調和の聖女 4
文字数 3,512文字
「危険って……才 さんも言ってましたけど、祥太郎 さんは悪い人じゃないですよ?」
「では、これを見てどう思うのです?」
無垢 の魔女 は、祥太郎に見せたのと同じ映像を再生した。それを見て才は、あわてて何度も手を振る。
「いやいやこれは違くて、その……ちょっと俺が驚かせちまったからっつーか」
「この『調和 の聖女 』の領地で、むやみに人に向かって能力を使うことはゆるされないのです」
「だからー! 悪気があったわけじゃねーし。ダチの悪ふざけみてーなもんじゃんか」
「悪ふざけなら、まだマシというものです」
「は?」
「あなたがたが居たショッピングモールは、簡単に言えば罠なのです」
彼女は大きくため息をつくと、先ほど用意した椅子へちょこんと腰を掛けた。
「あなたがたも通ったと思いますが、ある程度の異能の力を感知すると、特別な道に迷い込むように設計されているのです。使っちゃいけないと言われてるのに、能力を使っちゃうような人は、ダメなのです。そういうダメ能力者を誘い込む罠なのです」
「能力者ホイホイ……」
ぽつりと言った理沙の言葉は無視される。
「そして転送されてきた者を『審判の町』で調査するのです」
「あのアフォがいた街か。しかし何でそんなメンドーなことを……」
「あの町の管理は自動でなされているのですから、面倒ではないのです。ご存知のように『ミュート』もすべての異能者をカバーできるわけではありませんし、能力を悪用しようとする者は、あちこちに潜んでいるのです。一般の人々がたくさんいるところを狙って悪さをするような者もいますから、誘い込んで捕まえるのと、安全の確保と、一緒に出来て効率的なのです」
「ちょっと待って」
そこで、話を聞きながら考えを巡らせていたマリーが声をあげた。
「あの時――ショッピングモールに居た時。わたしたちの誰も、能力を使ってないわ。なら何故、あのループする道に迷い込んでしまったの?」
「祥太郎なのです」
魔女は、再びその名を口にする。
「祥太郎は、
一瞬の沈黙。才は頭のうしろを掻いてうなった。
「けど……そりゃ、最初の頃は暴走もあったが、あいつはちゃんと能力使いこなせてたぜ? 今回のことだって、ちょっとした気のゆるみってだけで」
「あなたがたは、それでも大丈夫なのです」
「だから祥太郎だって――」
「どうやら、理解できてないようなのですね。あなたがたの周囲には、お手本となる異能者がいて、まだ才能が未熟な頃から訓練を受けているのです。ですから、うっかりしちゃっても、無意識のうちにブレーキをかけられます。でも、祥太郎は強い能力を導いてくれる先生もおらず、職場でも特に訓練を受けてきたわけではないのです。子供が感覚だけで車を運転しているようなものです。びっくりしちゃった程度で、大事故になりかねないのです」
「じゃあ、調和の聖女――魔女さん? が、祥太郎さんの訓練をしてくれるってことですか?」
「そんなことあるわけないのです。わたくしは転移能力者でもないですし、祥太郎ひとりにかかりきりになるわけにもいかないのです。しかも、彼の力は未熟な制御能力に比べて大きくなりすぎました。今はもう、ギリギリのバランスと言えるのです」
「それなら、祥太郎くんをどうするつもり?」
「排除します」
今度はやや長い沈黙。
その幼子のような見た目と、意外な話しやすさにすっかり気が緩んでいた一同は、再び冷えた空気に背筋を凍らせた。
「……それは、殺すということ?」
遠子が重ねて尋ねる。無垢の魔女は手を顔の前で合わせ、首を傾けた。
「まだ考え中なのです。今はとりあえず、この中に入ってもらっているのです」
そういって彼女は祭服の胸元で揺れるペンダントを持ち上げてみせる。
金の輪の中に収まるオパールのような石には皆、見覚えがあった。
