第七章 荒れ地の老人と天幕の記憶(4)
文字数 1,836文字
「そうそう、ロウマンもいい年だ。落ち着いたら、いちど会いに行ってやらんといかんな、リラ」
ロウマンは里を
山岳地帯を抜けて都を経由し、キャンタベリーへと及ぶ、二十日間もの行程の半ばを同行者と共に、あとの十日をひとりで旅して町の門をくぐったリラは、迷路のような町中をさまよって、ほうほうの体でアトワーズのもとにたどり着くことができたのだ。
「ロウマン先生は、確かに腰を悪くしていらしたけれど、『わしは小さな頃、病弱だったが、ほれ、見ての通りこの年までぴんぴんしておる』って、いつもおっしゃっていましたわ」
「弟子の手前、見え透いた強がりを言っとるだけだ。いくら賢者ともてはやされたところで、しょせんはただの老いぼれなのだからな」
賢者としてのロウマンは別の名で知られるが、ふたりにとってはそれ以上の存在だ。
そのロウマンから贈られた杖を、リラはいまだ大切に使いつづけている。
「いちど言おうと思っとったのだが、ずいぶんと小さくなったものだな。大切なのはわかるが、いまの身長に合った杖を使ってはどうだ? 術の精度にも影響するだろう。おまえになら……わしのをやってもいい」
隅に立てかけられている、
魔術師にとって杖は、道具以上の意味を持つものだ。弟子となるものや、一人前と認めたものに師匠が与えたり、跡を継ぐ者が受け継いだりするもので、名士アトワーズが口にした言葉の意味は重い。
「そんな、もったいない……。でもありがとうございます。ですが、きっとわたしには必要ありません。強力な呪文だってそうです。また誰かを傷つけてしまわないか、正直に言うと、とても怖いのです」
「しかしな、いつか強い力を必要とする日が、避けられぬ戦いが、かならず来る。おまえが思っとる以上に魔術やこの世界は不安定なのだから」
翌日、リラはチャタンに向けて出発するが、数日の実習を終えて学院に戻った時、恩を返す機会が永遠に失われてしまったことを知る。
思い返すと、アトワーズが
五年以上も前の自分は若すぎて、そんなことにも気づかずにいたのだから。
「また、あいさつに来ました。わたし、明日からウトロへ行くことになったのですが、あの日に先生がおっしゃった通りの、避けられない戦いになるかもしれません。でも、先生がこの場にいらしても、たぶん、マレッタと同じ課題をお与えになるのでしょうね……」
リラはマレッタと別れたあと、学舎の外れにある空き地に足を運んだ。そこには簡素な石が置かれるだけで、ほかには何もない。くしゃくしゃの黒髪を揺らす初夏の風が、鳥のさえずりとともに、天幕のうちに響いたふたりの声を運んでくるようだった。
「それからひとつ、よいお知らせがあるのです。もしかすると近いうちにロウマン先生と会えるかもしれません。その時は、アトワーズ先生もいっしょですよ」
荒れ地を渡り歩く
遠く離れた故郷を思いながら帰ることかなわず。その
リラは
夢か現実か、いつの頃なのか定かでないが、記憶の片隅には、アトワーズに何度も頭を
いくら思いだそうとしても、脳裏には優しい霧が深く立ち込めるばかりだった。
第八章につづく