ここだけの話 ⑤~⑧

文字数 3,438文字

ここだけの話⑤【第四章 奔走】
 リラが、エルトランの在籍していた「高位魔術研究室」を調査に訪れたところ、歓迎されるはずもなく、あっさりと捕まるはめに。殺伐とした室内で非友好的な集団のなかに放り込まれ、彼女もつい感情的にやり返してしまいます。

 初期の案では、扉口でのやりとりがメインだったのですが、変化をもたせようと工夫した部分です。動きを出したほうが、登場人物を生きいきと表現できるのだということも、ようやくわかってきた頃でした。

 攻撃魔術の名手ロスローは、ローマ帝国の軍人がモデルになっています。悪い人ではないのですが、因習に捕らわれがちで、堅苦しいかぎり。実力はお墨付きでも、こんなのが上司だと窮屈だろうなあ……。ふだんが堅物なだけあって、酒に酔うと人に絡んで面倒なことを話し始めるに違いありません! 彼は第九章にて意外な形で再登場(?)を果たします。

 下働きの魔術師ふたりが滑稽な振る舞いを見せます。本当は、権威ばった研究室の息苦しさや、競争主義による歪みなどを書きたかったのですが、筆者の力がまったく追いついていません。物語の後半、第十二章以降についても伝えたいテーマはあるのですが、この分だといまから心配です。

 最後には、ふたたび重役員たちが登場し、息の合った(?)かけ合いを見せてくれます。そのなかで、漂泊の民トルシャン出身のアトワーズや、リラと落ち合う予定の助っ人、そしてロスローとエルトランによる吹雪の中での戦いなど、重要なことがさらりと話されていますね。
 拙い表現力でも生きいきと動いてくれる彼らが、筆者は大好きです。

 つづく第五章の後半では、リラの所属する研究室――あばら家だの廃屋だの、さんざんひどく言われています――が舞台となり、室長のアマダが登場します。すこし太った体でリラをはじき飛ばした、というアマダですが、さて、どのような人物なのでしょうか。


ここだけの話⑥【第五章 アマダの研究室】
 雪に閉ざされた山里での、リラとロウマンのやりとりから始まります。時間は、序章のすこしあと、リラが十一歳の冬です。修行が思うように進まないため、やきもきしたり、師匠の言葉足らずな助言に腹を立てたりする子供らしいエピソードが描かれています。
 物語で繰り返し挿入される回想には様々な歳のリラが登場し、その時系列はバラバラなのですが、彼女の成長過程を見ていただけると幸いです。

 本編の季節が初夏ですので、情景を描くにあたっては面白味に欠けるなあ、と感じていました。けれど、予定するものを含めて、回想シーンの多くは晩秋~冬~初春のため、風景に対比が生まれたように思います。

 章の後半は現在に戻って、第三・古代史研究室が舞台となります。アマダやベルカ、そして、まだ名前の表記がない人物たちと、リラとの関係がよくわかる場面になっています。彼らは通常業務以外に、遺跡での冒険じみた活動も請け負うようですが、研究予算の獲得や、他部門からの協力を得るために必要なことなのかもしれません。
 そこではしばしば、魔物や盗掘師たちと遭遇して激しくやり合うことに。探究心の旺盛な研究員たちは危険など、いとわないようですが、そんな彼らでも、アマダ室長の、あらゆることに対する鈍感さには手を焼いているようです。

 リラが、理解を示してくれたアマダに対し「死んだらきっと、きれいな骨になれるわ!」と感謝する場面があります。人は通常、白骨を死と結びつけてしまうものなのですが、彼女にとっては少々異なるようです。
 第三章の回想でも触れていますが、これには故郷であるクルルの里における風習が関係しており、第十二章あたりで詳しく書ければ、と思っています。

 廃屋のような研究室は老朽化が著しいだけでなく、雑然としているのですが、散らかった部屋の例に漏れず、彼らには使い勝手がいいようですね。もちろんリラにとっても居心地のよい大切な場所で、なんとしても研究室での日常を取り戻したい、と静かに決意を固めます。


