第一章 日常はついえ 魔術師は悲嘆に伏す(1)
文字数 1,097文字
彼女のもとに不意の
リラは机に立てかけた杖をひっつかむと、広げた資料はそのままに、同僚たちが見守るなか狭い研究室をあとにする。彼らを心配させるわけにはいかず、表情を押し殺して、木枠ごと外れそうな扉をいたわりはしたものの、すぐさま自分を抑えられなくなり、廊下に荒々しい足音を響かせた。
傷んだ床板など構いもせずに戸口を出たところ、
視界には学院の敷地がどこまでも広がっている。振り返ると、苔むした屋根の、妙に傾く研究棟がひっそりとたたずんでいた。
――なんて未熟なんだろう、わたし……。こんなことじゃ先生に合わせる顔がない。
仕事の追い込みに水を差されたとはいえ、自らの振る舞いに、リラはあきれ返るしかなかった。
「でも、なんだって突然。それに大事な話って言われても……、きっと悪い知らせに決まっている」
なにしろ思い当たる節が山ほどあるのだ。鈍い足取りは、ここ数日の働きすぎだけが原因ではない。庭園の外回廊にさしかかる頃、感情の波はすっかりと引いていた。
学生寮の隙間から光が差し、リラの横顔を照らす。疲れた目を細めつつ見上げた先にあるのは、学院本部の置かれる中央棟だ。
「どんな話か知らないけれど、起きてもいないことを心配したってしょうがない。早いとこ終わらせて、みんなの所に戻ろう」
決心すると足に力を込めた。彼女はいま、大事な報告書を任されており、二十三歳という貴重な時間を山積みの書物に埋もれながら、情熱をそそぎ込むようにして送っていた。
前庭から伸びる階段を上がり、頭上に迫る大扉をくぐった。ロビーを挟むように隣接するのは、学生や研究員が集う
正面奥の緩やかな階段を進み、踊り場で振り返ると、眼下では磨き上げられた大理石の床を学生や司書が慌ただしく行き交っている。なかにはリラを指さして、ひそひそと
執務室が並ぶ廊下の奥で、ひときわ
歓迎など、されないことを知っていた。