序章~第二章のあらすじ

文字数 2,587文字

【序章 冬の訪れ】のあらすじ

 名を捨て去り、各地を放浪していた、ロウマンと名のる老いた魔術師が、険しい山奥にあるクルルの里にたどり着き、安息(あんそく)の地と定めて住み着いた。

 夏至祭(げしまつ)りの日、彼は体が丈夫で好奇心旺盛な少女リラを見出す。冬に祖父を亡くしたばかりのリラは、ロウマンによく懐き、その助手を気取っては彼の小屋に()(びた)っていた。

 里の者たちから奇異の目を向けられていたロウマンだが、彼らのために尽力したことから、じきに、里にとってなくてはならない存在となる。この時、両者の橋渡しに奔走したのがリラだった。
 少女は老魔術師のもとで、読み書きや歴史をはじめとする多くのことを学び取っていく。

 二度目の冬が訪れる頃、リラの素質に惚れ込んだロウマンが彼女に告げた。
「おまえにも杖を作ってやろう。今日から魔術の基本を学びなさい」



【第一章 日常はついえ 魔術師は悲嘆に伏す】のあらすじ

 十三歳で故郷に別れを告げたリラは、長旅の末、キャンタベリーの町に到着し、王立カンタベル魔術学院での修行を始める。
 都市での生活に戸惑(とまど)ったり、身分の違いによる周囲との軋轢(あつれき)――ときには、貴族の子弟と決闘騒ぎを起こして除名されそうになる――に悩んだりしながらも彼女は成長していき、卒業後は歴史学者アマダの研究室に配属となる。

 時は流れ、リラは二十三歳となっていた。歴史研究に明け暮れていたある初夏の午後、学院本部の中央棟に突然の呼び出しを受ける。
 没頭していた仕事に水を差され、気の進まないリラを待っていたのは、学生時代より彼女を厄介者扱いしている重役員の男たちだった。
 彼らの口からは困難な旅の任務が言い渡された。

「異端魔術師エルトランを探し出し、あやつが盗み出した魔術書を奪還すること、ならびに、関連すると思わしき、ウトロ村における住人の失踪事件を調査せよ」

 さらには、学院の名に傷が付くことを避けるため、魔術師の身分を隠し、関係者に対してもその内容を漏らしてはならない、と指示が下される。
 リラは、不審極まりない任務に潜む危険を感じ、異を唱えようとするが、怒鳴りつけられ萎縮してしまったところへ、奨学金の免除と帰郷の許可を提示されたために従わざるを得なくなる。
 彼女には、奨学金を返済し終えるまで研究に従事することが義務付けられていた。

 学院の関与を隠す必要から、高く評価されながらも顔の知られていないリラに白羽の矢が立ったのだ。そこには、この機に目障りな〈山の娘〉を排除したい役員たちの思惑(おもわく)も少なからず含まれていた。

 出発は二日後。身勝手な自分を責め、憔悴(しょうすい)しきったリラは、(こん)をつめていた仕事の疲れもあって深い眠りに落ちてしまう。



【第二章 帰る場所】のあらすじ

 数千年の昔、魔術の恩恵により繁栄を謳歌(おうか)していた人類は、突然の天変地異で母なる大地を失った。滅亡の危機を生き延びた生存者たちは英雄ポロイに導かれ、大船団を組んで大海原へと漕ぎ出し、やがて新たな陸地を発見する。

 新天地では、魔物たちが原始的な社会を営んでいたが、それを長きにわたる戦いで討ち破ると、人類は古代王国の光の千年といわれる絶頂期を迎えた。

 古代王国は、宗主たちが強力な支配魔術によって奴隷たちを従えることで成り立っていた。とこしえの繁栄を支えた魔術だったが、ある時に暴走を始め、人類は築き上げてきた文明をふたたび失う事となった。

 現在、人々は長い年月をかけて文明を取り戻しつつある。過去を戒めとし、自然に対して謙虚であるべきだという考えが生まれるいっぽう、かつての栄華を夢見て古代の強力な魔術を追い求める者も多い。

   * * *

 リラは研究員として駆けだしたばかりの頃の夢を見ていた。魔術の思考法がなせる(わざ)によって、彼女は無意識のうちに、生還する方法を模索していたのだ。

 四年前、リラが十九歳の頃。山岳信仰についての研究を裏付けるため、学院を遠く離れて山奥の寺院跡の調査に出向いた時のことだった。
 立ち寄った集落では、寺院跡に棲みついた魔物、ゴブリンによる被害が深刻な問題となっていたために、リラは調査の中止を余儀なくされる。
 そこへ魔物退治を買って出る者が現れた。隊商の護衛や未開地の探索を稼業とする冒険者の一行だ。リラは衝動的に自分を売り込んで討伐隊に参加する事となった。