「渾櫂石 ! なんで魔女さんが持ってるんですか? それは、あたしたちしか――あっ、もしかしたら、あの後アーヴァーに行ったとか?」
「……違うわ、リサ。ザラだって渾櫂石をもらったのよ。異界派遣のことだってアパートの仲間やマスターに報告するはず。あそこにはセリナも居るんだもの。ここと繋がってたっておかしくないわ」
「なかなか察しが良いのです。神楽坂 だけではなく、三剣 の者と連絡を取ることだってあるのです。でも、わたくしが表に出たがらないのはみんな知っていることですので、姿を見せることは滅多にないのです。もちろん、そんなことがあっても、みんなが見るのは『聖女様』ですが。魔女は嫌われ者だから、仕方がないのです」
「けど、そうじゃない人たちもいるわ。ここのみんなもそう。……磋和国 の人たちだって、そうだった。私を魔女と知っても良くしてくれた。だから私も、薬を作って恩返しをしたの」
「なるほど。あなたが、『雨蛙 の魔女 』なのですね」
無垢の魔女は言って、遠子を見る。
「人間と親しくしている魔女がいると聞いて、仲間に入ってもらおうと思っていたのです。いつの間にか姿を消していたようですが」
「私も、無垢の魔女が、争いのない世界にするための礎を作ろうとしていると風のうわさに聞いていたわ。結局、詳しいことを知る前に襲撃にあって、そのまま眠ってしまったのだけれど。――目覚めた時、磋和国は私が滅ぼしたことになっていた。悲しかったし、悔しかった。だから私は今度こそ、大切な人を守りたいの」
遠子は視線を逸らすようにして、声をあげた。
「棒人間ちゃん!」
「アイアイサー! だっピ!」
「あっ」
皆が話している間、こっそり背後へと回っていた棒人間が、ペンダントを引きちぎるようにして奪い去る。
あわてて周囲の力を無効化しても、床に這いつくばる仲間のもとへと、棒人間は難なく戻っていった。
「その謎生物は何なのです? チートなのです。ズルなのです!」
「ぐぎぎ……お前だってチートみたいなもんだろ!?」
「ベーっ、だっピ! チートってよく知らないけど、とにかくししょーの言う通りなんだっピ! ボクのことをすっかり忘れて、ムシするのが悪いんだっピ! 祥太郎さんさんは返してもらったっピ!」
「あなたがたは……どうしようもないのです」
魔女のため息とともに、皆にかかっていた圧がゆるむ。
「祥太郎を取り戻して、どうなるのです。今から特訓をして、急いで能力の使い方を叩き込むのですか? 誰がそんなことをできるのです? 無責任すぎるのです。そもそもあなたがたの力では、渾櫂石から祥太郎を取り出すのだって困難なのです」
「そんなの、やってみなくちゃ分かんないですよ!」
「そうよ。わたしたちだって、それなりに修羅場くぐって来てるもの」
「渾櫂石は結構、調べたからな。また徹夜で研究してやる」
「無垢の魔女。あなたこそ、心当たりがあるんじゃない?」
遠子は棒人間から渾櫂石を受け取ると、目の前へとかざした。天井から差し込む光が石へと反射し、不思議な色合いを見せる。
「あなたの力は強いわ。でも、この石の中へと人を閉じ込めるには、結界の知識と転移の能力が必要なはず。少なくとも、あなたの分野じゃない。『ミュート』や『サイレンサー』にしても、実際に形にしたのは、才くんやマリーちゃんのご先祖でしょう?」
「……確かに、わたくしには様々な協力者がいるのです。でも、そんな都合のいい異能者は用意できないのです。もし居たとしても、それぞれに、それぞれの仕事があるのです。祥太郎一人のために多くの時間はさけないのです」
「だけど多分、その人は手伝ってくれると思うわ」
「だから今、大事な仕事を任せてるからダメだと言ってるのです!」
「ほら、やっぱり心当たりがあるんじゃない」
