召喚術師と召渾士 6

文字数 4,296文字

「……おう、来たか」

 翌日。
 昼近くになって呼び出され、一同はコントロールルームへと集まっていた。大きな黒いゴーグルを外せば、クマを浮かべた(さい)の青白い顔が出てくる。
 それから彼は軽く咳ばらいをすると、ややかしこまった様子で、壁にある大きなモニターを示した。

「えー。『魔王』から採取したデータおよび渾櫂石(こんかいせき)を分析した結果、非常に近い成分を持ったエネルギーが三か所、この近辺に存在することが分かりました」

 モニターには地図が表示されている。その上の三か所に、光が明滅していた。

「大きさが違うみたいだけど?」
「はいはい祥太郎(しょうたろう)くん静かに、今説明すっから。一番でっかいのが本命な。ちっこいのは恐らく残滓(ざんし)。つまり、『ゲート』はすでに移動を始めてると考えられる。この程度の反応だと今は『眠ってる』可能性もあるが、また遠くに移動しないうちに、さっさと捕まえておきたい」
「光ってるところを見ると……ぎりぎり、副都心(ふくとしん)エリアの管轄(かんかつ)に入るか入らないか、くらいかしら」
「そうなんだよ、マリーちゃん」

 二人は言って、少し表情を(くも)らせる。

「副都心エリアって?」
「大きな『アパート』があるんです。ザラさんの居るところですよ」

 祥太郎が小声でたずねると、理沙(りさ)は普通のトーンで返した。

野良(のら)の『ゲート』の場合は、気づいた『アパート』が対処すればいいんですけど、管轄区内(かんかつくない)に入っちゃうと、そこにお願いするか、許可を取らないといけなくなるんです」
「僕は他の『アパート』ってまだ行ったことないけど、どこもうちみたいに、管轄区が町みたいになってるの?」
「いや、そういう場所もあるにはあるが、全部とはいかないからね」

 その疑問には、マスターが答える。

亜空間建築(あくうかんけんちく)で『ゲートルーム』周辺を覆って周囲への影響を少なくは出来ても、実際の土地が拡がる訳ではないし、民間人が住むところに『ゲート』が発生してしまうことだってある。副都心エリアでは、ノースコート、サウスコート、イーストコート、ウエストコートの四棟が連携して任務にあたってるよ」
「へぇ、でも騒ぎになったりとかしないんですか」
「まあ、そこら辺は色々とね。ザラ君のようなタイプの能力は大活躍するね」
「なるほどー、確かに」

 祥太郎の脳裏に、ザラの見事な『イリュージョン』がよみがえった。

「だからさ、めんどいんだよ。大手の『アパート』はナワバリ意識強いっつーか、自己完結するから、ぶっちゃけ俺らなんて邪魔者だしな」

 才が言ってため息をつくと、マスターは小さく笑い声をあげた。

「才君、もしあちらの管轄区内に入ってしまったら、私が話を通すから問題ないよ。まぁ、君たちの場合は、違う理由もあるのかな」
「マスター、余計なこと言わない! とにかく、さっさと向かった方がいいな。祥太郎、えー、どこが分かりやすいか……そうだな、恵比寿(えびす)までヨロ」
「くっ、このどこでもタクシーみたいな扱い――わかったよ。じゃあ出発!」

 祥太郎が声をあげれば、一瞬にして皆の姿がコントロールルームから消える。
 マスターは軽く口笛を鳴らし、再びモニターを眺めた。

「……」
「…………」
「………………」
「……………………」

 一方その頃、ミーティングルーム。
 部屋の中央にあるソファーにはナレージャが、窓際近くに置いてある椅子にはカリニが座っている。
 取り残された形となった二人の間には、ひたすら気まずい空気が流れていた。
 
「……………………」
「…………………………あのぅ」

 ついに沈黙に耐えかね、ナレージャが口を開くと、カリニはぴくりと体を震わせ、ゆっくりと顔をあげる。

「何だ。我に用か」
「いえ、用ってほどじゃないんですけど……ちょっと、お話でも出来たらいいなって」
「アーヴァーとやらの事ならば、話せる事は一切ないぞ」
「それはいいんです。っていうか、仕方ないですし! ……あの、せっかくこうやって知り合えたので、ちょっとでも仲良くなれたらいいかなーなんて」

 はにかみながら向けた目が合った。照れ臭くなったのか、カリニはすぐに視線を外す。しかし、ナレージャは吸い寄せられるかのように彼の赤い瞳を眺めていた。
 浮かんだのは、根拠のない確信とも呼べるような感覚。

 ――私は、この人を()()()()()

 ◇

「……それでショータロー。わたしたちは何故、こんな場所に?」
「恵比寿って聞いたら、真っ先にコレが思い浮かんでさ。修正する前に着いちゃった」
「いや、着いちゃったじゃねーよ」
「とりあえず皆さん、出ましょうか」

 四角い石のモニュメントの中から、のそのそと出てきた四人を、驚いたような目で見る人もいれば素通りする人もいる。
 平日の日中とはいえ、人気のスポットだけあって人通りは多かった。

