このままでは本当にまずいことに ~伊藤美奈~

文字数 1,816文字

本当に大変なことになってきた。
卒業式のあと、「安堂が体育倉庫で私を襲おうとして馘になったらしい」「それでミーナ先生に反撃されて救急車が来たらしい」という話が広がると、「そんなはずがない」という生徒がわらわらでてきた。裏門のコンビニで安堂に会ったという男子生徒は「家の古い冷蔵庫が壊れたので、今から急いで買いに行く」と笑って話していたと言っている。三階にいた書道部の複数の女子生徒は、裏門から新館(職員室があるところ)に向かって歩いていく安藤を見ていた。「準備、ごくろうさん。よろしく~」と手をふってもらったらしい。
このままでは本当にまずい。
「転倒事故ではなかった」ということは、すべての教職員が知っている。生徒らの証言はいずれも、安堂がわたしを体育倉庫に呼びだした、計画的にレイプしようとしたという状況とは矛盾してくる。他の先生から聞かれて、「ちょっとその話は…」とわざと口を濁したのが噂に拍車をかけたのか。
病院で意識が戻った安堂は、「そんなことはしていないけど、そんな噂が立った以上、責任をとって、学校も教師も辞める」と言っているらしい。その否定と潔い態度が私への疑念をさらに膨らませる。
それと、知らなかったけれど、思ったより安堂は生徒に人気がある。わたしよりずっと人気がある。
「安堂先生は、何を聞いてもわかりやすく教えてくれる」
「授業の合間にしてくれる、数学や物理の不思議な話、めちゃめちゃ面白い」
「安堂先生、辞めないでほしい…」
一年生、二年生からも父兄からもそんな声が上がっているらしい

「最近、わたしをみる安藤先生の眼つきが変わったのは気付いていました」
「アンクラス、アンティなどと生徒からバカにされることに悩んでいました」
「教師を辞めようと思うと相談されたことがあって、その話だと思っていました」
調子にのって話した作り話が、すべて裏返ってくる。
もともと、安堂のイメージとレイプは、誰がどう考えも結びつかない。普段はわたしからちょっかいかけていて、安堂はニコニコしながら距離を置いている。そんなことはみんな知っている。普通に考えれば、わざわざ私を体育倉庫になんて私を呼びだす必要もないし、そもそも足が悪いので、レイプなんてできるはずがない。
早計にアンティの解雇を決めてしまった教頭だけは、「このまま穏便に自主退職扱いということでいいじゃないですか…」「本人も退職意向を示されているんだし…」と言っているが、太川先生は「安堂先生の尊厳の問題だ」と譲らない。「伊藤先生の記憶違いということはないですか?」「わたしたちに黙っていることはないんですか?」と確信をもって疑いの目を向けてくる。「混乱していてよく覚えていない」も通用しなくなっている。
バカ高校への転勤話も復活し、守ってくれていた女の先生たちも疑いの目を向けてくる。こんなことなら、安堂に押し付けなきゃ良かったと思っても後の祭り。もしかすると、私のほうからクラスの成績が上がっている安堂を恨んで、体育倉庫に呼びだして、レイプされたことにして暴行したと思われているんじゃないだうか。きっとそうだ。そうに違いない。ついた嘘がばれたら懲戒免職どころではなく、傷害事件として逮捕されることになるかもしれない。

いやいや、それよりも赤江たちはこの騒ぎをどう思ってるんだろう。
もし、あの日、あの時間帯に赤江たちが体育倉庫から出てくるところを他の生徒に見られていたら…、何をしていたのかを聞かれ、私に誘われたとペラペラ話をしたら…、見られていなくても、赤江らが他の生徒に「あの日、あの場所で美奈先生に誘われてやった」とか、調子に乗って適当なことを誰かに漏らしていたら…。
赤江はともかく、あのお調子者の青野だったら言いかねない。
今さら、「本当は、赤江達に手紙で呼びだされてレイプされた」と言っても誰も信じてくれないだろう。あっ、あの写真? 全部燃やして捨てたはずだけど、残ってたらどうしよう。わたしが卒業前の赤江たちを誘って、体育倉庫で破廉恥ことをしていて、それを安堂に見られたから殴って殺そうとしたと思われる。どうしてあんな嘘をついたんだろう。わたしは、被害者なのに…
「どうしよう…、どうしよう…」
どんどん悪い方に想像が膨らんでいく。なんでアンティのせいになんてしようと思ったんだろう。何か手を打たないとそれは想像では済まなくなる。どうすればよかった、わたしはどうすればいい、気が狂いそう。
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