ここだけの話 ①~④

文字数 3,110文字

はじめに
 数ある作品のなかから「黒衣のリラ」を開いていただき、ありがとうございます。
 作品を楽しんでもらえるように、と活動報告で公開していた「ここだけの話」を加筆して、ひとつにまとめてみました。
 各章の簡単な紹介だけでなく、創作で意識したことや苦労したことなども書いております。お暇なときにでも読んでくださると、筆者は嬉しくて泣くかもしれません。


ここだけの話①【序章 冬の訪れ】
 「冬の訪れ」は一章を書き終えてから取りかかったものです。始めは、過去の出来事としてどこかに挿入して簡潔に済ませるつもりでしたが、章として独立させてよかったと思います。

 「黒衣のリラ」は全編を通して三人称視点ですが、ほぼ、リラの視点に固定された描写となっています。いっぽう、たびたび挿入される過去の場面、とくに幼少期で引いた視点が多いのは、周囲の大人の目を通して見る感じや、リラが過去の自分をすこし客観的に見ている雰囲気を狙ってのことです。
 このぼやけた視点の効果のほどは不明ながら、第七章にて、ぴったりと当てはまっているのでは? と勝手に思っています。

 後半、腰痛を心配して「腰がよくなる魔法はないの?」と尋ねたリラに対し、ロウマンは「わしらは千年先も腰の痛みと戦っておる」と諭します。魔術は万能などではなく、人生に近道や一発逆転といったものも存在しないのだ、という彼なりの哲学を、気持ちが先走りがちなリラに伝えたかったのかもしれません。
 ふたりの、このようなやり取りは物語中たびたび見られ、現在ではすっかりリラの一部分となっている描写があとのほうに出てきます。

 ちなみに、冒頭でリラが駆け下りる斜面や、原野を震わせる風の音の描写は、奈良県のある山の頂上での思い出がヒントとなりました。創作って、つくづく贅沢な遊びだなあと思います。


ここだけの話②【第一章 日常はついえ 魔術師は悲嘆に伏す】
 突然、リラの愛する日常が終わってしまいます。学院上層部からの何やらいわくありげな命令は理不尽なものですが、彼女にも身勝手な部分があって、葛藤のあげくに消耗し、根を詰めていた仕事の疲れも重なり、最後は深い眠りに落ちてしまいます。

 こういうとき、ひたすら休養をとることで活力を取り戻す人、酒とドンチャン騒ぎで充電する人、様々ではないでしょうか。筆者は前者、果てしなく眠るほうです。
 執務室にて登場するふたりのお偉いさんは、いわゆるステレオタイプのわかりやすい人物ですね。書いていて、とくに楽しかったのが、くどくど口うるさい小役人のような小男、ボナルティです。当初「単なる腰巾着だろう」と軽く見ていたリラに、強烈な横やりでとどめの一撃を加えました。

 ここは、リラと読む側の感覚をうまく合わせることができたのでは? と自画自賛の部分でもあります。筆者は、このお偉いさんたちをすっかりと気に入ってしまい、第四章の最後に彼らのための場面を設ける事となりました。


ここだけの話③【第二章 帰る場所】
 ツエルラコイなる人の警鐘から始まりますが「ファミコンのオープニングか!」と突っ込まれそうですね。ここでは、世界が何度も危機をくぐり抜けてきたことがわかります。
 人類が難を逃れて移り住んだ大陸では、原始的な社会を営んでいた魔物たちとの覇権争いや新天地を起源とする疫病など、多くの困難が待ち構えており、それらを切り抜けるなかで魔術は格段の進歩を遂げたのです。

 つづく、歴史学者アマダに関するエピソードでは、古代史の影に焦点を当てた、彼の研究について紹介されています。奴隷のくだりにおいては、彼らが体中に刻まれた支配の魔法構文によって隷属を強いられていたことが書かれており、やっぱり人間って欲深いなあ、という印象に尽きます。

 疲れて眠りに落ちたリラは、冒険者の魔物退治に同行した時の夢を見ますが、それは魔術の思考法がなせる、無事に生還するための模索だったのでしょう。
 山に分け入るシーンでは、筆者の趣味である登山でのメモを活かしてみました。スピンオフの「見聞士」でも描写があるように、つくづく、自分でも尾根という言葉が好きだなあ、と実感。

 遺跡の魔物と戦う場面では、剣と魔法の物語らしさを出すため、大昔に遊んだテーブルトークRPGの経験をもとにしてみました。なんとしても入れたかったのが、ゴブリンの目を通してのくだりです。ゲームではおなじみのやられ役ですが、彼らには独自の価値観や歴史があり、その目には人間など醜く映っていることでしょう。

 ここで初めて魔術の描写があります。よりによってベタな火球ですが、文章でいいかげんなことは書けません。命のやり取りなのだから、前髪がチリチリになる程度の炎では用をなさないのです。それを生物に向けて放つとなると、たいへん危険なものとなり、作中における魔術という暴力の位置づけを考えるきっかけとなりました。

