第三章・第四章のあらすじ

文字数 3,095文字

【第三章 ジュナンとヴィルジット】のあらすじ

 旅の任務においては学院の機密、つまり盗まれた魔術書に関して、いっさいの口外を禁じられている。外部に情報が漏れ出すなどもってのほかだった。
 部屋に戻って準備を進めるリラのもとに、役員たちからの指示書や荷物が届けられる。

 役員からの指示書にはこう書かれていた。
 ――任務のあいだ、学院の機密を最優先とせよ。身分を隠すため、旅の剣士として振る舞うように――
 また、届いた荷物は剣士の旅服と、ひと振りの剣、そして冒険者協会に所属する剣士〈ヴィルジット〉であることを証明するための偽書だった。

 なぜ、わざわざ目立つ格好をしなくてはいけないのか、とリラは憤るが、冒険者として振る舞うことで物事に首を突っ込みやすくなるし、リラの情報を持たないエルトランに対して先手を打てるなど有利に働くのではないか、と前向きに捉えた。

 いちどは放り出した剣士の旅服に腕を通し、優れた着心地に驚くとともに、リラは姿見(すがたみ)に映った自身の姿を見て、四年前の魔物退治で知り合った女剣士ジュナンの剣捌(けんさば)きを思い浮かべる。【参照】第三章 ジュナンとヴィルジット(2)
 この時以降、時間を見つけては剣の稽古(けいこ)をするリラだった。

 そこへ、ふたたび指示書と荷物が届けられる。届けたのも、前日の昼下がりに役員からの指示を伝えたのも、フルミドという初老の用務係だった。

 指示書の内容はつぎのようなものだった。
 ――このたびの任務に当たり、路銀(ろぎん)を与える。優秀な専門家を一名雇うので、三日後にウトロ村において合流し、事件の調査、解決に当たること――

 路銀は数枚の金貨を含む法外なものだった。また、剣士の服も手が込んだつくりとなっており、相当な品であることは確かだ。剣も粗雑(そざつ)なものとは程遠い。
 重役員たちが、それほどまでにして守りたい魔術書の秘密とはいったい……。リラの中に、盗まれた魔術書や、エルトランが手を出したとされる異端研究についての興味が湧いてくる。

 リラが事件の解決に赴くウトロ村は、町から東に数日、険阻な山脈を越えた先の森林地帯にある。そこへは当初、舟で川を下っての、山脈の難所を避ける経路を予定していた。
 ところが、用務係のフルミドによって、川では現在、海賊行為が頻発(ひんぱつ)しているため、それが危険であることを教えられる。しかたなくミュルヌーイの峠越えから、ポウトリ湖畔の漁村クイルツッカに立ち寄り、ウトロ村のある森林地帯へ、という経路になる。

 リラが何かと親切なフルミドに、恐るおそる任務を打ち明けたところ、意外にも協力的な姿勢を見せる。彼自身、エルトランとのあいだに葛藤を抱えているようだった。
 リラはフルミドから、エルトランが出奔前に使っていた部屋の鍵をこっそりと渡される。同時に事件の前、エルトランが学院の旧敷地と呼ばれる廃墟に夜な夜な出入りしていたことを告げられた。

 思わぬ協力者の出現に意気揚々と部屋を飛び出すリラ。フルミドと別れる際に何やら依頼することも忘れなかった。



【第四章 奔走】のあらすじ

 フルミドと別れたあとリラは、事件の解決に向けた手がかりや、エルトランに関する情報を得るため、彼が所属していた研究室のある西の区画へと向かう。
 やがてくる戦いを、定められたことのように捉えていたが、運命などといった不確かなものに未来をゆだねる気は、さらさらない。彼女は根っからの研究者である。無事に生還する方法を模索しての行動だった。

 庭園を取り囲む回廊では、年老いた庭師たちや、運搬作業を補助する土人形とすれ違う。
 土人形とは、戦場魔術の研究が転用された魔法仕掛けの偶人だ。現在の技術では簡単な命令をこなすことさえ難しいが、学院内で単純作業や敷地内の警備に使役されている。
 また、庭師の多くは過去の戦乱で重症を負った元兵士たちだった。終戦後、負傷兵が生活の基盤を失ったり、野盗と化したりする問題が起きたため、国は保護的に雇用する対策を行なっていた。

 西の端まで来ると、現在は廃墟となっている学院旧敷地との境目に蔦の茂みがある。その中にある鉄柵は、七年前にリラが起こした決闘騒ぎが発端となって設置されたものだった。
 エルトランが夜な夜な出入りをしていたという場所でもあったが、広大な旧敷地を調べる余裕など彼女にはなかった。

 リラは、威容を誇る研究棟までやってきた。息が詰まりそうな廊下を進み、エルトランが在籍していた〈高位魔術研究室〉の扉の前に立つ。
 ところが、待ち伏せを受けて罵声を浴びせられたあげく、襟をつかんで引きずり込まれ、広大な研究室の中に放り込まれてしまった。

