高校を退職そして性的不能に ~安堂洸太郎~

文字数 1,883文字

翌日、学校に二人で向かい、美奈先生の作り話をベースに理事長、校長、教頭、太川主任の前で、謝罪と説明を行いました。
「安堂は、ドアが開いていたので確認にいっただけで、レイプしていない」
「暴行を受けて混乱していた美奈先生が誤解したのも無理はない」
「美奈先生はそれを表沙汰にしたくなかった」
そんな、どちらにも差しさわりのない話をしました。
美奈先生はずっと泣いていたので、ほとんど僕が話をしました。こんなものは論理的に矛盾していても、心理的に破綻していても、どうでもいいのです。何とも言えない後味の悪さに、太川先生はご不満の様子でしたが、校長先生も教頭先生もほっとした様子で、それ以上のことは聞かれませんでした。
偉い人達でどんな話し合いがなされたのか、わたしの怪我は業務中の労災(当初の通り、体育倉庫での転倒)ということで休職扱いとなりました。生徒から「アンティを辞めさせないで」という署名がでていたようで、手のひらを返したように、復職を前提にということでしたが、もう、そのつもりはありませんでした。混沌は元の状態に戻すことはできないのです。それは物理的なものだけでなく、人の心も同じです。
学校にもわたしにも迷惑をかけたということで、美奈先生は学校をお辞めになりました。再入院をしたときに、一度病院にお見舞いにきていただいたのですが、何を話せばよいのか分からず、眠ったふりをしていました。新しい年度にはいると、当事者二人がいなくなったことで、生徒や教師の間でも、その噂は忘れ去られたように、収束していきました(集団憑依を使ってそうしたのです)。

私も、この事件をきっかけに学校を退職、そして性的不能者となってしまいました。
女性に興味がないわけではありませんし、性欲もあります。いまでも時折、鏡の前で赤江に大きく足を開かされ、後ろから太いペニスが美奈先生の細い身体の中に突き刺さっている情景を思い出すことがあります。そうすると性欲を吐き出さないと収まりがつかないほどに勃起するのです。
セックスのできる風俗のお店にも何度か行ってみました。しかし、直前まで勃起していたのにもかかわらず、いざ生身の女性と通常の性行為をしようとすると、反射的にあの日のように萎えてしまうのです。そうしてどんどん深みにはまっていくのです。
久我さんが来なければ、私のたくらみは成就していたのか、美奈先生を探し出しセックスをすれば正常に戻るのか、それとも久我さんをターゲットにすべきなのか、当初はそんなこともあれこれ考えましたが、その確証はありませんし、今さら言っても仕方のないことです。人の思考はコントロールできるのに、当たり前の自分の性欲をコントロールできないという、なんとも滑稽な話です。

今から思えば、それは小学五年生の幼馴染のゆうちゃんの時と同じ心理的防衛機制の一種だったのかもしれません。二度目の初恋とも言うべき、24歳童貞の歪んだ性愛行動も大失敗に終わったと言えるのでしょう。もう、三度目にトライする気持ちはありません。それから四半世紀が経ちますが、いまだ女性とお付き合いしたことも、正常な通常の性行為を行ったこともありません。
恐らく、これからもそうでしょう。
ただ、私の性的欲望そのものが萎えたわけではありません。40歳、50歳の人に憑依すれば、十分に成熟したセックスをすることができますし、10代、20代の若者であれば、突き上げるような性欲と、めくるめく貫くような快感、マグマが噴出するような強烈な射精感を堪能することができます。日々の生活の中で「素敵な人だな」「色気のある人だな」と思った人の配偶者や恋人に憑依すれば、誰とでもどんなことでもできるのです。
いまは、それでいいような気がしているのです。
この出来事を通して、私は人には裏表があることを知りました。それは「Aは優しいが怖いところもある」「Bは暗い奴だが楽しいところもある」といった二面性の話ではありません。本人が自覚しているものもあれば、自覚していないものもあります。性癖は後者に属します。真面目で正義感の強い久我麻希さんが悪魔のようなサディストだったこと、男性に対して自信家で高飛車だった美奈先生がマゾヒストだったこと。いや、実際は裏と表に分けられるほどそんな単純なものでもないのかもしれません。それを知れたことが一番の収穫です。
赤江は「セックスは、人物像とのギャップがあればあるほど興奮する」という趣旨の思考をしていましたが、女性経験が天と地ほどの差がある私にも、この年になってようやく、その意味の一端が分かるような気がするのです。
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