現代医療で憑依能力の欠片がわかるのか ~安堂洸太郎~

文字数 2,154文字

再入院は脳神経内科で、通されたのはベッド幅も1.5倍、マットレスもふかふかで、ソファやトイレ、個別の浴室まで付いた一日8万円という、大学病院とは思えないような豪華な特別個室でした。二週間入院すると個室代だけで100万円をゆうに超えます。病院の検査都合だから無料と言われたのですが、貧乏性なのか大広間にひとり寝かされるようでしばらくは落ち着きませんでした。3万円の狭い個室は詰まっていたそうなので、そうであればビジネスクラスの人をファーストクラスにグレードアップさせてあげればよいと思うのですが、病院はそうは考えないようです。

なぜ、その必要がないとわかっている入院をして、最新機器で精密検査を受けたのか。「退院時にお医者さんと約束したから(命令に近い)」と言えばそれまでですが、それ以外に二つの理由があります。
ひとつは、検査によってこの不思議な特殊能力の一旦が垣間見えるのではないかと考えたからです。恐らくですが、この憑依能力は「あそこで悪口を言っているな」「A君はBさんのことが好きなんだな」といった誰もが本能的に持っている感応力が土台になっていると考えています。いわゆる勘やインスピレーションも含めた、俗に言われる第六感といわれるものです。
精神医学の文献には、この感応力は自然界の動物の方が強く、人間は表情筋の発達や言葉の発明によって大きく退化したと書かれています。動物は「捕食者に狙われている」という感応力の低下は生命の危機、種の危機に直結しますから当然のことです。逆にそれが受動的なものから能動的なものに覚醒したものが単純憑依であり、そこからまた、憑依者の思考が被憑依者に伝播したのが精神憑依です。見方を替えれば、私の祖先一族は、長い間、社会に対して感応力を研ぎ澄まさなければ生きていけない境遇に置かれていたということです。それがこの能力が生まれた原因であり、かつ一族の中にだけ受け継がれ、研ぎ澄まされていった理由ではないかと考えています。恐らく、私たちは「鬼」と呼ばれた一族なのです。

一週間に二度、24時間、食事中もトイレ中も、頭に赤青黄色のたくさんのボタンのついた帽子ような器具をつける検査をうけました。そのためにすべての髪の毛をお坊さんのように全部つるつるに剃られました。そして、午後の2時から4時過ぎまで、意識的に他人(医師や看護師さん)に憑依をしました。脳細胞内のニューロンやシナプスといった伝達物質が大きく関係しているのだと思いますが、残念ながら、現代の科学では、脳波は単なる折れ線グラフの波形でしかなく、憑依時には「昏睡に近い状態になる」ということしかわかりませんでした。
それでも、憑依を科学的に分析した歴史上、初めてのケースだと思います。今のコンピューターの数万倍、数億倍の超高性能の脳波測定ができ、憑依者、被憑依者双方同時に、脳内の神経伝達物質の種類やその量、シナプスの動きを完全に把握することが可能になれば、その仕組みがわかるようになるのかもしれません。それは遠い未来の話で、その時に憑依者が生き残っている可能性の方が低いと思いますが…。

もう一つの理由は勃起不全、いわゆるインポテツです。
個人的には、こちらの方が切実でした。
わたしは二四歳になるまで童貞で、週に一度程度の自慰行為で十分でした。ただ美奈先生とのことで性に目覚め、それが極めて特殊な体験だったため、女性とセックスをしたくてたまらなくなりました。そのため初めて風俗のお店にいったのですが、女の人と二人きりになるとあの日のことがフラッシュバックし、極度の緊張でみっともなく萎えてしまうのです。
「女性と普通にセックスはできないんだ」と思うと、怒りと絶望で役に立たない自分のペニスを切り落とそうかと思うまでになりました。それはすなわち、普通の結婚も子作りもできないということです。こんな僕にも人並に『幸せな家族をもちたい』『愛し、愛されたい』という思いはあります。入院すれば勃起不全が治る、看護婦さんに囲まれていれば女性への免疫ができると思ったわけではありませんが、一人で家にいると、この能力を暴走させてしまうのではないか、そのまま頭がどうにかなってしまうのではないかと思うほどに追い詰められていたのです。
しかし、入院当初は精神的な混乱に拍車がかかりました。
白いナース服、白いストッキング、ナース帽で佐久間さんに脈を取られるたびにムクムクと勃起します。気持ちを落ち着けようと数学の難問に取り組んでも、西條主任さんに「見ているだけで目ェが回りそうです」と顔を近づけられるだけで、いい匂いがして射精しそうになります。それがばれると格好が悪いので、一日に三度四度と、トイレに行って自慰行為を繰り返しました。ただ、西條主任さんや佐久間さんに欲情しても、普通の恋愛をしてベッドに入ってあれこれ話をして、セックスするというイメージができないのです。無理に想像しようとすると、頭が真っ白になり、あれよあれよという間に、海綿体から血液が流出し、下を向いてしまうのです。
「あぁ、もうこの先もずっとダメなんだ」と絶望的になった時に相談されたのが「昏睡中に清拭をしても良いか」だったのです。
「もしかして…」
それが、遠くにかすかな光が見えた瞬間でした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み