 リラを含めて八名からなる討伐隊は、日光を嫌い日陰で休む敵の虚をつくために、朝を待って行動を開始するが、寺院跡を視界に捉えた矢先、あろうことか背後からの襲撃を受けてしまう。

 ゴブリンたちにしても、人間との予期しない遭遇だったが、棲みかを守ろうとする彼らの戦意は高く、外敵を盛んに攻め立てた。
 リラに至っては突然のことに冷静さを失い、危ういところをジュナンと名のる女剣士に救われるなど、未熟さを露呈(ろてい)する結果となる。

 態勢を立て直すため遺跡へと退却した一行の前に、ねぐらから這い出してきた新手のゴブリンが立ち塞がる。そこへ追いついた集団も加わって、数で上回る魔物たちと正面からぶつかり合う事となった。
 ほとんどの者が複数の敵を相手取るという厳しい戦況のなか、窮地(きゅうち)(おちい)った同行者を救うためにリラが放った爆炎の魔術をきっかけとして、人間たちは辛くも魔物の撃退に成功する。

 冒険者たちはリラの働きを称賛し、遺跡調査が済むまでの護衛を申し出た。リラはしばらくのあいだ彼らと行動を共にするが、なかでも、剣士のジュナンとは、古くからの友人のように親交を深めた。

   * * * 

 リラは私室の寝床で目を覚ます。研究室の同僚たちが憔悴(しょうすい)しきったリラを部屋まで送り届けてくれたことを思い出し、跳ね起きた。出発までに残された時間は一日。

 魔術書の奪還が危険な任務であることに変わりはないが、それを理由に、逃げるわけにはいかない。振り返れば、これまでに何度も命の危険を脱している。
 つい先月も城館跡を守護する戦士の石像群に追いかけ回されたばかりだ。遺跡の坑道で残忍な馬頭鬼(ばとうき)族の戦士と出くわしたこともある。遺跡群チャタンの探索では遺跡を荒らす盗掘師たちと、幾度となく争って、そのどれも無事にくぐり抜けてこられたのだ。
「どんな窮地だって乗り越えてみせる」
 立ち向かう力を取り戻せたリラは、まだ外が暗いうちから、慌ただしく旅の準備と腹ごしらえを始めるのだった。


序章~第二章のあらすじ 終わり
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登場人物紹介

おもな登場人物 ※五十音順


〈アトワーズ〉【四章 七章 九章】

学院の魔術師範を務めていた老人。出身とする漂泊の民トルシャンが、盗掘師たちの遠縁であることや、敷地の片隅に天幕を張って暮らしていたこと、毎度のようにリラをかばっていたことから、役員たちに「荒れ地生まれの変わり者」と煙たがられている。リラの師であるロウマンとは、過去の大いくさを生き抜いた戦友。リラに、亡くした娘の面影を見ていた。


〈アマダ〉【二章 五章】
リラが所属する〈第三・古代史研究室〉のすこし太った室長。「うだつの上がらない、あばら家の亭主」と揶揄されている。気さくで人懐っこそうな顔をしているが、がさつで繊細さなど持ち合わせてはいない。彼の衝動的な行動で研究員たちは振り回され、たびたび危険な目にあわされている。生まれは港町の裕福な商家だが、わけあって学者になる道を選んだ。


〈ウルイ〉【五章 九章】

〈第三・古代史研究室〉では最古参となる年配の魔術師で、独学による魔術は、なぜか探索に向いたものばかり。のんびりとした人柄だが、自由気ままな室長を諭すこともある。リラに対しては、とくに優しく接するようだ。アマダのせいで危機に瀕することの多い研究室の面々だが、彼のような、おっとりした者がどうやってくぐり抜けてきたのかは不明である。


〈エルトラン〉【一章~】

学院の書庫に侵入して重要な書物を盗み出した男。高位魔術研究室に所属する優秀な魔術師であるが、異端魔術の研究に手を染めていたという噂が絶えない。吹雪の中での追撃を振り切ったあとは行方をくらませているが、東の森林地帯に潜伏し、ウトロの事件に関わっているのではないか、と目されている。出自についても諸説あり、得体の知れない人物である。


〈ジュナン〉【二章 三章】
冒険者の一団に属する駆け出しの剣士。魔物退治のあと、しばらくリラと行動を共にする。一人前だと認められたいがために護衛の役目を不服がったり、戦いを前に緊張した表情を見せたりするなど、初々しさの抜けない彼女だが、どこで身につけたのか、洗練された剣の腕をもつ。また、ドラゴンに襲われて生き延びたのだから、強運の持ち主というほかない。

〈ネイドル〉【一章 三章 四章】
カンタベルの運営に関わっている重役員だが、魔術や学問への造詣は深くない。リラを呼びつけて威圧的な態度で書物奪還を指示した。腹いせのために〈成金趣味、もしくはむっつり顔〉と名付けられていることを本人は知る由もない。貴族会という目の上のこぶとエルトランの事件に悩まされているが、彼の関心はもっぱら、美術品の収集や美食に向けられている。

