召喚術師と召渾士 3
文字数 3,346文字
「ここが、ナレージャさんのお部屋ですよ」
「わぁ、すてき! ほんとにここ、使わせてもらえるんですか!?」
理沙 がドアを開けて中へと案内すると、ナレージャは目を輝かせながら周囲を見回した。
「はい。しばらくは居てもらうことになりそうですし」
「そういえば最初はこんなだったわね」
マリーもその後に続きながら、自身が『アパート』の一員となった日を思い出す。
今はそれぞれの好みが反映されているが、元はここのように、白を基調としたシンプルな部屋だった。
「ねー。自分の部屋に慣れてると、逆に新鮮っていうか」
「リサの部屋は、和室とジムが共存してるものね……」
「すごい! 広い! ベッドもふかふかです!」
二人が話している間に、ナレージャの姿は寝室へと消えている。
「でも、私の荷物、これだけしかないんですよね……」
彼女はさみしげに言って、古びたショルダーバッグと杖を、ベッドの上へぽふっと置いた。
「とにかく、明日から本格的に帰る方法を探しましょう! あたしたちも頑張りますから!」
あの後、ナレージャとカリニにも改めて話を聞いたのだが特に情報は増えず、皆の疲労も考え、今日は早めに切り上げることとなった。
「そうそう、わたしたちもある意味、異世界に関するプロフェッショナルだから」
「巻き込まれるって感じが多いけどねー」
「リサ、それは言わない約束でしょ」
「えへへ。でもきっと……ナレージャさん?」
「……寝ちゃったみたいね」
自然と小声になる。理沙がそっと布団をかけてやると、ナレージャは嬉しそうに笑ってから寝返りを打った。
「ナレージャさん、楽しい夢を見てるのかな」
見守る二人も笑顔を浮かべ、それから静かに部屋を出る。
◇
「俺もナレージャちゃんを案内する方に行きたかったなー」
頭の後ろで手を組み、つまらなそうに歩きながら、才 は愚痴 った。
「僕も同意見だけど、やっぱり流れ的に無理があると思う」
祥太郎 はスマホをいじりつつ、やや斜め後方を進む。
そしてその後を、腕を組んだカリニが謎の威圧感 を放ちながらついてきていた。才は唐突 に振り返ると、ぴっと指を突き付ける。
「お前もせめて何かしゃべれよ!」
「ふっ。我の言葉は」
「やっぱいい。内容ねーし」
「仕方ないんじゃないかなぁ。記憶ないみたいだから」
「いや記憶なくてもさ、何かあんじゃん? お世話になりますとか、ナレージャたんごめんとかさ。何でコイツこんな無駄に態度でけーの?」
するとカリニは才をじっと見た後、ふっと目を逸らした。
「……召喚の件に関して、我も責任を感じないではない。これから世話になるが、よろしく頼む」
「急にデレるのもやめろ!」
「才は才でワガママだなぁ」
「祥太郎、お前は前を見て歩け。そっちカベだから」
そんなことをしてる間にも、目的の部屋が見えてくる。
「んじゃ、俺らはこんなとこで。明日は10時にミーティングルームに集合な」
「10時か……」
「何でお前が不安そうなんだよ祥太郎」
「だってさー」
「では、明日だな」
カリニは会話を断ち切るように言って、ドアをパタンと締める。思わず上げた手が行き場をなくし、才は仕方なく頭の後ろをかいた。
「愛想 ねーなぁ。記憶なくす前は、もっとにこやかだったとかあんのかね」
肩をすくめ歩き出した彼に、祥太郎もついていく。
「どうなんだろうなぁ。でも何となく、育ちがよさそうな感じはするけど」
「はぁ? どこ見たらそういう感想が出てくんだよ?」
「例えば……ケーキの時とか?」
「ケーキ?」
「くっ、あのモンブランはやっぱ惜しかった――それはともかく、ナレージャを元の世界に帰す方法、何かあんの? 今日の話だけじゃよくわかんないってのは確かにあるけどさ」
