第六章 マレッタの重すぎる課題(3)
文字数 1,603文字
「初めて聞く話だわ。でも、似ているってエルトランに?」
意気消沈ばかりもしていられない。マレッタが働き始めた頃といえば二十年以上も昔、エルトランの就学よりも以前の話だ。
「顔かたちを言っているんじゃないよ。周りを見下して自信過剰なところさ。切れ者だって話だから、まあ、それなりに優秀だったみたいだね。『おれはいまに成功をおさめて歴史に名を残すだろう。だから、いっしょに来い』だってさ。こちらには小さな息子もいたのに、おかしな話だよ。そいつかい? たしか、そのあとすぐに問題を起こして学院を出ていっちまったけどねえ」
「まあ! あなたに言い寄るだなんて、どれだけ怖いもの知らずなの。でも、出ていったって、もしかして異端研究の罪による追放ではないのかしら。魔術師の名前は?」
すこしの反撃を挟んでから、事件へと伸びる細い糸のような可能性に飛びついた。それは確信に近かった。
「わはは! 本当だ、違いない。けどよくわかったね、まさにそれ、異端なんちゃらさ。男の名前は……悪いけど、いちいち覚えてないから記録を調べてみたらどうだい」
その価値は、おおいにあるだろう。もとより、
リラは
「ありがとう。厨房がたいへんな時なのに、たくさん話をしてくれて。わたしもそろそろ行かなくちゃ」
「悪いねえ、せかしちまって。ちょっとは役に立てたかい? それにしてもあんた、いつも仕事ばっかりしてないで、たまには顔くらい出しなよ」
リラは面目なげに頭を
「ごめんなさい、どっぷり
ふたりは、もういちど
「体に気をつけなリラ、ウトロに行くんだろ?」
「行かない」
「いつ出発するんだい?」
「明日の朝……じゃない」
「そうかい、だったら川を船で下るのはおやめ、海賊が出るからね。いいかい、何をさしおいてでも無事に帰ってくるんだよ。それから、たいへんな役目だし、さんざんひどく言っといて何だけど……。あの子を救っておやり」
「…………」
とっさに反論できないのは、何も言葉に驚いたからではない。マレッタと似たような思いをおぼろげに感じていたからだ。
「だってさ、気の毒じゃないか。犯人だなんだっていっても、きっと言い分ってものがあるはず。これは他人の痛みをわかってやれる、あんたにしかできない役目だよ」
たとえ、エルトランが苦しい立場にあるとしても、わかったような顔で手を差し伸べるなんて、おこがましい限りだ。救うといっても逃亡の手助けではないし、ましてや犯した罪を許すことでもない。それは、彼の心を救うことにほかならなかった。
「今日は、アマダさんもマレッタも、わたしに重すぎる課題を与えるのね……」
どんな手を使おうとも無事に帰ってこよう、という気持ちに揺るぎはないが、危険な異端魔術師を相手に、
――わたしには、もったいないくらいの友人や仲間がいるけれど、エルトランには、大切な家族や、心の休まる場所はあるのかな? 彼はずっと、そしていまも孤独なのでは……。だとすると、とても悲しいことではないの?
おそらく自分には、まだ十分な覚悟ができていないのだ、とリラは思った。
第七章につづく