〈フルミド〉【三章 五章 八章】
学院に雇われて半年となる初老の用務係。役員の遣いでリラの研究室を訪れ、本部中央棟への呼び出しを告げた。生気に乏しい風貌からは想像できない、器用さと気配りの細やかさをもち合わせている。噂話が好きで人間観察を趣味とするため、リラに助言したり、そのうろたえる姿を見て楽しんだり。さらには、任務に向けた足掛かりをリラに与えることとなる。

〈ボナルティ〉【一章 三章 四章 八章】
いつもネイドルの背後に控えている丸眼鏡の小男。彼も同じく役員の地位にあるが、金切り声でわめき立てる姿は、まるで口うるさい官吏だ。リラが、単なる腰巾着だろう、と見て油断したのも無理はない。彼の言い分はこうだ。ただ飯を食わしてやっているのだから恩を返せ。さらに返済金の免除と帰郷の許しという甘美な言葉で、リラの反抗心を完全にくじいた。

〈マレッタ・トウヤ〉【六章】
カンタベル学院に勤めて二十余年、学生食堂の厨房を仕切る調理人である。口達者で腕っ節が強く、たとえ貴族の子弟であろうが容赦せずに叱りつけるため、学生たちに恐れられていた。容姿についての表記は少ないが、大勢からの求婚を受けたことがあり、力強い人間性とも相まって魅力的な人物のようだ。我が子と同年代のリラとは、固い友情で結ばれている。

〈リラ〉【序章~】    
カンタベル学院で歴史研究に従事する魔術師。険しい山に囲まれたクルルの里で生まれ育つが、放浪の老魔術師に才能を見出されたことから山を下り、同学院において魔術を学んだ。故郷の山道で鍛えられた俊敏性と、丈夫な体をもつ。本人は慎重派だと主張するが、根っからの研究者体質で、とかく興味が先走るため、周囲の見解が必ずしも一致するとは限らない。

〈ロウマン〉【序章 二章 五章】
放浪の果て、クルルの里にやってきた老魔術師。山での厳しい暮らしを送る人々の支えとなるべく里の外れに住み着いた。そこで出会った少女の才能を見出し、弟子に迎える。医術にも長けているが、魔術しかり「世の中には万能なものなど存在しない」と弟子を諭す。また、学院で魔術師範を務めるアトワーズとは、過去のいくさにおいて生死を共にした仲だった。

〈ロスロー〉【四章】

立派な体格をした、学院でも屈指の実力をもつ魔術師。攻撃魔術の達人であり、学院内外で立てた功績によって称号を授与されている。貴族の出身であることを誇示しないなど、自らには徹底した実力主義を課すいっぽう、伝統や格式を重んじる傾向は強い。最近、酒館で朝まで飲む姿が目撃されている。ふだん堅物なだけあって、酒が入ると面倒な人物に違いない。

その他の登場人物 ※五十音順


〈ヴィルジット〉【二章 三章】

重役員のネイドルによって、リラに与えられた偽名。冒険者協会の証書には剣士とある。

 

〈カドマク・ニルセン〉【五章】

ウトロの山奥で金脈を発見した探検家。四度目の探索では、部隊もろとも消息を絶った。

 

〈セノルカ・バリン〉〈ベイケット・クラン〉〈オハラス〉【八章】

二十年ほど前の除名者記録では「学院条例の著しい違反のために処分となった」とある。

 

〈ゼラコイ〉【二章 八章】

閲覧室に猫を放ったり、戦場魔術の廃止を訴えたりした魔術師。消えた賢者として有名。

 

〈チャドリ〉【六章】

学舎の厨房において食材庫の管理を任されている。ものぐさだが、料理長の信頼は厚い。

 

〈テルゼン〉【八章】

トツカヌと話していた若い魔術師。紫紺色の長衣を着ており、身分が高い人物のようだ。

 

〈トツカヌ〉【八章】

立派な体格をした老人。テルゼンには不満げな態度を見せる。酒を飲まないと眠れない。

 

〈ナージャ〉【七章】

アトワーズの教え子。六年前に卒業していることから、リラよりすこし上級生のようだ。

 

〈ブルニ〉【八章 十章】

いくさでの悲惨な経験がもとで人間不信に陥った守衛の老人。リラにはすこし心を開く。

 

〈ベルカ〉【五章】

アマダと共に、歴史研究に従事している学者。思慮の欠ける室長に詰め寄ることがある。

 

〈ポロイ〉【二章 五章 八章】

二千年前の災厄にて大船団を率い、滅亡寸前まで追い込まれた人類を新大陸へと導いた。


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