第五章 アマダの研究室(2)
文字数 1,805文字
発端は、カドマク・ニルセンなる探検家が、魔物に襲われて谷へと転落した際、川底に大量の砂金を見つけたことだ。
一躍、時の人となったニルセンは、手に入れた資金をもとに、鉱脈探索や
四度目の探索に向けて貴族や事業家からの援助を取りつけると、周到な準備のうえ、観衆に見送られて町をあとにする。
ところが彼らは、さらに奥地へ足を踏み入れたまま消息を絶つ事となった。拠点とした集落から出発する姿を最後に、その姿を見た者はいない。彼らはめざすものを発見したのだ、と言う者もいたが、戻ってきたのは、
一行の謎めいた最後とも相まって、その後も人々の狂乱はやむことを知らず、
人々を
ポロイに仕える側近のひとりが、
熱狂も、しかし数年とはつづかなかった。砂金や鉱脈が期待に反し、ほとんど見つからないことに加え、山の奥地には、よこしまな魔獣が
小都市ニルセンは、無人となって放棄されたいまでも、その姿をとどめたままだ。
エルトランの所持品にあった〈金脈を当てる 勝ち組が教えるその方法〉は、当時に多く出回っていたものだ。
筆者である、投機事業でひと山を当てた
さらには採掘方法についても触れられており、鉱石の製錬や精製技術までを、詳細な図とともに指南する内容となっていた。
どの本もよく読み込まれているようだが、肝心の、魔術に関するものが見つからず、室内には書棚すらない。リラは望みを託すように
鼻が、ある記憶と結びつく何かを捉えるが、それはすぐさま空気に溶け込んでしまった。底には数着の衣服と細かな雑具が置かれていた。
寝台に広げたうちの一着は、貴族が好んで使う
万能ナイフに水差し、筆記具も、これといって目を引くものではない。手に取って確かめたのは、
頭頂の
これらがエルトランの所持品のすべてだった。ひとりの男が暮らしていたにしては少なく、魔術書の一冊すらないのは不自然だ。
「本は事件の時に持ち出したのかな? でも、彼は逃げるのに必死なのだから重たいものを持っていく余裕なんてなかったはず」
事前に隠した可能性だって捨てきれない。だとしても、広大な学院のいったいどこへ。リラは貴重な時間を無駄にしないよう、早々に考えを打ち切った。
家財の少なさを研究に打ち込む人物だからと見ることもできるが、ぽかんと穴があいたような引っかかりを残したまま、部屋をあとにするしかなかった。
「もうすぐ正午だし、何か食べないと。それと研究室にも寄っていこう。みんなにも会わずに出発なんてできない」
空を見なくても腹具合でわかる。リラは自慢ではないけれど、生まれてこちら、食事が喉を通らなくなるほど思い悩み、落ち込んだためしなんて、ほとんどない。
彼女は、〈よい仕事は、よい食事から〉を信条としていた。