「あ、いいお天気。あのレストラン、お城みたいでステキだよねー!」
「リサ。その意見には賛同するけど、はしゃいでる場合じゃないと思うの」
「えへへ。ここのところ色々あったし、管轄区外に出るのも久しぶりだなーって思って」
「それは確かに……そうね」
「また遠子(とおこ)さん帰ってきたら、皆で遊びに来よーぜ。とにかく今は、『ゲート』の確保が先だ」
「それも確かにそうね」
「『ゲート』見つけても、マスターがいないと『捕縛(ほばく)』出来ないんじゃなかったっけ?」
「それは祥太郎、お前が行って瞬時に連れて帰ってくりゃいいことで」
「やっぱそうなるのかー、まぁいいけどさ。そういえば、才もマリーも、さっきからやけに焦ってるよな? なんかあんの? マスターも――」
「ほら無駄口叩いてないで急ぐぞ! 次、あそこに転移!」

 それ以上の追及は無意味と悟り、祥太郎は一応、人目を確認してから、才の指差す方向へと転移を繰り返していく。

「んー、あーヤバイ予感がひしひしと……」

 しかし、才は唐突に指示を出すのをやめ、閑静(かんせい)な住宅街の一角で『コンダクター』と、にらめっこを始め出した。

「こりゃ、どうあっても向こうの管轄に入っちまうなぁ。参った」
「え? だって急げば分かんないだろ? ――ああ。何か『()えた』ってことか」
「そーそー。どうすっかなー。一旦マスターに連絡して……」
「僕、よくわかんないんだけどさ、結局ナレージャたちはその『ゲート』を使って送り届けなくちゃいけないわけじゃん。僕たちも、さっさと行って、協力して欲しいって頼むんじゃダメなの?」
「ショータローの言うことは、もっともだと思うわ。だけど、手続きというか何というか、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない難しいことが、色々あるの」
「そう! めっちゃあるんだぜ、事情ってヤツが」

 何気ない疑問に、大げさな身振り手振りを加えつつ反応するマリーと才。そこからは怪しさしか漂ってこない。

「理沙ちゃん、何か知ってる?」

 ならば理沙に聞いてみようと、祥太郎が振り返った時だった。

「……誰だ、あれ?」

 つい、そんな言葉が口から漏れる。
 理沙の背後十数メートル先に見える木の陰から、明らかにこちらの様子をうかがっている人物がいた。

「あ、世里奈(せりな)さんだ」
「せりなさん?」
「はい。ザラさんと同じアパートに住んでる、神楽坂世里奈(かぐらざかせりな)さんです! 世里奈さん、こんにちはー!」

 理沙が元気に手を振ると、世里奈と呼ばれた女性は、木から上半身だけを見せたまま、ぺこぺことお辞儀をした。
 そのたびに、ツヤのある黒髪が流れるように動く。距離が離れているのもあるが、かけているメガネが光を反射して、目元は良く見えなかった。

「……なんであの人、ずっと離れたとこにいるの?」
「世里奈さん、人見知りなんですって」
「はぁ」
「い――いいのよ、セリナ、そんな気を遣わなくてぇぇぇぇぇ」
「はい……今度検討してみますけれどもぉぉ……」

 気の抜けた返事をする祥太郎の横で、マリーと才が引きつった顔で悶えている。視線は世里奈の方へと向けられているようだった。

「もしかしてだけど、マリーと才は神楽坂さんと会話してる?」
「そうですよ! 世里奈さんは言霊遣い(ことだまづかい)なので」
「はじめまして」

 突然した声に、背筋がざわりとする。はっとそちらを見ると、世里奈がぺこぺことお辞儀をした。

「このような場所から失礼いたしますけれども神楽坂世里奈と申します20歳です副都心エリアアパートサウスコートの所属でございますけれども伊村祥太郎さんとおっしゃるんですよねザラさんから大変優秀な転移能力者の方だと聞いておりますけれども」

 それは、か細い声だった。しかし、これだけの距離がありながら、耳元でささやかれているかのようにはっきりと聞こえる。

「あ、はい! 伊村です、どうも!」
「ありがとうございますそちらのお声もわたくしにはきちんと届いておりますので普通に喋っていただいても大丈夫ですけれどもお心づかいありがとうございます」
「そ、そうなんですね。ところで……息継ぎとかは」
「それはですねわたくしの声というよりも能力で『言霊(ことだま)』としてそちらに届いておりますいわゆるテレパシーみたいなものですので問題ありませんけれどもありがとうございます」
「そ、そうなんですか……いや、何て言うか、どっちかというと間があったほうが僕としては助かるかなーなんて」
「はぁザラさんの言うように地味だけど優しそうな人で良かったぁ緊張しちゃった」
「……はい?」
「でも今日は偶然にも才様とマリー様にお会い出来ちゃったしお話もできちゃったし超ラッキーデーだぞ世里奈」
「あの、神楽坂さん!? 心の声漏れてません?」
「才様は相変わらず王子様系イケメンだし今度執事風衣装への挑戦も検討してくださるようだしマリー様は今日もステキなドレスがお似合いでお美しいお姫様みたいでお近づきになれて光栄至極眼福お二人ともマジ尊い尊い尊いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 こうして祥太郎は、才とマリーが怯えていた理由を、身をもって知ることとなったのだった。
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