しているのであれば、この部屋が見つかるのも時間の問題だろう。
曲の魔力は、時間が経てば経つほど自分たちを汚染していく。新たなルートを見つけられたとしても、それが安全である保証はない。
「わかんない――けど、とにかく、動かないと」
「動かないで」
立ち上がりかけた祥太郎を、理沙が静かに制す。
ただならぬ様子に皆、押し黙り、体をこわばらせる。
「……何かが近づいてくる気配がします」
彼女は囁 くような声で言い、油断なく辺りを見回した。
意識を研ぎ澄ませると、確かに何かが接近しているという感覚がわき起こる。しかし、はっきりとは見えてこない。
カーテンは閉じられている。ドアにある小窓から入る光も、不自然に動いているということはない。今のところ声が聞こえるということもなかった。
少なくとも、先ほどのようにスタッフが追いかけてくるのとは違っている。その気配からは、人の『重み』というものが感じられなかった。
――また、近づいた。
何かを確かめるようにゆっくりと、でも着実に近づいてくる。
(これって――)
知 っ て い る 感 覚 だ 。
理沙が思い、顔を上げた時。――すうと、暗闇から細い指が伸びた。
再び開かれたマリーの口から出てきたのは、ただの不安の言葉ではない。作戦のための問いかけだった。
「
「いったんアパートの区外に出るってのはどうかな? そうすれば、この音楽も聞こえなくなるだろ? その間に態勢立て直せるかも」
「ダメだ。下手すりゃ一般人まで巻き込んじまう。俺たちで何とかしねーと。……ちょい時間くれ」
それから、少しの間黙り込んだ。
周囲からは、その視線はあらぬところを眺めているように見える。けれども彼の
未来は
あまり
(違う。違う。――これも違う)
焦りを抑えながら、モニタに意識を向けていく。ふと、一つの場所が気になった。じっとそこから動かずに、経過を待つ。
やがて目まぐるしい動きは段々と
「問題ない。ルートは確保した」
才は『現実』へと戻ると、仲間に向けて親指を立てて見せた。
◇
「はぁぁぁぁぁぁ???? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!??????」
祥太郎は前方を見て、すぐに転移を行う。
「ぬわぁぁぁぁにが『問題ない。ルートは確保した(キリッ)』だよ! やっぱ才の予知は以下略」
「……すまん」
「マジなトーンで謝るのもやめて!? 余計に気が
「マジですまん」
「祥太郎さん! 誰か来ます!」
しょんぼりする才を
「――くっそ、またか!」
しかしそこでも望まぬ
次にたどり着いたのは、狭い部屋。『ゲートルーム』からほど近くにある、あの仮眠室だった。今度は幸い、誰の姿もない。
訪れたわずかな平穏に、皆大きく息をつく。祥太郎は壁伝いに床へと腰を落とし、少し荒くなった息を整えた。
握りしめていた右手を開くと、中からはクシャクシャになった紙が出てくる。それは祥太郎が訪れたことのある場所を目印にし、目的地までをイメージしやすいようにと才が描いた地図だった。
しかし、予知では誰もいないはずのその場所には、なぜか人影が待ち受けていたのだ。
「どこで読み間違えたんだ……?」
頭を抱える才に、理沙がぽつりと言う。
「待ち伏せでしたよね、あれは」
それは
才が『確保』したルートは二通り。もし最初のルートで何か問題があれば、すぐに次のルートへと移行できるよう、事前に打ち合わせをしていた。だが、そこでも同様、待ち伏せにあってしまう。
二度も予知を
「みんな、操られちゃってるのかなぁ」
待ち伏せしていたのは、『アパート』のスタッフたちだった。ゆっくり話し合ことが許されるような雰囲気ではなく、真意を確かめることは出来そうにない。
「操られ……そうよ、サイの読み間違いじゃないのかもしれない」
マリーは視線を薄暗がりの中へと上げた。それが何を示しているのか、皆にもすぐに分かる。あの、音楽だ。
「そう誘導されたのか、幻影みたいなものを見せられたのか――ショータローが独断で転移した場所も、十分向かうことが予測できる範囲じゃない?」
「そっか。この仮眠室、ほとんど使われてないもんね」
「確かに、僕も一度しか来たことないや」
初仕事で浮かれた直後にどん底を味わった日。薬草スープもここで初体験だったが、もうずいぶんと昔の事のような気さえする。
「じゃあ、庭に『コンダクター』埋めてきたのは正解だったっつーことか。だけど、これからどうすっか――」
才は苦い顔で唇を噛む。『コンダクター』で位置情報を取得される危険はなくなったとはいえ、もしアパート内をくまなく探しているのであれば、この部屋が見つかるのも時間の問題だろう。
曲の魔力は、時間が経てば経つほど自分たちを汚染していく。新たなルートを見つけられたとしても、それが安全である保証はない。
「わかんない――けど、とにかく、動かないと」
「動かないで」
立ち上がりかけた祥太郎を、理沙が静かに制す。
ただならぬ様子に皆、押し黙り、体をこわばらせる。
「……何かが近づいてくる気配がします」
彼女は
意識を研ぎ澄ませると、確かに何かが接近しているという感覚がわき起こる。しかし、はっきりとは見えてこない。
カーテンは閉じられている。ドアにある小窓から入る光も、不自然に動いているということはない。今のところ声が聞こえるということもなかった。
少なくとも、先ほどのようにスタッフが追いかけてくるのとは違っている。その気配からは、人の『重み』というものが感じられなかった。
――また、近づいた。
何かを確かめるようにゆっくりと、でも着実に近づいてくる。
(これって――)
理沙が思い、顔を上げた時。――すうと、暗闇から細い指が伸びた。