作戦開始 1
文字数 4,436文字
「はぁ……ようやく着いた。こんなに長く電車に乗ったのって久々な感じがするなぁ」
祥太郎 は、地面を踏みしめ大きくのびをする。都心から約2時間。近くには山が見え、空気の質が明らかに違う。狭いホームに人影は見当たらなかった。
「転移能力者は楽でいいよな。どこでもびゅーんと一瞬で行けてさ。うわ、寒っ」
うしろで眠そうにぼやいていた才 が、吹く風に首を縮こまらせる。マリーと理沙も続いて電車を降り、四人は話しながら改札へと向かった。
「僕は『アパート』に来るまでは『ミュート』着けてたから、普通に電車とか乗ってたぞ」
「ああ、そういやそうだっけか」
「今回もショータローにお願い出来たら楽だったのにね」
「でもこれはこれで、みんなで旅行って感じで楽しかったです!」
「リサはいつもポジティヴなの、本当に尊敬するわ」
マリーはそう言いながらロングコートの裾を整える。コートも下に着ている服も彼女にしてはカジュアルだ。他のメンバーはいつもと大差ない服装をしているが、それぞれ大きめの荷物を持っている。しかし今日は、皆で楽しく旅行――というわけではもちろんない。
ゼロが『アパート』を訪れてからおよそ三月。『大干渉 』を阻止する計画は進められていた。今回は彼のメモに記されていた人物と接触し、観察を行う任務である。
「でも僕が能力使うのはダメとしても、ある程度のとこまで先生に連れてきてもらえば早かったんじゃないかなぁ」
「そこらへんは念のためもあるな。どこで人に見られてるかもわかんねーし。心構えみたいなのも結構、未来に影響したりするからな。俺らはあくまで、非能力者のように振る舞う」
任務を行う際の注意点として『出来る限り周囲に計画や異能力者であることを知られないこと』というものがあった。才の推測通り、問い合わせてもそれ以上のことをゼロは語らなかったから、細部は『アパート』内の会議で決められた。
「なるほど。そういえばゼロさん探すときもその心構えとやらのためにひどい目にあったなぁ」
「そうね……」
「あたしは楽しかったですよ! 心構えって大事ですよね!」
才の返答に理沙 のテンションだけが上がる。マリーはそれを見てため息をついた。
「とにかく行きましょ。到着したらどんな場所なのか軽く見ておきたいし」
「おいしいお店とかあるかな? 楽しみ! 才さんが運転するんですよね?」
「お、おう。任しとけ」
それからレンタカーに乗って移動。目的地に到着した頃にはすっかり日が暮れていた。
「ようやく着きましたねー!」
今度は理沙が一番に車から降り、大きく伸びをする。それからゆっくりと深呼吸をした。
山間にある小さな町。人気スポットからは離れているものの温泉もあるとのことで、観光客らしき姿もちらほら見かける。
「うーん、空気がおいしい! 夕焼けがキレイ!」
「でもだいぶ寒くなってきたわね……サイの運転する車に初めて乗ったけれど、あまりにゆっくり進むから驚いたわ」
「俺様は安全運転が第一なの! こんな山道走ったことねーし。つーか祥太郎タクシーの偉大さを改めて思い知ったな」
「正直、僕自身も思い知ったよ――ううっ」
青い顔で最後に表へ出てきた祥太郎は、言葉の途中であわてて口を押さえる。
「山道でうねうねだし、なんかすごいゆっくり走るから酔った……」
「いやそれさっきも聞いたわ! 悪かったな運転ヘタで。それより、さっさと行こうぜ」
才は言って親指をくいっと前方へ向ける。その先には、古びた旅館が建っていた。
◇
「ゼロのメモにあった手がかりは、この町の名前以外だと……『神社、十代半ばから後半くらいの長い黒髪の女性』だな」
荷物を置いて一旦落ち着いたあと、四人は男二人が泊まる部屋へと集まる。才は手帳に書き留めた情報を皆に見せながら言った。祥太郎はそれにざっと目を通して腕を組む。
「情報少ないなぁ。事前に調べるのもダメなんだっけ? 一大事だし、国家権力で何とでもなりそうな気がするけど」
「個人情報とか関わってくると異能省 だけの話じゃなくなるしな。あくまで実動部隊である俺らがひっそり調べねーと」
「ひっそりって言っても、他所者が嗅ぎ回ってたらやっぱり怪しいわよね」
