親友の華ちゃん ~西條看護主任~

文字数 2,019文字

「もっと、若い子の方がよかったですか?」
安堂さんの担当になったとお伝えしたとき、びっくりしたような、恥ずかしそうな顔しはって、てんご言うたつもりやったのに、なんや、こっちのほうがドキドキしました。
ベッドを30度くらいに降ろしてバイタルチェック。脈拍も血圧も正常値内とはいえ、少し速め・高めで、なんやお互いにいつもと勝手が違います。
「安堂さんは、なんで算数の先生になろうて思わはったんですか?」
「父親が数学の教師だったので、それを見ていて、何となくそのままです」
「きっと、安堂さんみたいに、おやさしい先生やったんでしょうね」
「主任さんは、どうして看護婦さんになられたんですか?」
「そうですね。うちも父が高校生の時に入院して、その時にお世話になった看護婦さんが素敵な方やったさかいかな? 安堂さんとちょっと似てますか?」
とぎれとぎれの、はじめてのお見合いみたいな始まりです。
お話を合わせるのにそう言いましたけど、それは嘘です。父が入院してたんはこの病院やありませんし、お見舞いにもいっぺんも行ったことありません。
老舗扇屋の二八代目やった父は、府や国から表彰されるほどの腕のええ職人でしたが、スナックかクラブか知らん女の人の家に入り浸りで、ほとんど家にいませんでした。愛人さんいうか女の人もコロコロ変わって、最後に看取ってくれたんはうちより年下の人でした。小さいときに遊んでもろうた記憶はありませんし、大人になってからは話ししたこともありません。冷たいようですが、父が入院したときいたときも「へぇ」てなもんで、亡くなったと聞いた時も、私だけやのうて母も歳の離れた兄も「ようやっと死んだんかいな」という程度で淡々としていました。葬式だけはえらい立派で、面倒見のええ人のように言われてましたけど、家族にはさっぱりです。遺影みて「こんな顔やったかな?」と思うたくらいです。

看護婦になったほんまの理由は、親友の華ちゃんです。
中高一貫の女子高で、中学三年の時に同じクラスになりました。
おじいさんが北欧の人らしく、うちらのようにぽっちゃりした日本人体型やのうて、顔もちいそうて目もパッチリで肌も白うて、手も足も長うて、ブラウンの髪に鼈甲のカチューシャがよう似合う、西洋と日本のええとこ取りのお人形さんみたいでした。そうかというて、ちゃらちゃらすることもなく、大人しゅうて、かしこうて、あれこれ口うるさい母も、「華ちゃんとこ行く」と言えば何も言いませんでした。

忘れもしません。あれは高校一年の九月。土曜日の学校帰り、華ちゃんのマンションの和室で足だしてテレビをみていたときのことです。お隣さん同士の夫婦が浮気をしてて、それを知った片割れの夫と妻が心中に見せかけて二人を殺すという話です。あの頃は、どろどろの愛憎といやらしいベッドシーンが仰山ある(家では見れんような)、おっぱい丸出しの二時間ドラマの再放送がお昼間からやってました。
帰ってくるときはええ天気やったのに、急に部屋の中が薄暗うなって、雷が遠くでゴロゴロと鳴りはじめてました。となりでは、目を丸こうした華ちゃんのカリカリ、カリカリとおかきをかじる音が、テレビの中では、おいど丸出しでアンアン、ごそごそ蠢いていている浮気夫婦に、包丁をもった男の人が近づいてきます。
おどろおどろしいBGMに二人の息がグッとつまったとき、「ピカッ」とほぼ同時に、「バリバリ、ドッカーン」と大きな音を立てて近くに雷が落ちたんです。
「ヒエエッ・・」
大きな声を出して抱きつき、スカートのまま足上げて畳の上にひっくり返りました。ヒューズが飛んでテレビもバチンと大きい音がして映らなくなりました。窓の外も真っ暗、バリバリ、バリバリと曇天を引き破いたような雷鳴が響き渡って、マンション全部が感電したみたいに、ビリビリ、ブルブル揺れて、びっくりしたやら怖いやらで、二人してギュッと抱き合うて震えてました。
少しずつ音が遠くに離れて、ようやく我に返ったとき、私と華ちゃんの頬っぺはまだ冷や汗でねっちょりと引っ付いたままでした。
「カミナリさんすごかったなぁ、おへそ取られるかと思た…」
行儀悪かったん隠して笑おうと思たんですが、華ちゃんの真剣な目を見ていると言葉がでてきません。そしてどちらともなく唇が近づいていきました。唇がひっついた時、背中にビリビリと電気が走りました。うまれて初めてのキスでした。
「奈緒ちゃんの、おっぱい大きいし、羨ましい…」
華ちゃんは、そう言いながら制服のカッターブラウス越しに手を押し付けてきます。それはぽっちゃりしているからで、クラスの女子誰もが羨む細うて、足の長いモデルさんみたいな華ちゃんが、そんなこと言うやなんて、びっくりしました。
「直にさわってもええ?」
「えぇ…、恥ずかしい…」
「お願い、ちょっとだけ…」
大好きな華ちゃんに、そう言われると拒めませんでした。
「ほんなら、私もあとで触ってええ?」
「うん、ええよ」
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