第一章 日常はついえ 魔術師は悲嘆に伏す(4)
文字数 1,052文字
建て付けの悪い扉が乾いたきしみを立て、リラを迎えた。
庭園の水路で
同僚たちは出払っており、扉を閉めると、ほこりの匂いと
机には、書きかけの報告書が時を止めている。本部よりの遣いが訪れたのは、ずいぶん前の出来事に思われた。資料をよけようともせず肘をつき、組んだ両手に
この数日は研究室にこもって働き詰めだったが、疲労をこらえて、もういちど状況を整理する。解決の糸口は見えないが、危険な任務に選ばれたいきさつは理解していた。
格式を重んじるカンタベル学院には、名家の子息をはじめ、将来を約束された者が多い。それでも、厳しい訓練に対して
けれども、優秀で名の知れた者だと、しくじったときに都合が悪い。だからといって遂行能力のおぼつかない者を派遣するわけにはいかなかった。
かたやリラは、在学時に起こした決闘騒ぎ――からくも除名をまぬがれた――のため、素行不良という記録が残るいっぽう、魔法構文学をはじめとした学理分野だけでなく、チャタンでの実習や技能試験において非凡な才能を証明している。研究室に配属されてからは、いくつもの探索業務や実戦で経験を積んでいた。
無名ながらも実績があり、また、命を落としたとしても学院が責任を負わずに済む者こそが、任務にうってつけというわけだ。
危険な異端魔術師との遭遇は、ともすれば命の奪い合いになりかねない。リラは身を縮めて迷宮をさまよい、
提示された返済金の免除はありがたい。それにもまさる帰郷という言葉の甘美な響き。動揺したのも無理からぬことだった。
居心地のよい研究室を離れるのが嫌で、役割や義務から逃れようとするだけの身勝手な自分に、ほとほと嫌気がさす。力量を高く評価されたのだ、と気持ちを切り替えるしかないが、それには時間が必要で、いまのリラには難しい。
覆いかぶさるほどの疲れが押し寄せ、いつしか資料に顔を伏せていた。そのまま引きずり込まれるように、
第二章につづく