ここだけの話⑦【第六章 マレッタの重すぎる課題】
 リラは学舎の大食堂まで足を運び、古くからの友人であるマレッタ料理長を訪ねます。
 はじめに、マレッタの紹介を兼ねてちょっとした事件を用意しました。対応の仕方で彼女の人となりを浮き立たせてみようとしたのですが、成功していますでしょうか。

 序盤では、彼女たちの出会いから友人となるまでの過程が、魚料理やリラの初々しいエピソードとともに紹介されます。また、この章ですこしだけ触れられる、キノコ嫌いの学生も後々に登場してくるのでお知り置きを。

 リラとマレッタでは親子ほど歳が離れているにもかかわらず、ふたりは固い友情で結ばれた、気兼ねなく冗談を言い合える仲だとわかります。マレッタの前では子供のように、手玉に取られてしまうリラの様子がほほえましいですね。ともあれ、学院での居場所やマレッタたちとの大切な関係が、リラの大きな原動力となるはずです。
 対して、負の感情に突き動かされているのがエルトランだということも徐々に明かされてきました。などと書いていて「へぇー、そうなんだ」と、今さらながらに気がついた筆者です。

 終盤、マレッタがある提案をもちかけます。リラも薄々と感じてはいたのですが、はたして自分にそんな資格があるのだろうか……、と迷いが生じたようです。
 リラが日常を取り戻すために模索する姿は、端からだと、ただのウロウロにしか見えません。しかし、その一歩一歩が真実へと近づいていく唯一の手段で、安易な近道など存在しないことを教えてくれたのは、恩師であるロウマンなのです。その考えも、いまではすっかり彼女の一部となっています。

 つづく第七章では、もうひとりの恩師ともいえる、故アトワーズ師範が登場します。またもや回想シーンに突入しますが、色褪せた情景のなか、十七歳のリラが香草茶を味わったり、アトワーズとの大切な時間を過ごしたり……。彼女たちの思いがギュッと詰まった章となります。


ここだけの話⑧【第七章 荒れ地の老人と天幕の記憶】
 小説を書くようになって、初めてイメージ通りに描けた! と感じたのが、この第七章です。
 それでも実際に投稿してみると、視点がねじれていたり、主語のわかりにくい箇所があったりで、急ぎ訂正するはめに。文章って本当に一歩一歩なんだなあ、と噛みしめる結果となりました。

 さて、マレッタと別れたあと、リラはもうひとりの恩師ともいえる、アトワーズ師範の墓標を訪れます。学院の片隅であるその場所は、漂泊の民トルシャンの出身である彼が生前、天幕を張って暮らしていた場所だったのです。

 心無い者からは、荒れ地生まれの変わり者、などと揶揄されるアトワーズですが、荒れ地の漂泊民は、なんとチャタンを荒らす盗掘師たちの遠縁にあたるのだとか。
 この章では、彼ら盗掘師たちが単なる墓荒らしの集団ではないことも分かってきます。

 回想でのリラは十七歳。前年には、いざこざを起こして大怪我をしただけでなく、後援貴族会を怒らせてしまったために、除名寸前だったことが明かされます。窮地を救ったのがアトワーズでした。
 その時と比べ落ち着きが出てきているものの、野外実習で遭遇した盗掘師集団と一戦交えるなど、まだまだ思慮の足りない部分を残すリラです。

 いっぽうのアトワーズは、年を追うごとに体が衰えてきているため、リラが終始心配そうに見つめます。彼も残された時間が少ないことを知っており、身辺整理や、教え子が卒業後に配属される部署などの手続きを急ごうとする様子がうかがえます。ここは、歴史学者アマダや、九章で登場する人物との出会いにもつながっていく部分です。