「ずいぶんと賑やかだな。珍しいこともあるものだ」
その声は、唐突に聞こえた。
先ほどまで誰もいなかった無垢の魔女の斜め後ろ、柱の陰からその人物は静かに現れる。
黒いスリーピースのフロックコートを身にまとい、亜麻色の髪を後ろで束ねた姿は凛々しい。驚く皆の顔を見ると、青みがかった目は、少し愉しげに細められた。
「……ママ」
マリーは絞り出すようにして、その言葉を口にする。
「では、これを見てどう思うのです?」
「いやいやこれは違くて、その……ちょっと俺が驚かせちまったからっつーか」
「この『
「だからー! 悪気があったわけじゃねーし。ダチの悪ふざけみてーなもんじゃんか」
「悪ふざけなら、まだマシというものです」
「は?」
「あなたがたが居たショッピングモールは、簡単に言えば罠なのです」
彼女は大きくため息をつくと、先ほど用意した椅子へちょこんと腰を掛けた。
「あなたがたも通ったと思いますが、ある程度の異能の力を感知すると、特別な道に迷い込むように設計されているのです。使っちゃいけないと言われてるのに、能力を使っちゃうような人は、ダメなのです。そういうダメ能力者を誘い込む罠なのです」
「能力者ホイホイ……」
ぽつりと言った理沙の言葉は無視される。
「そして転送されてきた者を『審判の町』で調査するのです」
「あのアフォがいた街か。しかし何でそんなメンドーなことを……」
「あの町の管理は自動でなされているのですから、面倒ではないのです。ご存知のように『ミュート』もすべての異能者をカバーできるわけではありませんし、能力を悪用しようとする者は、あちこちに潜んでいるのです。一般の人々がたくさんいるところを狙って悪さをするような者もいますから、誘い込んで捕まえるのと、安全の確保と、一緒に出来て効率的なのです」
「ちょっと待って」
そこで、話を聞きながら考えを巡らせていたマリーが声をあげた。
「あの時――ショッピングモールに居た時。わたしたちの誰も、能力を使ってないわ。なら何故、あのループする道に迷い込んでしまったの?」
「祥太郎なのです」
魔女は、再びその名を口にする。
「祥太郎は、
無自覚に
能力を使っているのです。これがどれほど危険なことか、同じ異能者であるあなたがたには、良く分かるはずなのです」一瞬の沈黙。才は頭のうしろを掻いてうなった。
「けど……そりゃ、最初の頃は暴走もあったが、あいつはちゃんと能力使いこなせてたぜ? 今回のことだって、ちょっとした気のゆるみってだけで」
「あなたがたは、それでも大丈夫なのです」
「だから祥太郎だって――」
「どうやら、理解できてないようなのですね。あなたがたの周囲には、お手本となる異能者がいて、まだ才能が未熟な頃から訓練を受けているのです。ですから、うっかりしちゃっても、無意識のうちにブレーキをかけられます。でも、祥太郎は強い能力を導いてくれる先生もおらず、職場でも特に訓練を受けてきたわけではないのです。子供が感覚だけで車を運転しているようなものです。びっくりしちゃった程度で、大事故になりかねないのです」
「じゃあ、調和の聖女――魔女さん? が、祥太郎さんの訓練をしてくれるってことですか?」
「そんなことあるわけないのです。わたくしは転移能力者でもないですし、祥太郎ひとりにかかりきりになるわけにもいかないのです。しかも、彼の力は未熟な制御能力に比べて大きくなりすぎました。今はもう、ギリギリのバランスと言えるのです」
「それなら、祥太郎くんをどうするつもり?」
「排除します」
今度はやや長い沈黙。
その幼子のような見た目と、意外な話しやすさにすっかり気が緩んでいた一同は、再び冷えた空気に背筋を凍らせた。
「……それは、殺すということ?」
遠子が重ねて尋ねる。無垢の魔女は手を顔の前で合わせ、首を傾けた。