「そこはまあ、観光客だしうろつきたくなるってことで何とか」
「でもゼロさんが日付は当てにならないって言ってなかったっけ? 長引いたらどうすんの?」
「あれからまたチェックしてもらってるからな。対象日が近づけばそれだけ正確になる。長引いたとしてもせいぜい一週間ってとこだ」
「なるほどー。それなら旅行でもそんなに変じゃないか。それでターゲットを発見したら、その人が『ファントム』を発動する兆候がないかどうか見張る。何かあればマスターたちに報告……って感じ?」
「そうね。『ファントム』の兆候とやらがどんなものかはわからないけど、リサもサイもいるんだもの。ターゲットさえ見つけられれば異変は察知できるはず」
「まずは神社ですね!」
「えっと……ここからそんなに離れてないとこに一つあるね。歩いて10分くらいかな?」
祥太郎が早速スマホで調べると、才が肩をすくめる。
「ま、その程度は調べてこの宿取ったんだけどな。明日散歩がてら行ってみようぜ」
「とにかく今日はもうゆっくりしたいわ。詳しいことはまた明日打ち合わせしましょうよ」
「じゃあマリーちゃん、一緒に温泉入ろう! じゃあ、才さんと祥太郎さんはおやすみなさい!」
「リサ、今行くから引っ張らないで。二人はお疲れ様、また明日」
「おー、おやすみ」
慌ただしく出て行く二人をしばらく眺めたあと、才はすっと振り返る。
「祥太郎あきらめろ。ここは露天もないし構造上覗くのは無理だ」
「そうなんだ――って僕なんも言ってないよ!? っていうかそんなのまで調べたのか!?」
「……まぁそんなことはいいのさ。ところで祥太郎、理沙ちゃんとはどうなってんだ?」
「どうって?」
「なんか恋の進展はあったのかってことだよ!」
「いやいやそんなの何にもないよ!」
「はぁ!? おまえこの前好きになっちゃったみてーな話してただろ!」
「そんな言い方してないってば!」
「あのなー」
才は呆れたようにため息をつく。
「うだうだ言ってっから何にも進まねーんだぞ? 気になったらちゃっちゃと動く、玉砕したらあきらめて次だ」
「そんなこと言われても、別に好きとかそういうんじゃ」
「んじゃ、嫌いか?」
「そんなことは……って極端だなー」
「手ぇつないでドキドキしてただろ? 十分じゃねーか。理沙ちゃん可愛いし、いい子だし、仕事でもいい相棒じゃん」
「そりゃ、そうだけどさ……」
「ま、いーんだよ。後悔しないならな。それもおまえの人生だし。でもその気になったら相談しろよ? ダチとして応援してやっから! ――つーことで俺もひとっ風呂浴びてくる!」
才はそう言って、さっさと部屋を出ていってしまう。
ぽつんと残された祥太郎は、テーブルに置いたままですっかり冷めてしまったお茶を一口飲んだ。
◇
「結界なしで出歩くのなんて久しぶりだったから、なんだか落ち着かないわ。お洋服も髪も肌も埃っぽくなっちゃう」
「まあまあ、たまにはそういうのも大事だよ!」
温泉に浸かりながら、ぶつぶつと文句を言うマリー。その二の腕を背後から近づいた理沙が指先でつまんだ。
「マリーちゃんのお肌は十分キレイだし!」
「ちょ、ちょっとリサ!」
「ふふふっ、すべすべでもちもち!」
「もう……そうやってぷにぷにしないでくれる?」
「あはは、ごめんごめん! それにしても温泉気持ちいいねー!」
「そうね。思ってたよりずっと綺麗だったわ」
大浴場は旅館の外観や部屋に比べるとやけに新しかった。全体の広さはそれほどでもないが、打たせ湯やサウナなどもある。
「一昨年リニューアルしたばかりだからね」
急に声がしたので驚いてそちらを見ると、いつの間にか頭と胸、腰にタオルをぐるぐると巻いた少女が立っていた。
「びっくりした……サウナ室にいたのね。わたしたち以外誰もいないと思ってたから」
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど。ここのお湯、すごくお肌ツルツルになるし気持ちいいのに、お客さんあんまり来ないんだよねぇ。紅葉のシーズンはまだマシだけど、大体の人は隣町に行っちゃうの」
「ああ確かに交通の便が……って、ごめんなさい」
「気を使わなくても平気だよ。私ここの従業員でもないし」
「じゃあ泊まってるお客さんですか?」