 章の冒頭で短く、アトワーズの杖についての描写があります。リラのヤマカニワ(カニワ=樺)の杖に対して、オイバザクラの杖。どちらも造語なのですが、響きが気にいっています。
 オイバは、老い葉ではなく、追い葉と書きます。初夏の頃、追いかけるように新芽が出てくる桜という設定。ご存じの方も多いと思いますが、桜は木材にしても、ほんのりと桜色を帯びて、とてもきれいなんです。

 この章では、いくつか不審な点があります。肝心な部分が覆い隠されたような雰囲気を感じつつ読んでいただければ幸いです。
 ちなみに、当時によく聴いていたスメタナの〈モルダウ〉から、故郷に寄せる想いなど、たくさんのインスピレーションをもらいながら書きました。
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登場人物紹介

おもな登場人物 ※五十音順


〈アトワーズ〉【四章 七章 九章】

学院の魔術師範を務めていた老人。出身とする漂泊の民トルシャンが、盗掘師たちの遠縁であることや、敷地の片隅に天幕を張って暮らしていたこと、毎度のようにリラをかばっていたことから、役員たちに「荒れ地生まれの変わり者」と煙たがられている。リラの師であるロウマンとは、過去の大いくさを生き抜いた戦友。リラに、亡くした娘の面影を見ていた。


〈アマダ〉【二章 五章】
リラが所属する〈第三・古代史研究室〉のすこし太った室長。「うだつの上がらない、あばら家の亭主」と揶揄されている。気さくで人懐っこそうな顔をしているが、がさつで繊細さなど持ち合わせてはいない。彼の衝動的な行動で研究員たちは振り回され、たびたび危険な目にあわされている。生まれは港町の裕福な商家だが、わけあって学者になる道を選んだ。


〈ウルイ〉【五章 九章】

〈第三・古代史研究室〉では最古参となる年配の魔術師で、独学による魔術は、なぜか探索に向いたものばかり。のんびりとした人柄だが、自由気ままな室長を諭すこともある。リラに対しては、とくに優しく接するようだ。アマダのせいで危機に瀕することの多い研究室の面々だが、彼のような、おっとりした者がどうやってくぐり抜けてきたのかは不明である。


〈エルトラン〉【一章~】

学院の書庫に侵入して重要な書物を盗み出した男。高位魔術研究室に所属する優秀な魔術師であるが、異端魔術の研究に手を染めていたという噂が絶えない。吹雪の中での追撃を振り切ったあとは行方をくらませているが、東の森林地帯に潜伏し、ウトロの事件に関わっているのではないか、と目されている。出自についても諸説あり、得体の知れない人物である。


〈ジュナン〉【二章 三章】
冒険者の一団に属する駆け出しの剣士。魔物退治のあと、しばらくリラと行動を共にする。一人前だと認められたいがために護衛の役目を不服がったり、戦いを前に緊張した表情を見せたりするなど、初々しさの抜けない彼女だが、どこで身につけたのか、洗練された剣の腕をもつ。また、ドラゴンに襲われて生き延びたのだから、強運の持ち主というほかない。

〈ネイドル〉【一章 三章 四章】
カンタベルの運営に関わっている重役員だが、魔術や学問への造詣は深くない。リラを呼びつけて威圧的な態度で書物奪還を指示した。腹いせのために〈成金趣味、もしくはむっつり顔〉と名付けられていることを本人は知る由もない。貴族会という目の上のこぶとエルトランの事件に悩まされているが、彼の関心はもっぱら、美術品の収集や美食に向けられている。

〈フルミド〉【三章 五章 八章】
学院に雇われて半年となる初老の用務係。役員の遣いでリラの研究室を訪れ、本部中央棟への呼び出しを告げた。生気に乏しい風貌からは想像できない、器用さと気配りの細やかさをもち合わせている。噂話が好きで人間観察を趣味とするため、リラに助言したり、そのうろたえる姿を見て楽しんだり。さらには、任務に向けた足掛かりをリラに与えることとなる。

