29)聖徳太子と弘法大師

文字数 1,842文字

 私のような凡人が言うのもなんですが、聖徳太子は言うまでもなく、弘法大師(こうぼうだいし)・空海という人はあらためて天才、もし今に生きるなら、科学者であれビジネスマンであれ、いずれの世界でも超一流の業績を残し得る人だったと思います。

 古墳時代(西暦250年~600年初頭)の数世紀にわたって古神道を確立し奉じて来た物部氏(もののべし)丁未(ていび)の乱(587年)で(宗家(そうけ)が)滅び、外来の仏教が勃興し浸透する中、神道も仏教も含めて、もがくようにして模索した飛鳥・奈良時代を超えて、今につながる新しい宗教観が日本の文化にあまねく根付く過程において、飛鳥時代の聖徳太子、平安時代の弘法大師の果たした役割は余人に代えがたいものがあります。
 聖徳太子(没後は太子信仰)は仏教を受容する思想・文化の素地をつくり(基礎教育)、弘法大師はそれを発展させた(応用教育)と考えることができます。まるで阿吽(あうん)の呼吸のごとくの歴史的な役割分担は、後生の弘法大師が、むしろ自身で任じたような雰囲気すら感じます。

 古神道を重んじつつも、それには物足りない前方向、つまり、現在の科学を含む文明という大きな定義に含まれる、モノづくりと技術革新を伴う発展の方向性に道筋をつけました。参考までにこの方向性と対比されるのが第27章で紹介した先住民族の文化-

-です。

 聖徳太子と弘法大師は宗教家として知られていますが、もうひとつの側面としてモノづくり文化と豊かな暮らしの伝道者でもあります。例えば、太子は狭山池(さやまいけ)(大阪府)、大師は満濃池(まんのういけ)(香川県)といった大規模な治水土木の設計監督者であり、あるいは数々の寺院仏閣の建築を通して、関連する産業を興し発展させた功績も忘れてはなりません。
(写真上:狭山池(大阪府狭山市)、下:満濃池(香川県仲多度郡))



 前段が少し長くなってしまいましたが、ここでは、弘法大師・空海の事跡を通じて、真言密教、そして表裏一体の稲荷信仰が、いかにアラハバキを含む古神道を

のかを書きたいと思います。もちろんその前提として飛鳥時代・奈良時代を通じての聖徳太子信仰という基礎教育が果たした役割も頭に入れておいての話です。

 前章で弘法大師と、稲荷山に先住していた荷田竜頭太(にだりゅうとうた)の伝承(東寺、稲荷大明神縁起)を紹介しました。荷田竜頭太は自ら稲荷山の山の神(土)と称し、その名の通り龍の頭の姿から、古神道の水神(水)や雷神(火)の化身で、また、弥生以来の田の神(農、穀物神)の神格もあわせ持っていたと考えられます。
 伝承では、弘法大師は自身が建立した東寺(とうじ)教王護国寺(きょうおうごこくじ))の竈戸殿(かまどでん)に、竜頭太の顔を写して(まつ)ったとありますが、ここが本著第9章・(かまど)荒神(こうじん)(土と水と火が統合された姿)につながります。
 第9章で紹介した聖徳太子の開基、真言密教の道場として知られる朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)(奈良県生駒郡。信貴山真言宗(しぎさん・しんごんしゅう)総本山)の三宝荒神など、全国の荒神社が頒布する御影御札(みえいおふだ)を、台所に祀っている家庭も多いと思います。(写真↓:我が家のキッチンの三方荒神の御影御札)


 唐の長安(ちょうあん)青龍寺(せいりゅうじ)恵果(えか)に学び、恵果没後の唐には何も残らなかったと云われるほどに直伝のインド密教のすべてを日本に持ち帰った弘法大師は、手始めに日本古来の竈の神の神像化をはかり、自身の真言密教のあまねく布教に乗り出したものと推理できます。
 注目すべきは、屋内と屋外の(さかい)にあり、神の依り代としてサイノカミ的な信仰が色濃かった竈をテコに、本来は複雑な知識と理解が求められる真言密教の奥義を、見た目のインパクトがあり、しかし話を聞くと誰にでもわかりやすい三宝荒神(さんぽうこうじん)の像として提示し、さらには、聖徳太子教伝(三宝。仏・法・僧)とスムーズに習合できるように理論化している点です。たいへんエレガントなやり方で、これほど高度に概念化-

-できるのは、やはり弘法大師・空海しか思いつきません。

 前章で紹介した天台宗の慈覚大師(じかくだいし)円仁(えんにん)(第三代座主(ざす))の手法は、本地垂迹(ほんじすいじゃく)理論による神社・御祭神の書き換えで、進駐軍的なというか、強引な印象を否めませんが、当時の初期荘園制度の環境下では、布教する側にとっては効率的でありました。ただ、天台宗では円仁は山門派(さんもんは)と云われ、同じ天台宗で寺門派とされる円珍(えんちん)(第五代座主)からは相当に批判的に見られていたようです。円珍は讃岐(さぬき)佐伯氏(さえぎし)の出で、空海の甥(あるいは姪の子)である点が歴史の妙、たいへん面白いところです。
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