理沙の問いに、少女は首を横へと振った。
「ううん、近くだから時々入らせてもらいに来てる。うちのお風呂古いから」
「そうなんですね! あたしたちはしばらくこの宿にいるんで、またご一緒しましょう!」
「ほんと? 嬉しい! よろしくね。私は美世 っていうの。二人は……もしかして芸能人、とか?」
「そんなー、違いますよー」
「そうなんだ。すごく可愛いし、どっかで見たことある気がして」
「あはははっ、嬉しいなぁ。あたしは理沙で、こっちはマリーちゃんです」
「どうぞよろしく。なんだかこんなところで変な感じ」
「ふふっ、確かに。でも裸の付き合いっていうか、こういうとこだから話しやすかったりってのもあるよ? 私は普段、あんまり人と話せないし……」
言葉を濁す美世に、マリーは尋ねる。
「どういうこと?」
「うーん、なんでだろ? おばあちゃんが厳しくてね。知らない人と関わるのを良く思ってなくて。学校の友だち関係もいちいち口出してくるから、みんな私と仲良くするのめんどくさくなっちゃったりとか」
「へぇ……美世さん、お祖母さんに大事にされてるんですね!」
「そうなのかな。でも高校生にもなって、そんなに心配しなくてもねぇ。こんな田舎町じゃ、変な事件も起きたりしないもん」
「確かに過保護かもしれない。でも何が起こるか分からないから、気をつけること自体は大切だと思うの。わたしはお祖母様とは疎遠だったけれど、会えなくなった今となっては、もっと話をしておけば良かったって思うことがあるわ」
「そっか……」
彼女は少し考えるようにしてから、うなずいた。
「そうだね。もっと話し合いが必要なのかも。ありがとう。私、おばあちゃんと二人暮らしだから、なかなか言い出しづらいってのもあって……私はそろそろ帰るけど、お二人はごゆっくり。また会えたらよろしくね」
「はい、美世さんまた!」
彼女の姿が消えてしばらく。マリーが小声で言う。
「ねぇリサ、あそこで撮られた動画は出回ってないのよね?」
「うん、『ブロット』だっけ? あの件もあったし、ちゃんと対処したってマスターが言ってたよ」
「ならいいけど。どこかで見たことあるなんて言われたからヒヤッとしたわ」
「たまたま見てたってことはあるかも? 美世さん誘って三人でステージ! とかどう? 楽しそう!」
「……本気でやめて」
「あはは、あたしもサウナ入ってくるね!」
美世が出ていってからは、また浴場は二人だけの貸切状態となった。
作戦開始の夜は、静かに更けていく。
「転移能力者は楽でいいよな。どこでもびゅーんと一瞬で行けてさ。うわ、寒っ」
うしろで眠そうにぼやいていた
「僕は『アパート』に来るまでは『ミュート』着けてたから、普通に電車とか乗ってたぞ」
「ああ、そういやそうだっけか」
「今回もショータローにお願い出来たら楽だったのにね」
「でもこれはこれで、みんなで旅行って感じで楽しかったです!」
「リサはいつもポジティヴなの、本当に尊敬するわ」
マリーはそう言いながらロングコートの裾を整える。コートも下に着ている服も彼女にしてはカジュアルだ。他のメンバーはいつもと大差ない服装をしているが、それぞれ大きめの荷物を持っている。しかし今日は、皆で楽しく旅行――というわけではもちろんない。
ゼロが『アパート』を訪れてからおよそ三月。『
「でも僕が能力使うのはダメとしても、ある程度のとこまで先生に連れてきてもらえば早かったんじゃないかなぁ」
「そこらへんは念のためもあるな。どこで人に見られてるかもわかんねーし。心構えみたいなのも結構、未来に影響したりするからな。俺らはあくまで、非能力者のように振る舞う」
任務を行う際の注意点として『出来る限り周囲に計画や異能力者であることを知られないこと』というものがあった。才の推測通り、問い合わせてもそれ以上のことをゼロは語らなかったから、細部は『アパート』内の会議で決められた。
「なるほど。そういえばゼロさん探すときもその心構えとやらのためにひどい目にあったなぁ」
「そうね……」
「あたしは楽しかったですよ! 心構えって大事ですよね!」
才の返答に
「とにかく行きましょ。到着したらどんな場所なのか軽く見ておきたいし」
