第三章・第四章のあらすじ
文字数 3,095文字
旅の任務においては学院の機密、つまり盗まれた魔術書に関して、いっさいの口外を禁じられている。外部に情報が漏れ出すなどもってのほかだった。
部屋に戻って準備を進めるリラのもとに、役員たちからの指示書や荷物が届けられる。
役員からの指示書にはこう書かれていた。
――任務のあいだ、学院の機密を最優先とせよ。身分を隠すため、旅の剣士として振る舞うように――
また、届いた荷物は剣士の旅服と、ひと振りの剣、そして冒険者協会に所属する剣士〈ヴィルジット〉であることを証明するための偽書だった。
なぜ、わざわざ目立つ格好をしなくてはいけないのか、とリラは憤るが、冒険者として振る舞うことで物事に首を突っ込みやすくなるし、リラの情報を持たないエルトランに対して先手を打てるなど有利に働くのではないか、と前向きに捉えた。
いちどは放り出した剣士の旅服に腕を通し、優れた着心地に驚くとともに、リラは
この時以降、時間を見つけては剣の
そこへ、ふたたび指示書と荷物が届けられる。届けたのも、前日の昼下がりに役員からの指示を伝えたのも、フルミドという初老の用務係だった。
指示書の内容はつぎのようなものだった。
――このたびの任務に当たり、
路銀は数枚の金貨を含む法外なものだった。また、剣士の服も手が込んだつくりとなっており、相当な品であることは確かだ。剣も
重役員たちが、それほどまでにして守りたい魔術書の秘密とはいったい……。リラの中に、盗まれた魔術書や、エルトランが手を出したとされる異端研究についての興味が湧いてくる。
リラが事件の解決に赴くウトロ村は、町から東に数日、険阻な山脈を越えた先の森林地帯にある。そこへは当初、舟で川を下っての、山脈の難所を避ける経路を予定していた。
ところが、用務係のフルミドによって、川では現在、海賊行為が
リラが何かと親切なフルミドに、恐るおそる任務を打ち明けたところ、意外にも協力的な姿勢を見せる。彼自身、エルトランとのあいだに葛藤を抱えているようだった。
リラはフルミドから、エルトランが出奔前に使っていた部屋の鍵をこっそりと渡される。同時に事件の前、エルトランが学院の旧敷地と呼ばれる廃墟に夜な夜な出入りしていたことを告げられた。
思わぬ協力者の出現に意気揚々と部屋を飛び出すリラ。フルミドと別れる際に何やら依頼することも忘れなかった。
【第四章 奔走】のあらすじ
フルミドと別れたあとリラは、事件の解決に向けた手がかりや、エルトランに関する情報を得るため、彼が所属していた研究室のある西の区画へと向かう。
やがてくる戦いを、定められたことのように捉えていたが、運命などといった不確かなものに未来をゆだねる気は、さらさらない。彼女は根っからの研究者である。無事に生還する方法を模索しての行動だった。
庭園を取り囲む回廊では、年老いた庭師たちや、運搬作業を補助する土人形とすれ違う。
土人形とは、戦場魔術の研究が転用された魔法仕掛けの偶人だ。現在の技術では簡単な命令をこなすことさえ難しいが、学院内で単純作業や敷地内の警備に使役されている。
また、庭師の多くは過去の戦乱で重症を負った元兵士たちだった。終戦後、負傷兵が生活の基盤を失ったり、野盗と化したりする問題が起きたため、国は保護的に雇用する対策を行なっていた。
西の端まで来ると、現在は廃墟となっている学院旧敷地との境目に蔦の茂みがある。その中にある鉄柵は、七年前にリラが起こした決闘騒ぎが発端となって設置されたものだった。
エルトランが夜な夜な出入りをしていたという場所でもあったが、広大な旧敷地を調べる余裕など彼女にはなかった。
リラは、威容を誇る研究棟までやってきた。息が詰まりそうな廊下を進み、エルトランが在籍していた〈高位魔術研究室〉の扉の前に立つ。
ところが、待ち伏せを受けて罵声を浴びせられたあげく、襟をつかんで引きずり込まれ、広大な研究室の中に放り込まれてしまった。
非友好的な空気が漂うなか、リラも冷静でいられなくなり、待ち伏せをした魔術師に思わず「あなたのような下っ端じゃ、話にもならない」などとやり返してしまう。
ほとんどかみ合わず、時間ばかり空費する彼らとの交渉に困り果てていたところ、彼女の前に現れたのが責任者である魔術師、ロスローだった。
彼は爵位を持つだけでなく、いくさでの働きや、学院きっての実力者であることから、運営評議会にも名を連ねている。
やはりロスローも、身分が卑しいとされる山の民出身のリラと、最初はまともに取り合おうとしなかった。
そこへ、横合いから口を挟んできた魔術師たちによって、エルトランの生まれが貧民街であると明かされる。つまり、リラと同じく奨学金での就学だった可能性が高い。
さらに、侮蔑の色を隠そうとしないロスロー自身の口からは、以前にエルトランが手を出したという異端研究について語られた。
それは、生贄を伴う対価魔術や、疫病のように伝播する支配魔術といった、資料の所持や研究ですら処罰の対象となるような禁忌の術、つまりは魔道と呼ばれるものだった。
数ある魔道のなかでも、異界との接触は文明の終焉を招きかねない危険なものだ。魔術師たちは、過去に幾度となく接触を試みては失敗し、異界からの侵入者を食い止めるために多くの犠牲を払っていた。
エルトランが異端研究の罪を免れたいきさつは不明だが、今回の魔術書の盗み出しで、二度も煮え湯を飲まされたロスローにすれば、身分が卑しい者など信用できない、ということになる。
「君もなんら変わらない。あわれな〈山の娘〉よ……」
去っていくロスローの後ろ姿にリラは心のなかで呟く。
「本来なら、あなたがおもむくべき任務だわ」
その後もリラは、盗まれた魔術書について執拗に聞き出そうとした。エルトランを追撃した者のふがいなさを非難したところ、どうしてかロスローが激しい怒りをあらわにする。
青ざめた下働きの魔術師たちがリラを追い出しにかかったため、彼女は研究室をあとにするしかなかった。
* * *
同じ頃、中央棟の執務室においては、重役員の男たちがつまらなそうに話していた。その内容は、つぎのようなものだった。【参照】第四章 奔走(4)
・学生時代にリラが起こした決闘騒ぎについて、後援貴族会からの根強い不満があるものの、故アトワーズ師範の遺言によって処分すらできない頭痛の種となっていること。
・学院にとっての最優先は、盗まれた魔術書の奪還であるが、任務上の失態を理由としてリラを処分できれば上々だということ。
・ウトロにおいてリラと合流する予定の〈薄汚い〉専門家には、リラの監視をさせること。
・事件の夜、ロスローがエルトランを発見し、追撃したものの取り逃がしてしまい、それ以降は評議会にも出席せず、酒館に入り浸っていること。
数日後、思いもよらぬ人物が訪れ、彼らは慌てふためく事となる。
第三章・第四章のあらすじ 終わり