「まだ考え中なのです。今はとりあえず、この中に入ってもらっているのです」
そういって彼女は祭服の胸元で揺れるペンダントを持ち上げてみせる。
金の輪の中に収まるオパールのような石には皆、見覚えがあった。
「
「……違うわ、リサ。ザラだって渾櫂石をもらったのよ。異界派遣のことだってアパートの仲間やマスターに報告するはず。あそこにはセリナも居るんだもの。ここと繋がってたっておかしくないわ」
「なかなか察しが良いのです。
「けど、そうじゃない人たちもいるわ。ここのみんなもそう。……
「なるほど。あなたが、『
無垢の魔女は言って、遠子を見る。
「人間と親しくしている魔女がいると聞いて、仲間に入ってもらおうと思っていたのです。いつの間にか姿を消していたようですが」
「私も、無垢の魔女が、争いのない世界にするための礎を作ろうとしていると風のうわさに聞いていたわ。結局、詳しいことを知る前に襲撃にあって、そのまま眠ってしまったのだけれど。――目覚めた時、磋和国は私が滅ぼしたことになっていた。悲しかったし、悔しかった。だから私は今度こそ、大切な人を守りたいの」
遠子は視線を逸らすようにして、声をあげた。
「棒人間ちゃん!」
「アイアイサー! だっピ!」
「あっ」
皆が話している間、こっそり背後へと回っていた棒人間が、ペンダントを引きちぎるようにして奪い去る。
あわてて周囲の力を無効化しても、床に這いつくばる仲間のもとへと、棒人間は難なく戻っていった。
「その謎生物は何なのです? チートなのです。ズルなのです!」
「ぐぎぎ……お前だってチートみたいなもんだろ!?」
「ベーっ、だっピ! チートってよく知らないけど、とにかくししょーの言う通りなんだっピ! ボクのことをすっかり忘れて、ムシするのが悪いんだっピ! 祥太郎さんさんは返してもらったっピ!」
「あなたがたは……どうしようもないのです」
魔女のため息とともに、皆にかかっていた圧がゆるむ。
「祥太郎を取り戻して、どうなるのです。今から特訓をして、急いで能力の使い方を叩き込むのですか? 誰がそんなことをできるのです? 無責任すぎるのです。そもそもあなたがたの力では、渾櫂石から祥太郎を取り出すのだって困難なのです」
「そんなの、やってみなくちゃ分かんないですよ!」
「そうよ。わたしたちだって、それなりに修羅場くぐって来てるもの」
「渾櫂石は結構、調べたからな。また徹夜で研究してやる」
「無垢の魔女。あなたこそ、心当たりがあるんじゃない?」
遠子は棒人間から渾櫂石を受け取ると、目の前へとかざした。天井から差し込む光が石へと反射し、不思議な色合いを見せる。
「あなたの力は強いわ。でも、この石の中へと人を閉じ込めるには、結界の知識と転移の能力が必要なはず。少なくとも、あなたの分野じゃない。『ミュート』や『サイレンサー』にしても、実際に形にしたのは、才くんやマリーちゃんのご先祖でしょう?」
「……確かに、わたくしには様々な協力者がいるのです。でも、そんな都合のいい異能者は用意できないのです。もし居たとしても、それぞれに、それぞれの仕事があるのです。祥太郎一人のために多くの時間はさけないのです」
「だけど多分、その人は手伝ってくれると思うわ」
「だから今、大事な仕事を任せてるからダメだと言ってるのです!」
「ほら、やっぱり心当たりがあるんじゃない」
「ずいぶんと賑やかだな。珍しいこともあるものだ」
その声は、唐突に聞こえた。
先ほどまで誰もいなかった無垢の魔女の斜め後ろ、柱の陰からその人物は静かに現れる。
黒いスリーピースのフロックコートを身にまとい、亜麻色の髪を後ろで束ねた姿は凛々しい。驚く皆の顔を見ると、青みがかった目は、少し愉しげに細められた。
「……ママ」
マリーは絞り出すようにして、その言葉を口にする。