「それをこれから考えようってんだろ」
「マジでシミュレーターのせいとかじゃないよね?」
「ばっ――キミまでそんなこと言うのかなぁ祥太郎君。嫌だなー」
「帰す方法はまだわからないけれど、ナレージャの『魔王』が止まった理由なら、ちょっと思い当たることがあるかも」
突然割って入った声に顔を向けると、そこにはマリーと理沙の姿があった。
「カリニさん、無事に部屋に着きました?」
「ああ着いた着いた。相変わらずくっそふてぶてしーの。んで、マリーちゃん。その理由っつーのは?」
「また明日話すわ。どちみち試してみないとわからないし、今日はもう疲れちゃったから」
「遠子さんを呼び戻す方法を探るつもりが、何でこんなめんどくさいことになっちゃったんだろうなぁ」
「それはアレよ」
ぼやく祥太郎に、マリーは大きなため息をつく。
「わたしたち、巻き込まれるプロフェッショナルだもの」
◇
翌日。
10時になる少し前には、ミーティングルームにほぼ全員が集まっていた。直接部屋の中へ転移して来た祥太郎が、眠い目をこすりながらあたりを見回す。
「……あれ? マリーは?」
いつものメンバーに加え、カリニもナレージャも揃 っているのに、マリーの姿は見当たらない。
「ああ、マリー君ならテストルームにいるよ。朝から準備をしてくれていてね」
「準備、ですか」
「そーそー。ギリギリまで寝てる祥太郎くんとは違うのだよ」
「ぐうっ……」
嫌味たっぷりに言われるが、言い返せない。才自身も、ここに来るまでに色々と仕事をしてきているのが見て取れた。
「まあそう言わずに。適材適所だからね」
マスターはいつものように穏やかに言ってから、祥太郎へと向き直る。
「では祥太郎君にも仕事を頼もうかな。皆をテストルームへ」
「あ、了解です」
「きゃぁぁぁっ! ――え? え? どういうことですか? 移動したんですか?」
気がつけば、目の前にはテストルームの扉。ナレージャは軽いパニックに陥り、カリニは目を丸くしている。
「いきなり転移すんじゃねーよバカ太郎! 慣れててもビビるわ」
「ああごめん。つい」
「マリー君。今テストルームの前だが、大丈夫かな?」
マスターが『コンダクター』で呼びかけると、しばらくして返答があった。
『ええ、どうぞ。お入りになって』
扉を開けると、だだっ広いテストルームには何本もの光の柱が立っていた。床から天井すれすれまで伸びた巨大なそれは、部屋の中央を囲むようにして円形に並んでいる。
「す……すごい! 何ですかこれ?」
またも真っ先に声をあげたのはナレージャ。
続いてリアクションしたのは、理沙だった。
「あれ? 師匠もいる!」
「理沙ー! 元気そうで何より」
「昨日も会ったばっかりですよ師匠。それより、帰ったんじゃなかったんですか?」
「んー。私もそのつもりだったんだけど、今日も手伝って欲しいことがあるからってマスターさんに言われて泊っていったんだ。家のことも心配だから、シロには先に帰ってもらったけどね」
「もしかして僕、外部の人間より仕事してない……?」
「適材適所と言ったろう? あとでちゃんと働いてもらうから、あまり気にしなくていい」
マスターは、ぶつぶつ言う祥太郎の背中を軽く叩くと、マリーへと呼びかける。
「もう結界は、ほぼ完成かな?」
「ええ、9割方。あとは起動させて、マスターに調整してもらえれば」
「大がかりな結界だから、大変だったろう。ご苦労様」
「確かに少し疲れましたけど、ウリョウも手伝ってくださいましたから」
「ううっ……私がこんなに人から必要とされる時が来るなんて……! 生きてて良かった……!」
「そんなことないですよ師匠! あたしには師匠が必要です!」
「理沙ー!」
「師匠ー!」
そうして手を取り合い、涙を流す二人。