 この戦いでリラは、二重詠唱という技術によって、もうひとつの呪文を唱えているのですが、おわかりになったでしょうか。のちに出てくる〈這い縄〉に似た魔術で、ゴブリンの動きを止めることに成功しています。山羊ひげの魔術師だけがそれに気づいていたようです。
 習得のいきさつは込み入ったものだ、とありますが、それは、リラが学生時代の決闘において、相手を傷つけないようにと悩んだ末のものだったのです。実際は十章の回想で書かれている通り、相手の自尊心を傷つける結果となってしまいます。

 第二章のタイトルについて。この物語を思いついた頃には、リラが冒険者となる結末も考えていたのです。設定が膨らむにつれて、彼女なら役割や居場所を大切にするだろう、と人物が定まってきました。日常である研究室や、家族のいる故郷の比重が大きくなりましたが、もともとは冒険者を含めての三つを指した「帰る場所」でした。

 章の最後、リラはようやく復活を果たしますが、慎重派を自称するわりにはバタバタする姿に、なぜかそそっかしさを感じずにはいられません。

ここだけの話④【第三章 ジュナンとヴィルジット】
 用務係のフルミドは、落書きをするなかで「あ、こんなオジサンいそう」と、偶然生まれた人物です。
 彼とリラの、扉口を挟んだやり取りがつづくので、単調さを解消するために字数を削りまくったのですが、「削ってもこれか!」とお叱りを受けるかもしれません。

 なんだかんだと言いつつもリラは、エルトランや盗まれた書物、旧敷地などに関心を深めていきます。やはりそこは根っからの研究者なのでしょう。
 章の中盤、場面はふたたび四年前に移ります。リラと冒険者のジュナンが思い出話に花を咲かせますが、回想の中での思い出話という、ややこしい構成になってしまいました。

 ジュナンが語る、魔獣ドラゴンと遭遇した冒険譚を書いてみたいなあと思っていたところ、ファンタジーの短編コンテストが開かれるとのことでした。こうして出来上がったのが「見聞士」。ジュナンたち冒険者が主役というわけではありませんが、作中でなかなかの存在感を見せています。
 ちなみに、山奥の描写とくに焚き火の表現は、筆者のキャンプでの記憶をもとに頑張ってみました。

 中ほどでは、舞台となるミュルヌーイ峠やクイルツッカ、ポウトリ湖、ウトロ村の地勢について簡単な説明があります。
 物語の魅力を感じていただけるよう、のちの八章ではもうすこし詳しい描写をしております。【参照】第八章 うごめく者たち(4)

 そして、どうやらリラは物語の半ばにして「黒衣のリラ」ではなくなってしまうようです。タイトルはこのままでいいのか? といった疑問を残しつつ第四章へ。
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登場人物紹介

おもな登場人物 ※五十音順


〈アトワーズ〉【四章 七章 九章】

学院の魔術師範を務めていた老人。出身とする漂泊の民トルシャンが、盗掘師たちの遠縁であることや、敷地の片隅に天幕を張って暮らしていたこと、毎度のようにリラをかばっていたことから、役員たちに「荒れ地生まれの変わり者」と煙たがられている。リラの師であるロウマンとは、過去の大いくさを生き抜いた戦友。リラに、亡くした娘の面影を見ていた。


〈アマダ〉【二章 五章】
リラが所属する〈第三・古代史研究室〉のすこし太った室長。「うだつの上がらない、あばら家の亭主」と揶揄されている。気さくで人懐っこそうな顔をしているが、がさつで繊細さなど持ち合わせてはいない。彼の衝動的な行動で研究員たちは振り回され、たびたび危険な目にあわされている。生まれは港町の裕福な商家だが、わけあって学者になる道を選んだ。


〈ウルイ〉【五章 九章】

〈第三・古代史研究室〉では最古参となる年配の魔術師で、独学による魔術は、なぜか探索に向いたものばかり。のんびりとした人柄だが、自由気ままな室長を諭すこともある。リラに対しては、とくに優しく接するようだ。アマダのせいで危機に瀕することの多い研究室の面々だが、彼のような、おっとりした者がどうやってくぐり抜けてきたのかは不明である。


〈エルトラン〉【一章~】

学院の書庫に侵入して重要な書物を盗み出した男。高位魔術研究室に所属する優秀な魔術師であるが、異端魔術の研究に手を染めていたという噂が絶えない。吹雪の中での追撃を振り切ったあとは行方をくらませているが、東の森林地帯に潜伏し、ウトロの事件に関わっているのではないか、と目されている。出自についても諸説あり、得体の知れない人物である。


〈ジュナン〉【二章 三章】
冒険者の一団に属する駆け出しの剣士。魔物退治のあと、しばらくリラと行動を共にする。一人前だと認められたいがために護衛の役目を不服がったり、戦いを前に緊張した表情を見せたりするなど、初々しさの抜けない彼女だが、どこで身につけたのか、洗練された剣の腕をもつ。また、ドラゴンに襲われて生き延びたのだから、強運の持ち主というほかない。

