集団憑依のできる精神憑依上位者 ~安堂洸太郎~

文字数 2,243文字

憑依能力は単純憑依と精神憑依に分かれると書きました。
それは、能力の分類でもあり、能力者の分類でもあります。
土台となる単純憑依は、言動や思考をスキャンする能力であり、初位の単純憑依者が読み取れるのは「言動のみ」ですが、中位者になると「感情」が、上位者になると「頭に浮かぶイメージ・映像・思考表現」がそこに加わります。
例えば、初位の単純憑依は、表面的な言葉や動きしか把握できないため、それが本心なのか嘘なのか、揺らいでいるのは判断できません。そこに同席しているだけです。これが上位の単純憑依であると、本人が言っているのか本心なのか嘘なのか、また気持ちが揺らいでいるのかも読み取ることができます。基本的に人間は言動と内心が一致しない動物です。表裏という単純なものではなく「よく思われたい」「いい格好したい」という意識や「仲間に引き入れたい」といった作為・策謀も加わります。その感情の色彩、移ろいすべてを把握することができます。
また、この初位・中位・上位とは別に「個別憑依」と「集団憑依」があります。
一度に複数の人物の言動を読み取れる初位の集団憑依者もいれば、映像や思考表現まで読み取れる単純上位ではあるが個別憑依しかできないなど能力はそれぞれです(だそうです。父からの口伝による)。とはいえ、単純憑依は、その上位者であっても憑依された人(被憑依者)の身体の中に入って、そのゆらぎ(思考の流れや映像)をそのまま見ているだけです。

これに対し、精神憑依は、これに「あの子は、今頃何をしてるのかな?」「この図形問題は補助線引けば…」と、こちらの意思で何かを考えさせたり、思い出させたりと、その思考を一定コントロールする機能が加わります。人間の脳は常に通電していないと劣化してしまうため、何も考えず空っぽにしておくということができません。自覚していなくても常に次から次へと何かを考えていて、それによって記憶の中からイメージ、映像が作り出され、そこから喜怒哀楽や欲望が生まれ、その行動が規定されていきます。つまり吾(wa)と我(ga)は、つねに揺らいでいて一致しないのです。そのゆらぎのとっかかり、思考のベクトルを与えるということは、本人に気づかれず、自我そのものをコントールできるということです。
これも三段階に分かれています
初位の精神憑依者は「思考を誘導する」だけですが、中位者になると「強い感情の発露」まで誘引でき、更に上位者になると本人に気付かれず、いまの思考や感情だけでなく、過去の記憶や感情までを操ることができます。これも同じように「個別憑依」と「集団憑依」にわかれます。
被憑依者の言動・記憶・思考を完全に乗っ取ることができる「完全憑依」というものもあり、室町末期の女性に一人だけおられたそうですが、これは恐らく異質なものというよりも、突然変異によるものだと考えられています。また本人の自我を完全に離れて「気がふれた」ような状態にしまうため、あまり有用なものではなかったと聞いています。
つまり最強というべきか、最恐というべきかわかりませんが、もっとも強い能力は「集団憑依のできる精神憑依上位者」ということになります。
それは、わたしのことです。高校のクラス40人全員の思考を一気にコントロールすることができます。
日ノ本の長い歴史の中で、この最上位の能力者は二人目だそうです。
だからどうというわけではないのですが…。

看護主任の西條奈緒さんは、単純にきれいな人というよりも、目の下がぷっくりと膨らんだ、どちらかと言えば、上品でやさしい、かわいらしい感じの人です。笑うと切れ長の目が丸く細くなり、左右の口角が上がります。100人の子供に絵を描かせれば、みんな同じような笑顔を書くのではないかと思います。高級な和菓子にかかる葛餡のような透明感があり看護婦姿が良く似合います。いま32歳ということですが、本人の記憶の中にある高校生の時のイメージ映像とあまり変わりはありません。50歳になっても、60歳になっても、お婆ちゃんになってもその嫋やかな雰囲気は変わらないだろうと思います。
一方で、他人に与えるそのイメージとは逆に、周囲の人や事象を冷静にというより、厭世的、刹那的に冷ややかに見ています。「心ここにあらず」というのではなく、喜怒哀楽の感情そのものを、どこか少し離れたところに置いているような感じだと言えばいいでしょうか。本人もある程度自覚されているようですが、そのわけは育った家庭環境に加え、高校生の時の、最愛の友人、はじめての恋人を亡くした深い悲しみにあることがわかります。

もう一人の佐久間千紗さんは、福井県の海沿いの町の出身で、奇しくも私と同い年です。
入院の時に、外来まで迎えに来てくれたのは、この佐久間さんでした。
「あっ、安堂さん。私と同い年ですね。でも私の方が二ヶ月お姉さんです…」
そう笑った時のぱっちりした目と八重歯がとてもかわいかったのですが、病棟では気を張っているのか、そんな柔らかい笑顔を見せてくれたことはありません。顔立ちはとても良いのですが、眉毛がげじげじで太く、お化粧もまだどこかあか抜けない感じです。
奥手で臆病なのに、時折箍が外れて猪突猛進…、負けず嫌いなのに人の目が気になってしまう、あれこれ考えすぎていつも頭の中がパンパン…、主任のことが大好きなのに、好きすぎて裏切ったり、嫌われたりするような行動を取ってしまう…。
24歳はまだそんなアンバランスな世代なのかもしれません。

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