〈ボナルティ〉【一章 三章 四章 八章】
いつもネイドルの背後に控えている丸眼鏡の小男。彼も同じく役員の地位にあるが、金切り声でわめき立てる姿は、まるで口うるさい官吏だ。リラが、単なる腰巾着だろう、と見て油断したのも無理はない。彼の言い分はこうだ。ただ飯を食わしてやっているのだから恩を返せ。さらに返済金の免除と帰郷の許しという甘美な言葉で、リラの反抗心を完全にくじいた。

〈マレッタ・トウヤ〉【六章】
カンタベル学院に勤めて二十余年、学生食堂の厨房を仕切る調理人である。口達者で腕っ節が強く、たとえ貴族の子弟であろうが容赦せずに叱りつけるため、学生たちに恐れられていた。容姿についての表記は少ないが、大勢からの求婚を受けたことがあり、力強い人間性とも相まって魅力的な人物のようだ。我が子と同年代のリラとは、固い友情で結ばれている。

〈リラ〉【序章~】    
カンタベル学院で歴史研究に従事する魔術師。険しい山に囲まれたクルルの里で生まれ育つが、放浪の老魔術師に才能を見出されたことから山を下り、同学院において魔術を学んだ。故郷の山道で鍛えられた俊敏性と、丈夫な体をもつ。本人は慎重派だと主張するが、根っからの研究者体質で、とかく興味が先走るため、周囲の見解が必ずしも一致するとは限らない。

〈ロウマン〉【序章 二章 五章】
放浪の果て、クルルの里にやってきた老魔術師。山での厳しい暮らしを送る人々の支えとなるべく里の外れに住み着いた。そこで出会った少女の才能を見出し、弟子に迎える。医術にも長けているが、魔術しかり「世の中には万能なものなど存在しない」と弟子を諭す。また、学院で魔術師範を務めるアトワーズとは、過去のいくさにおいて生死を共にした仲だった。

〈ロスロー〉【四章】

立派な体格をした、学院でも屈指の実力をもつ魔術師。攻撃魔術の達人であり、学院内外で立てた功績によって称号を授与されている。貴族の出身であることを誇示しないなど、自らには徹底した実力主義を課すいっぽう、伝統や格式を重んじる傾向は強い。最近、酒館で朝まで飲む姿が目撃されている。ふだん堅物なだけあって、酒が入ると面倒な人物に違いない。

その他の登場人物 ※五十音順


〈ヴィルジット〉【二章 三章】

重役員のネイドルによって、リラに与えられた偽名。冒険者協会の証書には剣士とある。

 

〈カドマク・ニルセン〉【五章】

ウトロの山奥で金脈を発見した探検家。四度目の探索では、部隊もろとも消息を絶った。

 

〈セノルカ・バリン〉〈ベイケット・クラン〉〈オハラス〉【八章】

二十年ほど前の除名者記録では「学院条例の著しい違反のために処分となった」とある。

 

〈ゼラコイ〉【二章 八章】

閲覧室に猫を放ったり、戦場魔術の廃止を訴えたりした魔術師。消えた賢者として有名。

 

〈チャドリ〉【六章】

学舎の厨房において食材庫の管理を任されている。ものぐさだが、料理長の信頼は厚い。

 

〈テルゼン〉【八章】

トツカヌと話していた若い魔術師。紫紺色の長衣を着ており、身分が高い人物のようだ。

 

〈トツカヌ〉【八章】

立派な体格をした老人。テルゼンには不満げな態度を見せる。酒を飲まないと眠れない。

 

〈ナージャ〉【七章】

アトワーズの教え子。六年前に卒業していることから、リラよりすこし上級生のようだ。

 

〈ブルニ〉【八章 十章】

いくさでの悲惨な経験がもとで人間不信に陥った守衛の老人。リラにはすこし心を開く。

 

〈ベルカ〉【五章】

アマダと共に、歴史研究に従事している学者。思慮の欠ける室長に詰め寄ることがある。

 

〈ポロイ〉【二章 五章 八章】

二千年前の災厄にて大船団を率い、滅亡寸前まで追い込まれた人類を新大陸へと導いた。


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