万事休す  ~安堂洸太郎~

文字数 2,498文字

陰部の根元に歯が強くあたったことで痛みが生じ、それで正気にもどることができました。上に乗った細い体を残った気力で何とか脇にうっちゃると、肉食系捕食者の口惜しそうな表情でじゅるりと唾液を拭いました。危ないところでした。
ねっとりした唾液が絡まる勃起したままの陰部を慌ててズボンの中に仕舞い込み、玄関の引き戸を開けると美奈先生が立っていました。去年の研究会の司会でお召しになっていた大人しい清楚な卵色のワンピースでしたが、アンバランスに目が血走り、頬も目元もいつもより化粧が濃いのが私にもわかりした。
「安堂先生、ちょっとお話が…」
挨拶もなくそう言った時、何事もなかったかのように身嗜みを整えた久我さんが後ろからでてきました。
「久我さん、どうしてこんなところにいるの?」
「安堂先生に御礼を言えておりませんでしたので、お見舞いに参りました」
「一人?」
「そうです」
「女子生徒が一人、独身の男性教師の部屋にいるのは感心しないわね」
「ミーナ先生が、どのような妄想をされているのかわかりませんが、私は卒業しましたから生徒ではありませんし、安堂先生も退職されたと聞きましたから先生ではありません。わたしは昔から安堂先生のことをお慕いしておりましたので、年齢的にも恋愛関係になっても問題はないと思います。卒業前の男子生徒と体育倉庫で性的関係を持つ女教師よりも、ずっと健全だと思いますが」
人の目が殺意で赤黒く三角に変わるのを、はじめて見ました。
「もちろん、ミーナ先生のことではありませんよ」
それをあざ笑うかのように言ったあと、「先生同士の大切なお話があるようなので、私は帰ります。またお見舞いに参ります。安堂先生、お大事になさってくださいね」と、これみよがしに抱きつくと、茫然とする美奈先生を後目にすたすたと帰っていきました。

久我さんが帰ってしまうと、極限に気まずい空気となりました。
「あっ、どうぞ」とぼそりと言って、こそこそと家の中に入ります。表の間にはまだ飲みかけのティカップが残ったままです。「スイマセン」と何を謝っているのか自分でもわからないまま、慌てて片づけているとゴンと鈍い音がして、振り向くと黄色いワンピースが土間の上で土下座をしていました。
「安堂先生、本当にごめんなさい、ごめんなさい、本当に」
そう言って、泣きじゃくりながら髪と頭を擦り付けています。
「美奈先生、どうか落ち着いてください。とりあえず、おあがりください」
そう言って畳に上がらせると、膝と手とおでこと鼻先が黒土で黒くなったまま、話を始めました。
あの日、生徒に大切な話があると、体育倉庫に呼び出されたこと。突然、三人ほどの学校の制服を着た人間に襲われ強姦されたこと。プロレスのお面(覆面)のようなものを被っていたので誰だかわからないこと。途中で気を失ったこと。気が付くと誰かが目の前にいて、それが犯人だと思って、怒りと羞恥心で思わず殴ってしまったこと。しばらくしてから、倒れていたのが私(安堂)だと気づいたこと。混乱したまま、何が起きているのかわからず犯人に仕立ててしまったこと・・・。
そのストーリーは、本人の都合よく脚色されたものでした。「とても混乱していたので、よく覚えていない」というセリフも三度ほどでてきました。
土下座をする胸の大きく開いたワンピースからは例の赤い下着がそのままに、たわんだ胸とレースに隠れた乳首までが顔をだしています。
ちらりと私の膨らんだままの下腹部に目をやると、「こんなことでしか」と言って、頭を下げたまま膨らんだ大判の封筒を差し出しました。その中には700万円がはいっています。それは先生が六年の教師生活で貯蓄した金額のすべてです。
それは謝罪の対価ではありません。「美奈先生は悪くない。嘘もついていない」と私から学校に証言して、そのまま黙って学校を去ってほしいのです。その承諾を得られなければ、彼女は先に進めないのです。
「美奈先生、どうぞ頭を上げてください。もう十分に謝罪はいただきました」
膝で立ち上がり、すすり泣く先生の肩に手が触れた瞬間、猫のように跳ねあがりました。顔をぶつけるようにして唇が塞がれ、踏ん張りの効かない私はタックルで飛ばされるように後ろ向きに転げます。美奈先生は華奢で小顔ですが、身長は私と同じくらいあります。
「美奈先生、やめてください(唇をふさがれたまま声にならず)」
「安堂先生。お願いします、お願いします、お願い」
そう言って、私の身体の上に馬乗りになると、ワンピースのボタンをはじくように前をはだけ、赤いブラジャーを引きちぎるように下げると、飛び出た乳房を顔の上にぶつけてきます。左手をとって素足のままのスカートの中に差し込み、下着の中にまで突っ込みます。どういう心理・心情なのか、そこは溢れんばかりにグズグズに濡れています。
「先生、何をしてもいいですから、わたしどんなことでもしますから。オモチャにしていただいて結構ですから…」
無抵抗の私が受け入れたと思ったのか、その勢いのままショーツを脱ぎ私の顔の上に乗り、ベルトを解いて白い綿のスラックスを下ろすと、久我さんの唾液が残ったままの私の性器にむしゃぶりつきました。
朝まで、赤江(と私)に嬲られていたツルツルの女性器を私の顔に擦り付け、口の中に陰茎を吸い込むように入れ、手と唇を使って必死のフェラチオを続けます。

(してやったり…)
それは予想通りというよりも、想像以上の結果だったと言えます。
わたしはこれをまっていたのです。
しかし、あれほど期待し、妄想し、直前まで最大限勃起していたにもかかわらず、私の陰茎に流れ込んでいた血液は潮が引くように消え去っていました。どれだけ柔らかな手で摩られても、唇で揉まれても、舌先で転がされても、死んだハダカネズミのようにピクリとも動かなかったのです。
どれほど、そうしていたでしょうか。
私が全く反応しなかったことに女としてのプライドを傷つけられたのか、それとも万事休すとなったことに絶望したのか、この数週間のことに疲れ果てたのか、美奈先生は、私の顔に冷えた小尻を乗せたまま、陰部に突っ伏して号泣したのでした。

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