迷宮ショッピング 5
文字数 2,979文字
◇
「どこまで行っても似たような景色ねぇ……せっかくのショッピングなのにお店もないし」
「たぶん、あのメイロとおんなじシカケなんだっピ。だから迷うんだっピ」
のんびりとした口調とは裏腹に、
彼女の持つショッピングバッグの中に入り、頭と手だけを出した
「棒人間ちゃん、みんなが居るところってわからない?」
「……うーん、シカケはわかっても、道はわかんないんだっピ。フクザツなんだっピ。うにょうにょだっピ」
「そうなの、残念。――あの帽子の持ち主も、ここへと来てるのよね。悲鳴をあげたのは、きっと私たちと同じような目に遭って驚いたから。でも、何の目的でこんなことをするのかしら。能力者……だからとか?」
「みんなを弱っちくして、イジメるつもりかもしれないっピ!」
その言葉を聞いて、遠子は少し考える。そしておもむろに手を開くと、じっと見つめた。
「……魔力が極端に弱くなってる」
「もしかしたら、気づいてなかったっピ? ごめんっピ。教えてあげればよかったっピ」
「ううん、私も聞かなかったから。――でも、弱体化はされてても、封印じゃないのね。私はそもそも今は魔力が弱くなってるから封じ込めるのも難しくはないと思うのだけど。これだけ大掛かりな仕掛けをしているのだし。これも棒人間界の不思議パワーのせい?」
「デュフフ。ボウニンゲンカイのフシギパワーって面白いっピ。でもー、これっぽい感じは、シンジュクでも普通にあったっピよ?」
「新宿? 『アパート』じゃなく?」
その時。
どこかでガシャン、と大きな物音がした。
「なんかガシャンって言ったっピ! きっとししょーたちだっピ!」
「そうね、急ぎましょう。――その前に、棒人間ちゃんに相談があるの」
◆
それは道の先、建物の陰からぬっと現れた。
高さは二メートルくらいだろうか。赤くうねうねと動く複数の脚の上にある球状のフォルム。突起に、つぶらな目。それはどう見ても――タコを模した機械だった。
「――アフォだ」
才が硬い声でつぶやく。
「アホって?」
「違いますよ
「え? 踊り食い?」
「『
「いやアフォって……というか何故にタコ……?」
「わたしはあまり詳しくないけれど、魔法や超能力といった『おとぎの国の力』を喰らいつくす悪魔っていうコンセプトで作られたと聞いたわ」
「ああ。実際、あのフォルムは攻撃を効率的に受け流すのに役立つし、八本の脚はあらゆる方面に対処可能。高い跳躍力に加え足場の悪い場所でも張り付くことが出来、さらに吐き出されるスミは――」
「
「……何ですか、祥太郎君」
「つまりさ。いま僕ら、ヤバいってことだよね?」
祥太郎に言われ、改めてそちらを見る。
その間にも次々とタコ型ロボットは現れ、ガシャンガシャンと音を立てながら、道を埋め尽くしていった。
「正解。すっげーヤバい」
「逃げましょう!」
「さっき細い道があったはずです! とりあえずそこに逃げ込みましょう!」
彼女は背後を気にしながら先頭を行く。AFOが道を塞ぐような形で現れたため、いったん引き返すしかない。
しばらく走り、記憶通り路地を見つけると、そのままそちらへと入り、奥へと進んだ。
路地の中は多少狭く、薄暗いことをのぞけば、表通りと変わりのない綺麗さだった。ゴミひとつ落ちてはいない。
「やっぱり変な街だわ。何のために作られたのかしら。AFOまでうろうろしてるなんて」
「才はさっき外国の街かもって言ってなかったっけ?」
「そりゃま、その可能性もあるけどよ。どっちにしろマトモな場所じゃねーのは確かだろ」
「今のところ、追いつかれてないみたいですね。あのタコさんの大きさだと一度には入って来れないと思いますけど、今のうちに対策を立てておかないと。どっかの軍隊でも使われてるんですよね? 確か」
「は? 軍隊ってマジで?」
「それがマジなんだな。まーでもあれだけの数のアフォ動かせるんなら、改良型の転送装置くらい入手してても納得っちゃ納得ではあるんだが」
「そんな納得されても、僕にはどんどん話のヤバさが増してるようにしか聞こえないんだけど――っ!?」
自分の腕をさすりながら振り返った祥太郎の顔がこわばる。路地の入口に、あのタコの姿が見えたからだ。のぞき込むつぶらな瞳が不気味に光った気がした。
「落ち着け祥太郎。アフォは対異能者用に作られてっから、能力使わなきゃ標的にはならねーはずだ」
「そうね。落ち着いて進みましょう。どこか入れる家があったら、そこでやり過ごさせてもらうのも良いかもしれないわ」
「だけど、今、こっち見て――」
「大丈夫です祥太郎さん。上手く通り過ぎてくれたみたいです」
理沙に言われてもう一度入口を見ると、AFOの姿は消えている。
「良かった……」
「良くはねーぞ。何とかしなきゃなんねーのは同じだからな」
「遠子さんも探さないといけないですしね」
「この街自体が結界のようになっているのだとしたら、早く抜け出したいところだわ。今のままじゃどうにも――きゃっ」
言葉の途中で突然マリーが小さく悲鳴をあげ、足を止めた。その先にべちゃりと落ちたのは、黒く、どろりとした液体。皆、いっせいに上を見た。
青で統一された屋根に張り付いているのは、いくつもの赤い物体――あらゆる方面に対処可能で、高い跳躍力に加え足場の悪い場所でも張り付くことが出来る八本の脚。
「……なぁ才。スミは、なんだったっけ?」
「ああ。能力者を捕獲するために――」
そして四方八方から、黒い霧が生まれる。視界は夜のように暗くなり、それとともに強烈な眠気が襲ってきた。
自分の体が倒れ込むのを、どこか他人事のように眺めている自分がいる。石畳に体が触れるのがわかったが、痛みを感じることもない。
意識が暗転する直前、鐘の音が聞こえた気がした。
◇
「気がつかれましたか?」
目を開けて、声のした方を見る。そこには微笑む女がいた。
意識がはっきりしてくるにつれ、自分がベッドに寝かされているのだということが分かった。ふわふわで心地よく、いつも自室で使っているものよりも、ずっと上等なのが分かる。
「よかったらお水をお飲みください」
言って、綺麗な陶器のコップを手渡された。一瞬不安がよぎったが、結局は口にする。少しだけ、柑橘のよい香りがした。
小さな白い部屋の中には、水色のドレスを着た彼女以外見当たらない。
「あの……」
「聖女様がお会いになるそうです。準備が出来ましたら、こちらへいらしてください」
彼女はさえぎるように言うと、祥太郎を一人残し、静かに部屋を出ていった。