「おいしいお店とかあるかな? 楽しみ! 才さんが運転するんですよね?」
「お、おう。任しとけ」
それからレンタカーに乗って移動。目的地に到着した頃にはすっかり日が暮れていた。
「ようやく着きましたねー!」
今度は理沙が一番に車から降り、大きく伸びをする。それからゆっくりと深呼吸をした。
山間にある小さな町。人気スポットからは離れているものの温泉もあるとのことで、観光客らしき姿もちらほら見かける。
「うーん、空気がおいしい! 夕焼けがキレイ!」
「でもだいぶ寒くなってきたわね……サイの運転する車に初めて乗ったけれど、あまりにゆっくり進むから驚いたわ」
「俺様は安全運転が第一なの! こんな山道走ったことねーし。つーか祥太郎タクシーの偉大さを改めて思い知ったな」
「正直、僕自身も思い知ったよ――ううっ」
青い顔で最後に表へ出てきた祥太郎は、言葉の途中であわてて口を押さえる。
「山道でうねうねだし、なんかすごいゆっくり走るから酔った……」
「いやそれさっきも聞いたわ! 悪かったな運転ヘタで。それより、さっさと行こうぜ」
才は言って親指をくいっと前方へ向ける。その先には、古びた旅館が建っていた。
◇
「ゼロのメモにあった手がかりは、この町の名前以外だと……『神社、十代半ばから後半くらいの長い黒髪の女性』だな」
荷物を置いて一旦落ち着いたあと、四人は男二人が泊まる部屋へと集まる。才は手帳に書き留めた情報を皆に見せながら言った。祥太郎はそれにざっと目を通して腕を組む。
「情報少ないなぁ。事前に調べるのもダメなんだっけ? 一大事だし、国家権力で何とでもなりそうな気がするけど」
「個人情報とか関わってくると
「ひっそりって言っても、他所者が嗅ぎ回ってたらやっぱり怪しいわよね」
「そこはまあ、観光客だしうろつきたくなるってことで何とか」
「でもゼロさんが日付は当てにならないって言ってなかったっけ? 長引いたらどうすんの?」
「あれからまたチェックしてもらってるからな。対象日が近づけばそれだけ正確になる。長引いたとしてもせいぜい一週間ってとこだ」
「なるほどー。それなら旅行でもそんなに変じゃないか。それでターゲットを発見したら、その人が『ファントム』を発動する兆候がないかどうか見張る。何かあればマスターたちに報告……って感じ?」
「そうね。『ファントム』の兆候とやらがどんなものかはわからないけど、リサもサイもいるんだもの。ターゲットさえ見つけられれば異変は察知できるはず」
「まずは神社ですね!」
「えっと……ここからそんなに離れてないとこに一つあるね。歩いて10分くらいかな?」
祥太郎が早速スマホで調べると、才が肩をすくめる。
「ま、その程度は調べてこの宿取ったんだけどな。明日散歩がてら行ってみようぜ」
「とにかく今日はもうゆっくりしたいわ。詳しいことはまた明日打ち合わせしましょうよ」
「じゃあマリーちゃん、一緒に温泉入ろう! じゃあ、才さんと祥太郎さんはおやすみなさい!」
「リサ、今行くから引っ張らないで。二人はお疲れ様、また明日」
「おー、おやすみ」
慌ただしく出て行く二人をしばらく眺めたあと、才はすっと振り返る。
「祥太郎あきらめろ。ここは露天もないし構造上覗くのは無理だ」
「そうなんだ――って僕なんも言ってないよ!? っていうかそんなのまで調べたのか!?」
「……まぁそんなことはいいのさ。ところで祥太郎、理沙ちゃんとはどうなってんだ?」
「どうって?」
「なんか恋の進展はあったのかってことだよ!」
「いやいやそんなの何にもないよ!」
「はぁ!? おまえこの前好きになっちゃったみてーな話してただろ!」
「そんな言い方してないってば!」
「あのなー」
才は呆れたようにため息をつく。
「うだうだ言ってっから何にも進まねーんだぞ? 気になったらちゃっちゃと動く、玉砕したらあきらめて次だ」
「そんなこと言われても、別に好きとかそういうんじゃ」
「んじゃ、嫌いか?」
「そんなことは……って極端だなー」
「手ぇつないでドキドキしてただろ? 十分じゃねーか。理沙ちゃん可愛いし、いい子だし、仕事でもいい相棒じゃん」
「そりゃ、そうだけどさ……」