「……まぁ暑苦しい師弟はとりあえず放っておくとして、そろそろ始めましょうか」
マリーは呆れたように言ってから、ナレージャへと向き直った。
「ではナレージャ。――こちらへ来て、『魔王』を呼び出してみせて」
「わぁ、すてき! ほんとにここ、使わせてもらえるんですか!?」
「はい。しばらくは居てもらうことになりそうですし」
「そういえば最初はこんなだったわね」
マリーもその後に続きながら、自身が『アパート』の一員となった日を思い出す。
今はそれぞれの好みが反映されているが、元はここのように、白を基調としたシンプルな部屋だった。
「ねー。自分の部屋に慣れてると、逆に新鮮っていうか」
「リサの部屋は、和室とジムが共存してるものね……」
「すごい! 広い! ベッドもふかふかです!」
二人が話している間に、ナレージャの姿は寝室へと消えている。
「でも、私の荷物、これだけしかないんですよね……」
彼女はさみしげに言って、古びたショルダーバッグと杖を、ベッドの上へぽふっと置いた。
「とにかく、明日から本格的に帰る方法を探しましょう! あたしたちも頑張りますから!」
あの後、ナレージャとカリニにも改めて話を聞いたのだが特に情報は増えず、皆の疲労も考え、今日は早めに切り上げることとなった。
「そうそう、わたしたちもある意味、異世界に関するプロフェッショナルだから」
「巻き込まれるって感じが多いけどねー」
「リサ、それは言わない約束でしょ」
「えへへ。でもきっと……ナレージャさん?」
「……寝ちゃったみたいね」
自然と小声になる。理沙がそっと布団をかけてやると、ナレージャは嬉しそうに笑ってから寝返りを打った。
「ナレージャさん、楽しい夢を見てるのかな」
見守る二人も笑顔を浮かべ、それから静かに部屋を出る。
◇
「俺もナレージャちゃんを案内する方に行きたかったなー」
頭の後ろで手を組み、つまらなそうに歩きながら、
「僕も同意見だけど、やっぱり流れ的に無理があると思う」
そしてその後を、腕を組んだカリニが謎の
「お前もせめて何かしゃべれよ!」
「ふっ。我の言葉は」
「やっぱいい。内容ねーし」
「仕方ないんじゃないかなぁ。記憶ないみたいだから」
「いや記憶なくてもさ、何かあんじゃん? お世話になりますとか、ナレージャたんごめんとかさ。何でコイツこんな無駄に態度でけーの?」
するとカリニは才をじっと見た後、ふっと目を逸らした。
「……召喚の件に関して、我も責任を感じないではない。これから世話になるが、よろしく頼む」
「急にデレるのもやめろ!」
「才は才でワガママだなぁ」
「祥太郎、お前は前を見て歩け。そっちカベだから」
そんなことをしてる間にも、目的の部屋が見えてくる。
「んじゃ、俺らはこんなとこで。明日は10時にミーティングルームに集合な」
「10時か……」
「何でお前が不安そうなんだよ祥太郎」
「だってさー」
「では、明日だな」
カリニは会話を断ち切るように言って、ドアをパタンと締める。思わず上げた手が行き場をなくし、才は仕方なく頭の後ろをかいた。
「
肩をすくめ歩き出した彼に、祥太郎もついていく。
「どうなんだろうなぁ。でも何となく、育ちがよさそうな感じはするけど」
「はぁ? どこ見たらそういう感想が出てくんだよ?」
「例えば……ケーキの時とか?」
「ケーキ?」
「くっ、あのモンブランはやっぱ惜しかった――それはともかく、ナレージャを元の世界に帰す方法、何かあんの? 今日の話だけじゃよくわかんないってのは確かにあるけどさ」
「それをこれから考えようってんだろ」
「マジでシミュレーターのせいとかじゃないよね?」
「ばっ――キミまでそんなこと言うのかなぁ祥太郎君。嫌だなー」
