卒業パーティの二次会がはじまる ~赤江悠馬~

文字数 2,020文字

この部屋についてから20分ほどしか経ってないのに、赤うなったり青うなったり、押したり引いたり、怒ったり泣いたり、媚びたり謝ったり言い訳したりと、なんとも忙しいこと。あの後でそないなおもろいことが起こってたやなんて。出演者アホばっかりのドリフのドタバタコントのよう。ポンコツなんはミーナ先生だけやのうて、校長も教頭も一緒。みんな、自分の対面と保身しかないんやろな。
麻希の言うた通り、うちの学校の教師でまともやったんはアンティだけか。
安堂先生は天才やて言うてた。数学でも物理でも英語でも科学でも、どんな難しい問題でも、「あぁ」って見た瞬間に答えというか、道筋というか、出題者が何を問うているのか、そのロジックがわかるって。それだけやのうて自分がどこで詰まってるんか、どんな風に考えたら弱点が克服できるか即座に教えてくれるって。あんな先生はじめてや、賢いいうより芸術的やて、頭の中を見透かされてるようやて、麻希があんな乙女みたいな目で嬉しそうに教師の話するの初めて見た。
なんや、ずんぐりむっくりのちんばのアンティに嫉妬か?
今日の青野家と緑川家主催の卒業パーティも、舞妓さん相手にカビが生えたようなお遊びさせられてうんざりやったし、ビーバップとその仲間を呼んで盛大に酒池肉林の二次会しようかて思てたけど、麻希もアンティのことで怒ってるみたいで、明日用事があるからってすぐ帰ってしまうし、とことん消化不良やったけど、その中に飛び込んでくるやなんて、さすがはミーナ先生、おそそ締まって、何ともまんがええ。

安堂があの日、体育倉庫に行ったんは、俺らがあそこから出てくるんを見てたからや。なんかおかしい、変なことしてたんちゃうかって気になって、わざわざ確認しにいって、あの状況に遭遇したんや。
でもなんで、安堂はやってないのに自分から学校も先生も辞めるなんてこと言うんや。なんでそんなに我欲や執着がないんや。ミーナを犯したんは俺らの仕業やてわかってるやろ。未成年やし、高校生やし、黙って罪をかぶって庇うてくれようとしたんか。それとも学校の対応やこいつの嘘に絶望したんか…。
あほやな、アンティ。無駄なこっちゃ。そんな情けをかけたところで緑川も青野も、麻希も俺も碌な人間にならんのに。でもなんや知らんけど、安堂先生にだけは俺らの本性、知られとうなかったな。一回、腹割っていろんな話してみたかった。
安堂先生からみたら、俺もこのポンコツや校長と同類、同じ側にいるくだらん人間や。こいつのせいで、アンティとももう話できやんやろ。そう思うたら、なんや、むかむかしてきた。余計に目の前にいるミーナを、とことん虐めとうなってきた。

白のメンパンに黒のタートルネックのセーター。髪も無造作に後ろに括っただけの曇った丸い黒縁メガネ。襲われんようにシックにガード固めてきたんやろけど、その色味のないガードがこの間と逆張りでなかなかそそるやんか。
「変なことしたら、大きな声だすわよ」
「変なことが何かわかりませんけど、先生の嫌がるようなことはしませんよ」
「青野くんと、緑川くんにも、ちゃんと伝えてくれるわね」
「もちろんです。でも彼らがどうするかは、それぞれの判断なんで僕には強制できませんよ。一応先生の希望だけは伝えますけど」
「その録音したカセットは返して」
「それはダメですよ。また後で勘違いとか見解の相違とか、知らんとか訴えるとか言われたら困りますし。アオちゃん、ミドちゃんにも、それと親と警察にもミーナ先生がお怒りのことやら、もろもろあそこで何があったんか、話の内容を正確に伝えんとあかんし。そやないと、僕らの罪を押し付けられて、一方的に馘にされる安堂先生に申し訳がたたんやないですか?」
「だっ、だから、そういうこと言ってるんじゃなくて…」
「どういうことですか? 先生の冤罪に加担しろってこと?」
明らかに詰んでるのに、それでも子猫のように必死で逃げ回る美奈先生。倫理、論理共に破綻してるのに、このまま無傷で帰れると、ほんまに思てんのかなぁ。綱引きは力の強いものではなく、こっちから綱を放せるものが一番強いんですよ。
「わかるでしょ?」
ほらほら、そう言うてる間にも、興奮して細い首筋がピンク色に変わってきた。
「嫌やったらそない無理せんで、帰ってもうてええんですよ。それとも一緒に警察までいきますか? ほんまは生徒たちとた3P、4Pでズッコンバッコン、よろしくやってましたって。僕らが帰った後、アンティに見られたんで、責任押し付けて殺すつもりで殴りましたって…」
そう言ったところで、顔を覆って投了。只今、ムーディなジャズに合わせてストリップ中。赤く泣きはらした目、黒く溶け落ちた化粧、黒いパンストに手がかかる。ほらほら、ゆっくりゆっくり。その下からは白いレースの下着、モノトーンで統一された、なかなかグッドな取り合わせやないですか。
それでは、二人だけの卒業パーティを始めますか、ミーナ先生。
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