 非友好的な空気が漂うなか、リラも冷静でいられなくなり、待ち伏せをした魔術師に思わず「あなたのような下っ端じゃ、話にもならない」などとやり返してしまう。
 ほとんどかみ合わず、時間ばかり空費する彼らとの交渉に困り果てていたところ、彼女の前に現れたのが責任者である魔術師、ロスローだった。

 彼は爵位を持つだけでなく、いくさでの働きや、学院きっての実力者であることから、運営評議会にも名を連ねている。
 やはりロスローも、身分が卑しいとされる山の民出身のリラと、最初はまともに取り合おうとしなかった。

 そこへ、横合いから口を挟んできた魔術師たちによって、エルトランの生まれが貧民街であると明かされる。つまり、リラと同じく奨学金での就学だった可能性が高い。
 さらに、侮蔑の色を隠そうとしないロスロー自身の口からは、以前にエルトランが手を出したという異端研究について語られた。

 それは、生贄を伴う対価魔術や、疫病のように伝播する支配魔術といった、資料の所持や研究ですら処罰の対象となるような禁忌の術、つまりは魔道と呼ばれるものだった。
 数ある魔道のなかでも、異界との接触は文明の終焉を招きかねない危険なものだ。魔術師たちは、過去に幾度となく接触を試みては失敗し、異界からの侵入者を食い止めるために多くの犠牲を払っていた。

 エルトランが異端研究の罪を免れたいきさつは不明だが、今回の魔術書の盗み出しで、二度も煮え湯を飲まされたロスローにすれば、身分が卑しい者など信用できない、ということになる。
「君もなんら変わらない。あわれな〈山の娘〉よ……」
 去っていくロスローの後ろ姿にリラは心のなかで呟く。
「本来なら、あなたがおもむくべき任務だわ」

 その後もリラは、盗まれた魔術書について執拗に聞き出そうとした。エルトランを追撃した者のふがいなさを非難したところ、どうしてかロスローが激しい怒りをあらわにする。
 青ざめた下働きの魔術師たちがリラを追い出しにかかったため、彼女は研究室をあとにするしかなかった。

   * * *

 同じ頃、中央棟の執務室においては、重役員の男たちがつまらなそうに話していた。その内容は、つぎのようなものだった。【参照】第四章 奔走(4)

・学生時代にリラが起こした決闘騒ぎについて、後援貴族会からの根強い不満があるものの、故アトワーズ師範の遺言によって処分すらできない頭痛の種となっていること。
・学院にとっての最優先は、盗まれた魔術書の奪還であるが、任務上の失態を理由としてリラを処分できれば上々だということ。
・ウトロにおいてリラと合流する予定の〈薄汚い〉専門家には、リラの監視をさせること。
・事件の夜、ロスローがエルトランを発見し、追撃したものの取り逃がしてしまい、それ以降は評議会にも出席せず、酒館に入り浸っていること。

 数日後、思いもよらぬ人物が訪れ、彼らは慌てふためく事となる。


第三章・第四章のあらすじ 終わり
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登場人物紹介

おもな登場人物 ※五十音順


〈アトワーズ〉【四章 七章 九章】

学院の魔術師範を務めていた老人。出身とする漂泊の民トルシャンが、盗掘師たちの遠縁であることや、敷地の片隅に天幕を張って暮らしていたこと、毎度のようにリラをかばっていたことから、役員たちに「荒れ地生まれの変わり者」と煙たがられている。リラの師であるロウマンとは、過去の大いくさを生き抜いた戦友。リラに、亡くした娘の面影を見ていた。


〈アマダ〉【二章 五章】
リラが所属する〈第三・古代史研究室〉のすこし太った室長。「うだつの上がらない、あばら家の亭主」と揶揄されている。気さくで人懐っこそうな顔をしているが、がさつで繊細さなど持ち合わせてはいない。彼の衝動的な行動で研究員たちは振り回され、たびたび危険な目にあわされている。生まれは港町の裕福な商家だが、わけあって学者になる道を選んだ。


〈ウルイ〉【五章 九章】

〈第三・古代史研究室〉では最古参となる年配の魔術師で、独学による魔術は、なぜか探索に向いたものばかり。のんびりとした人柄だが、自由気ままな室長を諭すこともある。リラに対しては、とくに優しく接するようだ。アマダのせいで危機に瀕することの多い研究室の面々だが、彼のような、おっとりした者がどうやってくぐり抜けてきたのかは不明である。


〈エルトラン〉【一章~】

学院の書庫に侵入して重要な書物を盗み出した男。高位魔術研究室に所属する優秀な魔術師であるが、異端魔術の研究に手を染めていたという噂が絶えない。吹雪の中での追撃を振り切ったあとは行方をくらませているが、東の森林地帯に潜伏し、ウトロの事件に関わっているのではないか、と目されている。出自についても諸説あり、得体の知れない人物である。


〈ジュナン〉【二章 三章】
冒険者の一団に属する駆け出しの剣士。魔物退治のあと、しばらくリラと行動を共にする。一人前だと認められたいがために護衛の役目を不服がったり、戦いを前に緊張した表情を見せたりするなど、初々しさの抜けない彼女だが、どこで身につけたのか、洗練された剣の腕をもつ。また、ドラゴンに襲われて生き延びたのだから、強運の持ち主というほかない。

