第四章 奔走(4)
文字数 1,958文字
背幅の広い男が、
手も止めず、男つまりネイドルは
「あの問題児の力量を見込んでやっているのだ。我ながらの寛容さではないか。それにしても……かのご老体がよこした遺書のおかげで、いつまでたっても小娘ひとりにいらぬ苦労をさせられる」
丸眼鏡の小男、ボナルティが甲高い声でつづく。
「亡くなったアトワーズ老ですな、漂泊の民トルシャン、荒れ地生まれの変わり者。どうも、古くからゆかりある者の娘だとか……。事あるごとにかばい立てるだけでなく、たしか、小娘をあの汚い研究室に配属させるよう言い残したのでしたな」
彼の言うアトワーズとは、魔術の師範だった人物だ。
「ふん、そうでもなければ小生意気な田舎娘など、とうの昔に追い払っておるわ。それにしても、後援貴族会からの不満の声もいまだ根強い。七年も前の決闘騒ぎに関してだ。あの時は、ご老体の顔を立てて不問にしてやったが、まったく、あの頭痛の種め」
ネイドルは、むっつりと苦い顔をした。余計なことまで思いだして、せっかくの
「〈山の娘〉すこしは役に立ちますかな?
「――忘れてはならんのが、優先すべきは書物の奪還ということだ。それにだ、しくじって刺し違えたとしても我々……いや、学院としては上々ではないか。もし娘が失態をしでかせば、あらためて処分すればよい」
手段にとらわれて大局を見失わないよう冷静な判断を促した。
「本来ならば、ロスロー卿ひとりを派遣するだけで事足りるところですのにな」
ボナルティは、まだ納得がいかない面持ちだ。ウトロへの任務は機密を扱うだけでなく危険をともなうため、名家の出身者や顔の知れ渡った者は、仕損じたり、事件が表立ったりした場合に厄介だ。そこで、実績はなくても評価の高いリラに、しぶしぶ白羽の矢を立てたのだ。そのうえ別の思惑も絡んでおり、彼らの算段は単純ならざるものになっていた。
ネイドルが、ためらいながら打ち明ける。
「……君には話していなかったが、事件の夜、偶然にもロスロー卿がエルトランと遭遇してな。吹雪の中で一戦交えておるのだ」
「なんと!
またもや
ロスロー卿が。そうですか知りませなんだ。ですがベイケット・クランの事件と言い、つくづく異端魔術師との縁をお持ちの御仁ですな。で、手合わせの行方は」粗悪な金物のこすれたような声が、音階を外れてもうひとつ高くなった。
ネイドルは、つまらなそうに口角を下げる。
「やつめ、まんまと逃げ失せおった。ロスロー卿もその件について詳しく話さんし、近頃は評議会にも顔を出さんと聞く。どうやら
リラの思わぬ所で鼻の確かなことが証明されたわけだが、よもや、吹雪の中での追跡者がロスローだったとは知る由もない。
「小娘ごときの力では、なおのこと荷が過ぎるのではないですかな? しかしエルトランめ、異端研究の罪を不問にしてやったというのに、小娘しかり、身分の卑しい連中は、どれもこれも恩を知らぬようで」
「ときにボナルティ、君の雇った男だが、本当に信用できるのかね」
「わたくしも直接は知りませんが、今回の件にはうってつけかと。もちろん小娘がいらぬ事をせぬように監視もさせます。ただし、これまた薄汚い身分の者で……。それでも、使うしかないですな」
汚れた手をひらひらと振るようなしぐさで顔をしかめた。すると、ネイドルが持論を持ち出した。
「物事は考えようだよ。事業への投資と同じではないかね? 利益をもたらすものはすべて資源なのだ。魔術が力や特権であった時代はもう古い。大きないくさが起きない今、人という資源をよりよく役立てうる者が求められているのだよ」
実りのない会話を
これより数日後、学院に思いもよらぬ来客が姿を現して、彼らは慌てふためくことになるのだった。
第五章につづく