「帰す方法はまだわからないけれど、ナレージャの『魔王』が止まった理由なら、ちょっと思い当たることがあるかも」
突然割って入った声に顔を向けると、そこにはマリーと理沙の姿があった。
「カリニさん、無事に部屋に着きました?」
「ああ着いた着いた。相変わらずくっそふてぶてしーの。んで、マリーちゃん。その理由っつーのは?」
「また明日話すわ。どちみち試してみないとわからないし、今日はもう疲れちゃったから」
「遠子さんを呼び戻す方法を探るつもりが、何でこんなめんどくさいことになっちゃったんだろうなぁ」
「それはアレよ」
ぼやく祥太郎に、マリーは大きなため息をつく。
「わたしたち、巻き込まれるプロフェッショナルだもの」
◇
翌日。
10時になる少し前には、ミーティングルームにほぼ全員が集まっていた。直接部屋の中へ転移して来た祥太郎が、眠い目をこすりながらあたりを見回す。
「……あれ? マリーは?」
いつものメンバーに加え、カリニもナレージャも
「ああ、マリー君ならテストルームにいるよ。朝から準備をしてくれていてね」
「準備、ですか」
「そーそー。ギリギリまで寝てる祥太郎くんとは違うのだよ」
「ぐうっ……」
嫌味たっぷりに言われるが、言い返せない。才自身も、ここに来るまでに色々と仕事をしてきているのが見て取れた。
「まあそう言わずに。適材適所だからね」
マスターはいつものように穏やかに言ってから、祥太郎へと向き直る。
「では祥太郎君にも仕事を頼もうかな。皆をテストルームへ」
「あ、了解です」
「きゃぁぁぁっ! ――え? え? どういうことですか? 移動したんですか?」
気がつけば、目の前にはテストルームの扉。ナレージャは軽いパニックに陥り、カリニは目を丸くしている。
「いきなり転移すんじゃねーよバカ太郎! 慣れててもビビるわ」
「ああごめん。つい」
「マリー君。今テストルームの前だが、大丈夫かな?」
マスターが『コンダクター』で呼びかけると、しばらくして返答があった。
『ええ、どうぞ。お入りになって』
扉を開けると、だだっ広いテストルームには何本もの光の柱が立っていた。床から天井すれすれまで伸びた巨大なそれは、部屋の中央を囲むようにして円形に並んでいる。
「す……すごい! 何ですかこれ?」
またも真っ先に声をあげたのはナレージャ。
続いてリアクションしたのは、理沙だった。
「あれ? 師匠もいる!」
「理沙ー! 元気そうで何より」
「昨日も会ったばっかりですよ師匠。それより、帰ったんじゃなかったんですか?」
「んー。私もそのつもりだったんだけど、今日も手伝って欲しいことがあるからってマスターさんに言われて泊っていったんだ。家のことも心配だから、シロには先に帰ってもらったけどね」
「もしかして僕、外部の人間より仕事してない……?」
「適材適所と言ったろう? あとでちゃんと働いてもらうから、あまり気にしなくていい」
マスターは、ぶつぶつ言う祥太郎の背中を軽く叩くと、マリーへと呼びかける。
「もう結界は、ほぼ完成かな?」
「ええ、9割方。あとは起動させて、マスターに調整してもらえれば」
「大がかりな結界だから、大変だったろう。ご苦労様」
「確かに少し疲れましたけど、ウリョウも手伝ってくださいましたから」
「ううっ……私がこんなに人から必要とされる時が来るなんて……! 生きてて良かった……!」
「そんなことないですよ師匠! あたしには師匠が必要です!」
「理沙ー!」
「師匠ー!」
そうして手を取り合い、涙を流す二人。
「……まぁ暑苦しい師弟はとりあえず放っておくとして、そろそろ始めましょうか」
マリーは呆れたように言ってから、ナレージャへと向き直った。
「ではナレージャ。――こちらへ来て、『魔王』を呼び出してみせて」