〈ネイドル〉【一章 三章 四章】
カンタベルの運営に関わっている重役員だが、魔術や学問への造詣は深くない。リラを呼びつけて威圧的な態度で書物奪還を指示した。腹いせのために〈成金趣味、もしくはむっつり顔〉と名付けられていることを本人は知る由もない。貴族会という目の上のこぶとエルトランの事件に悩まされているが、彼の関心はもっぱら、美術品の収集や美食に向けられている。

〈フルミド〉【三章 五章 八章】
学院に雇われて半年となる初老の用務係。役員の遣いでリラの研究室を訪れ、本部中央棟への呼び出しを告げた。生気に乏しい風貌からは想像できない、器用さと気配りの細やかさをもち合わせている。噂話が好きで人間観察を趣味とするため、リラに助言したり、そのうろたえる姿を見て楽しんだり。さらには、任務に向けた足掛かりをリラに与えることとなる。

〈ボナルティ〉【一章 三章 四章 八章】
いつもネイドルの背後に控えている丸眼鏡の小男。彼も同じく役員の地位にあるが、金切り声でわめき立てる姿は、まるで口うるさい官吏だ。リラが、単なる腰巾着だろう、と見て油断したのも無理はない。彼の言い分はこうだ。ただ飯を食わしてやっているのだから恩を返せ。さらに返済金の免除と帰郷の許しという甘美な言葉で、リラの反抗心を完全にくじいた。

〈マレッタ・トウヤ〉【六章】
カンタベル学院に勤めて二十余年、学生食堂の厨房を仕切る調理人である。口達者で腕っ節が強く、たとえ貴族の子弟であろうが容赦せずに叱りつけるため、学生たちに恐れられていた。容姿についての表記は少ないが、大勢からの求婚を受けたことがあり、力強い人間性とも相まって魅力的な人物のようだ。我が子と同年代のリラとは、固い友情で結ばれている。

〈リラ〉【序章~】    
カンタベル学院で歴史研究に従事する魔術師。険しい山に囲まれたクルルの里で生まれ育つが、放浪の老魔術師に才能を見出されたことから山を下り、同学院において魔術を学んだ。故郷の山道で鍛えられた俊敏性と、丈夫な体をもつ。本人は慎重派だと主張するが、根っからの研究者体質で、とかく興味が先走るため、周囲の見解が必ずしも一致するとは限らない。

〈ロウマン〉【序章 二章 五章】
放浪の果て、クルルの里にやってきた老魔術師。山での厳しい暮らしを送る人々の支えとなるべく里の外れに住み着いた。そこで出会った少女の才能を見出し、弟子に迎える。医術にも長けているが、魔術しかり「世の中には万能なものなど存在しない」と弟子を諭す。また、学院で魔術師範を務めるアトワーズとは、過去のいくさにおいて生死を共にした仲だった。

〈ロスロー〉【四章】

立派な体格をした、学院でも屈指の実力をもつ魔術師。攻撃魔術の達人であり、学院内外で立てた功績によって称号を授与されている。貴族の出身であることを誇示しないなど、自らには徹底した実力主義を課すいっぽう、伝統や格式を重んじる傾向は強い。最近、酒館で朝まで飲む姿が目撃されている。ふだん堅物なだけあって、酒が入ると面倒な人物に違いない。

その他の登場人物 ※五十音順


〈ヴィルジット〉【二章 三章】

重役員のネイドルによって、リラに与えられた偽名。冒険者協会の証書には剣士とある。

 

〈カドマク・ニルセン〉【五章】

ウトロの山奥で金脈を発見した探検家。四度目の探索では、部隊もろとも消息を絶った。

 

〈セノルカ・バリン〉〈ベイケット・クラン〉〈オハラス〉【八章】

二十年ほど前の除名者記録では「学院条例の著しい違反のために処分となった」とある。

 

〈ゼラコイ〉【二章 八章】

閲覧室に猫を放ったり、戦場魔術の廃止を訴えたりした魔術師。消えた賢者として有名。

 

〈チャドリ〉【六章】

学舎の厨房において食材庫の管理を任されている。ものぐさだが、料理長の信頼は厚い。

 

〈テルゼン〉【八章】

トツカヌと話していた若い魔術師。紫紺色の長衣を着ており、身分が高い人物のようだ。

 

〈トツカヌ〉【八章】

立派な体格をした老人。テルゼンには不満げな態度を見せる。酒を飲まないと眠れない。

 

〈ナージャ〉【七章】

アトワーズの教え子。六年前に卒業していることから、リラよりすこし上級生のようだ。

 

〈ブルニ〉【八章 十章】

いくさでの悲惨な経験がもとで人間不信に陥った守衛の老人。リラにはすこし心を開く。

 

〈ベルカ〉【五章】

アマダと共に、歴史研究に従事している学者。思慮の欠ける室長に詰め寄ることがある。

 

〈ポロイ〉【二章 五章 八章】

二千年前の災厄にて大船団を率い、滅亡寸前まで追い込まれた人類を新大陸へと導いた。


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