〈ネイドル〉【一章 三章 四章】
カンタベルの運営に関わっている重役員だが、魔術や学問への造詣は深くない。リラを呼びつけて威圧的な態度で書物奪還を指示した。腹いせのために〈成金趣味、もしくはむっつり顔〉と名付けられていることを本人は知る由もない。貴族会という目の上のこぶとエルトランの事件に悩まされているが、彼の関心はもっぱら、美術品の収集や美食に向けられている。

〈フルミド〉【三章 五章 八章】
学院に雇われて半年となる初老の用務係。役員の遣いでリラの研究室を訪れ、本部中央棟への呼び出しを告げた。生気に乏しい風貌からは想像できない、器用さと気配りの細やかさをもち合わせている。噂話が好きで人間観察を趣味とするため、リラに助言したり、そのうろたえる姿を見て楽しんだり。さらには、任務に向けた足掛かりをリラに与えることとなる。

〈ボナルティ〉【一章 三章 四章 八章】
いつもネイドルの背後に控えている丸眼鏡の小男。彼も同じく役員の地位にあるが、金切り声でわめき立てる姿は、まるで口うるさい官吏だ。リラが、単なる腰巾着だろう、と見て油断したのも無理はない。彼の言い分はこうだ。ただ飯を食わしてやっているのだから恩を返せ。さらに返済金の免除と帰郷の許しという甘美な言葉で、リラの反抗心を完全にくじいた。

〈マレッタ・トウヤ〉【六章】
カンタベル学院に勤めて二十余年、学生食堂の厨房を仕切る調理人である。口達者で腕っ節が強く、たとえ貴族の子弟であろうが容赦せずに叱りつけるため、学生たちに恐れられていた。容姿についての表記は少ないが、大勢からの求婚を受けたことがあり、力強い人間性とも相まって魅力的な人物のようだ。我が子と同年代のリラとは、固い友情で結ばれている。

〈リラ〉【序章~】    
カンタベル学院で歴史研究に従事する魔術師。険しい山に囲まれたクルルの里で生まれ育つが、放浪の老魔術師に才能を見出されたことから山を下り、同学院において魔術を学んだ。故郷の山道で鍛えられた俊敏性と、丈夫な体をもつ。本人は慎重派だと主張するが、根っからの研究者体質で、とかく興味が先走るため、周囲の見解が必ずしも一致するとは限らない。

〈ロウマン〉【序章 二章 五章】
放浪の果て、クルルの里にやってきた老魔術師。山での厳しい暮らしを送る人々の支えとなるべく里の外れに住み着いた。そこで出会った少女の才能を見出し、弟子に迎える。医術にも長けているが、魔術しかり「世の中には万能なものなど存在しない」と弟子を諭す。また、学院で魔術師範を務めるアトワーズとは、過去のいくさにおいて生死を共にした仲だった。

〈ロスロー〉【四章】

立派な体格をした、学院でも屈指の実力をもつ魔術師。攻撃魔術の達人であり、学院内外で立てた功績によって称号を授与されている。貴族の出身であることを誇示しないなど、自らには徹底した実力主義を課すいっぽう、伝統や格式を重んじる傾向は強い。最近、酒館で朝まで飲む姿が目撃されている。ふだん堅物なだけあって、酒が入ると面倒な人物に違いない。

その他の登場人物 ※五十音順


〈ヴィルジット〉【二章 三章】

重役員のネイドルによって、リラに与えられた偽名。冒険者協会の証書には剣士とある。

 

〈カドマク・ニルセン〉【五章】

ウトロの山奥で金脈を発見した探検家。四度目の探索では、部隊もろとも消息を絶った。

 

〈セノルカ・バリン〉〈ベイケット・クラン〉〈オハラス〉【八章】

二十年ほど前の除名者記録では「学院条例の著しい違反のために処分となった」とある。

 

〈ゼラコイ〉【二章 八章】

閲覧室に猫を放ったり、戦場魔術の廃止を訴えたりした魔術師。消えた賢者として有名。

 

〈チャドリ〉【六章】

学舎の厨房において食材庫の管理を任されている。ものぐさだが、料理長の信頼は厚い。

 

〈テルゼン〉【八章】

トツカヌと話していた若い魔術師。紫紺色の長衣を着ており、身分が高い人物のようだ。

 

〈トツカヌ〉【八章】

立派な体格をした老人。テルゼンには不満げな態度を見せる。酒を飲まないと眠れない。

 

〈ナージャ〉【七章】

アトワーズの教え子。六年前に卒業していることから、リラよりすこし上級生のようだ。

 

〈ブルニ〉【八章 十章】

いくさでの悲惨な経験がもとで人間不信に陥った守衛の老人。リラにはすこし心を開く。

 

〈ベルカ〉【五章】

アマダと共に、歴史研究に従事している学者。思慮の欠ける室長に詰め寄ることがある。

 

〈ポロイ〉【二章 五章 八章】

二千年前の災厄にて大船団を率い、滅亡寸前まで追い込まれた人類を新大陸へと導いた。


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