「ま、いーんだよ。後悔しないならな。それもおまえの人生だし。でもその気になったら相談しろよ? ダチとして応援してやっから! ――つーことで俺もひとっ風呂浴びてくる!」
才はそう言って、さっさと部屋を出ていってしまう。
ぽつんと残された祥太郎は、テーブルに置いたままですっかり冷めてしまったお茶を一口飲んだ。
◇
「結界なしで出歩くのなんて久しぶりだったから、なんだか落ち着かないわ。お洋服も髪も肌も埃っぽくなっちゃう」
「まあまあ、たまにはそういうのも大事だよ!」
温泉に浸かりながら、ぶつぶつと文句を言うマリー。その二の腕を背後から近づいた理沙が指先でつまんだ。
「マリーちゃんのお肌は十分キレイだし!」
「ちょ、ちょっとリサ!」
「ふふふっ、すべすべでもちもち!」
「もう……そうやってぷにぷにしないでくれる?」
「あはは、ごめんごめん! それにしても温泉気持ちいいねー!」
「そうね。思ってたよりずっと綺麗だったわ」
大浴場は旅館の外観や部屋に比べるとやけに新しかった。全体の広さはそれほどでもないが、打たせ湯やサウナなどもある。
「一昨年リニューアルしたばかりだからね」
急に声がしたので驚いてそちらを見ると、いつの間にか頭と胸、腰にタオルをぐるぐると巻いた少女が立っていた。
「びっくりした……サウナ室にいたのね。わたしたち以外誰もいないと思ってたから」
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど。ここのお湯、すごくお肌ツルツルになるし気持ちいいのに、お客さんあんまり来ないんだよねぇ。紅葉のシーズンはまだマシだけど、大体の人は隣町に行っちゃうの」
「ああ確かに交通の便が……って、ごめんなさい」
「気を使わなくても平気だよ。私ここの従業員でもないし」
「じゃあ泊まってるお客さんですか?」
理沙の問いに、少女は首を横へと振った。
「ううん、近くだから時々入らせてもらいに来てる。うちのお風呂古いから」
「そうなんですね! あたしたちはしばらくこの宿にいるんで、またご一緒しましょう!」
「ほんと? 嬉しい! よろしくね。私は
「そんなー、違いますよー」
「そうなんだ。すごく可愛いし、どっかで見たことある気がして」
「あはははっ、嬉しいなぁ。あたしは理沙で、こっちはマリーちゃんです」
「どうぞよろしく。なんだかこんなところで変な感じ」
「ふふっ、確かに。でも裸の付き合いっていうか、こういうとこだから話しやすかったりってのもあるよ? 私は普段、あんまり人と話せないし……」
言葉を濁す美世に、マリーは尋ねる。
「どういうこと?」
「うーん、なんでだろ? おばあちゃんが厳しくてね。知らない人と関わるのを良く思ってなくて。学校の友だち関係もいちいち口出してくるから、みんな私と仲良くするのめんどくさくなっちゃったりとか」
「へぇ……美世さん、お祖母さんに大事にされてるんですね!」
「そうなのかな。でも高校生にもなって、そんなに心配しなくてもねぇ。こんな田舎町じゃ、変な事件も起きたりしないもん」
「確かに過保護かもしれない。でも何が起こるか分からないから、気をつけること自体は大切だと思うの。わたしはお祖母様とは疎遠だったけれど、会えなくなった今となっては、もっと話をしておけば良かったって思うことがあるわ」
「そっか……」
彼女は少し考えるようにしてから、うなずいた。
「そうだね。もっと話し合いが必要なのかも。ありがとう。私、おばあちゃんと二人暮らしだから、なかなか言い出しづらいってのもあって……私はそろそろ帰るけど、お二人はごゆっくり。また会えたらよろしくね」
「はい、美世さんまた!」
彼女の姿が消えてしばらく。マリーが小声で言う。
「ねぇリサ、あそこで撮られた動画は出回ってないのよね?」
「うん、『ブロット』だっけ? あの件もあったし、ちゃんと対処したってマスターが言ってたよ」
「ならいいけど。どこかで見たことあるなんて言われたからヒヤッとしたわ」
「たまたま見てたってことはあるかも? 美世さん誘って三人でステージ! とかどう? 楽しそう!」
「……本気でやめて」
「あはは、あたしもサウナ入ってくるね!」
美世が出ていってからは、また浴場は二人だけの貸切状態となった。
作戦開始の夜は、静かに更けていく。